ベクトル束と接束の定義と例|メビウス束はなぜ自明でないのか
多様体の各点にベクトル空間を貼りつけ、点が動くとそのベクトル空間も連続的に動く。これをひとつの空間としてまとめたものがベクトル束です。
曲面の各点に接平面を貼れば接束になります。素朴には底空間とベクトル空間の直積で十分に思えますが、それでは接束がほとんど扱えません。
各点にベクトル空間を貼る
球面の各点に、その点での接平面を考えます。接平面は 2 次元ベクトル空間で、点が動けば向きも動きます。
これを全部集めた集合には、素朴な直積 とは違う構造が入ります。どの点でも矛盾なく「第 1 成分の方向」を選ぶことができないからです。
そこで要求を弱めます。全体としては直積でなくてよい、ただし各点の近くでだけ直積に見えればよい、とするのがベクトル束の考え方です。
局所的には直積、大域的にはねじれてよい。この一段の緩めかたが、この概念のすべてと言ってもかまいません。
ベクトル束の定義
位相空間 と 、連続な全射 の組を考えます。 に対し をファイバーと呼びます。
各ファイバー には 次元実ベクトル空間の構造が与えられているとします。そのうえで、次の局所自明性を課します。
任意の に対し近傍 と同相写像 があって、第 1 成分が に一致し、各ファイバーへの制限 が線型同型になる。
この条件を満たす を階数 の実ベクトル束といいます。 を全空間、 を底空間、 を局所自明化と呼びます。
が全体で と束として同型になるとき、自明束といいます。局所自明性は定義に含まれますが、大域的な自明性は含まれません。
定義でファイバーが でなく一般のベクトル空間でもよいのですが、局所自明性から階数は連結成分ごとに一定になります。
局所的に と同型なので、近くの点では次元が変わりようがないからです。
変換関数とコサイクル条件
2 つの局所自明化 と を重なり の上で比べます。合成 は第 1 成分を動かしません。
したがってこの合成は、各点でファイバーに作用する線型同型として書けます。
ここで は連続写像で、これを変換関数といいます。
定義から次の関係が従います。3 つの近傍が重なる場所での関係をコサイクル条件と呼びます。
逆向きも成り立ちます。 の開被覆と、コサイクル条件を満たす の族が与えられれば、 たちを で貼り合わせてベクトル束が作れます。
つまり束の情報は変換関数に尽きています。以下で束が自明かどうかを調べるとき、実際に見るのはこの です。
円柱とメビウスの帯
底空間を円周 にして、階数 1 の束を 2 つ作ります。ここが最も小さい非自明例です。
自明束 は、無限に伸びた円柱です。各点の上にまっすぐな直線が立っています。
もう 1 つは帯 の両端を、上下をひっくり返して貼り合わせたものです。
これをメビウス束と呼びます。 を 2 つの弧 で覆うと は 2 つの成分に分かれ、変換関数は片方で 、もう片方で になります。
局所的にはどちらも で、見分けがつきません。違いは貼り合わせかたの だけです。
メビウス束が自明でないこと
切断とは、各点の上のファイバーから値をひとつずつ連続的に選ぶことです。正確な定義は後の節で述べます。
メビウス束の切断は、 上の連続関数 であって を満たすものと同じです。貼り合わせの規則がそのまま条件になります。
ならそこが零点です。 なら と は符号が逆なので、中間値の定理から となる があります。
どちらにしても零点が現れます。メビウス束の切断は、必ずどこかで 0 になります。
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<text x="204" y="152" font-size="11" fill="#1b81e0">零点</text>
</svg>一方、自明束 には という零点のない切断があります。零点のない切断を持つかどうかは束の同型で保たれる性質です。
したがってメビウス束は自明束と同型ではありません。局所自明でありながら大域的に自明でない束が、実際に存在することになります。
円周上の直線束は 2 つだけ
同じ議論をもう少し進めると、 上の実直線束の分類が得られます。
階数 1 なので変換関数は に値を持ちます。この群は正の部分と負の部分の 2 つの連結成分に分かれます。
各成分の中では連続変形で または に移せるので、変換関数は符号だけを見れば十分です。
を 2 つの弧で覆うと重なりは 2 成分あり、符号の組は 4 通りです。しかし片方の自明化を 倍して取り替えると、符号は同時に反転します。
その操作で と の 2 つに帰着します。前者が自明束、後者がメビウス束です。
円周上の実直線束は、この 2 つで尽きています。 という言いかたをすることもあります。
切断とベクトル場
切断とは連続写像 で を満たすものです。各点 に対し を選んでいることになります。
自明束 の切断は、連続写像 のグラフにほかなりません。ふつうの関数の一般化だと思ってかまいません。
零切断 はどんな束にもあります。これは を の中に埋め込む写像でもあります。
接束の切断がベクトル場です。各点に、その点での接ベクトルを連続的に割り当てたものになります。
自明性の判定
大域的な自明性は、切断の言葉で言い換えられます。これが以後の計算道具になります。
階数 のベクトル束 について、 が自明であることと、各点で一次独立な 個の大域切断 が存在することは同値です。この 個の組を枠と呼びます。
自明とすると、自明化 があります。標準基底 の定数切断を で送れば、求める 個の切断が得られます。
逆に枠 があるとします。写像 を次で定めます。
各ファイバー上で は基底を基底に写すので線型同型です。局所自明化のもとで書けば は連続な行列値関数で表され、その逆行列も連続に依存します。
よって は束同型で、 は自明です。階数 1 のときは「零点のない切断がひとつあること」に退化し、前の節の議論そのものになります。
接束の定義
を 次元の滑らかな多様体とします。各点 での接空間 をすべて集めます。
射影 を、 に対し で定めます。ファイバーは そのものです。
これが 上の階数 のベクトル束になることを、次の節で確かめます。集合として定義しただけでは、位相も滑らかな構造もまだ入っていません。
接束が 2n 次元多様体になること
の座標近傍 をとり、 と書きます。各点 で は を基底に持ちます。
そこで から への写像を、接ベクトルの成分表示で定めます。
これは全単射で、像は の開集合です。もう 1 つの座標近傍 をとり、 とすると、座標変換は次の形になります。
ここで はヤコビ行列 です。 の座標変換が 級なら の成分も 級で、 は正則です。
したがって座標変換は 級の微分同相で、 は 次元の滑らかな多様体になります。同じ写像が局所自明化 を与え、 は階数 のベクトル束です。
変換関数は連鎖律そのもの
前の節から、接束の変換関数は座標変換のヤコビ行列です。
コサイクル条件 は、この場合は合成関数の微分法にほかなりません。3 つの座標のあいだでヤコビ行列が掛け算でつながる、という見慣れた事実です。
接束が自明かどうかは、結局これらのヤコビ行列を大域的に へ揃えられるかという問題になります。多様体の形が効いてくるのはここです。
円周の接束
を の中の単位円と見て、 とおきます。
これは と直交するので の元であり、長さが 1 なのでどこでも 0 になりません。 の取りかたによらず定まる点にも注意します。
階数 1 なので、自明性の判定から零点のない切断ひとつで足ります。したがって です。
円周は接方向を大域的に一貫して選べます。この意味で、円周は平行化可能な多様体です。
トーラスの接束
を 2 つの角度 で表します。前の節のベクトル場を各因子で取ります。
と は各点で一次独立です。2 個の枠が得られたので になります。
同じ議論が 次元トーラス でも通ります。オイラー数 で、零点のないベクトル場が存在することと矛盾しません。
リー群は平行化可能
前の 2 つの例は、次の一般的な事実の特別な場合です。 も もリー群だからです。
をリー群、 を単位元、 とします。 に対し左移動 は微分同相です。
その微分 は線型同型になります。 の基底 を固定し、切断を次で定めます。
が同型なので は各点で一次独立です。群の演算が滑らかなので も滑らかになります。
枠が取れたので です。単位元での接空間を左移動で全体へ運ぶ、というのが証明の中身のすべてです。
球面の接束は自明でない
では事情が変わります。毛玉定理により、 上の連続なベクトル場は必ず零点を持ちます。
零点のない切断すら存在しないので、枠は当然取れません。したがって は自明束ではありません。
背景にあるのはポアンカレ–ホップの定理です。コンパクトで向きづけ可能な多様体上、孤立零点を持つベクトル場の指数の和はオイラー数 に等しくなります。
なので、零点を消すことはできません。一般に 、 です。
奇数次元球面では零点のないベクトル場が作れます。 の点 に を対応させれば、長さが 1 のまま接ベクトルになります。
コンパクトで向きづけ可能な多様体 の接束 について、 からただちに言えることはどれですか。
- は自明束である
- は自明束でない
- はリー群である
- は奇数次元である
球面の接束の変換関数を計算する
を 2 枚の座標近傍で覆い、変換関数を実際に書き下します。北極と南極をそれぞれ除いた立体射影を使います。
は北極を除いた部分、 は南極を除いた部分の座標です。両者のノルムを掛けると 1 になり、座標変換は簡単な形になります。
単位円に関する反転です。接束の変換関数は、この写像のヤコビ行列にほかなりません。 とおいて微分します。
は に直交する直線に関する鏡映で、行列式は です。したがって になります。
赤道 の上では は鏡映そのものです。 が角 の方向を向くとき、鏡映の軸は角 の方向になります。
鏡映を角度でパラメータづけると、軸が半周するだけで同じ鏡映に戻ります。そのため を 1 周させるとパラメータは 2 周します。
この 2 という数が に対応します。円周の場合は重なりでの変換関数を定数に取れて巻きつきが起きず、そこが球面との違いでした。
接束と法束を足すと自明になる
は自明ではありませんが、直線束を 1 本足すと自明になります。ここが面白いところです。
を の単位球面とします。点 での接空間は、 と直交するベクトル全体です。
法束 は各点で を集めたものです。 が零点のない切断を与えるので、 は自明な直線束 と同型です。
各点で が接空間と法線方向の直交直和に分かれるので、束としても直和に分かれます。
なら、自明でない に自明な直線束を足すと階数 3 の自明束になります。このような束を安定自明といいます。
自明でないことと安定自明であることは両立します。束のねじれは、階数を上げると見えなくなることがあるわけです。
平行化可能な球面
どの球面が平行化可能かは、位相幾何の中でも難しい問題でした。
答えは 、、 の 3 つだけです。それぞれ複素数、四元数、八元数の単位元素のなす空間にあたります。
ボットとミルナーが 1958 年にこれを示し、ケルヴェールも同年に独立に の場合を扱いました。
さらに精密な問いもあります。 の上で各点一次独立なベクトル場は最大何本取れるか、という問題です。
、 と書いてラドン–フルヴィッツ数 を定めると、答えは 本になります。
構成のほうは 1920 年代から知られていましたが、それが最大であることをアダムスが 1962 年に証明しました。 なら 、 で、取れる本数は 0 本です。
余接束
接空間の双対空間 を集めると、余接束 が得られます。
局所自明化は を基底に取ることで与えられます。変換関数はヤコビ行列の逆転置になり、接束とは逆向きに変換します。
余接束の切断が 1-形式です。滑らかな関数 の微分 が代表例で、これは座標に依らずに定まります。
各点の接空間を集めた束。切断はベクトル場。滑らかな写像 は微分 を順方向に誘導する。
各点の余接空間を集めた束。切断は 1-形式。 が誘導するのは逆方向の引き戻し で、こちらは向きが逆になる。
向きが逆になるので、微分形式は写像で自然に引き戻せます。積分の理論が余接束の側で組み立てられるのはこのためです。
束の演算
ベクトル空間に対する線型代数の操作は、そのままベクトル束の操作になります。各ファイバーで実行し、変換関数を対応させて貼り合わせるだけです。
変換関数の側で見れば、 の と の から 、、 を作ることに対応します。コサイクル条件はどの操作でも保たれます。
引き戻しも重要です。連続写像 と束 から、 上のファイバーが であるような束 が定まります。
自然な同型 が成り立ちます。-形式の空間は の切断として書けます。
メビウス束の 2 乗は自明
演算がねじれをどう扱うかは、いちばん小さい例で見るのが早いです。メビウス束を とします。
の変換関数は、重なりの各成分で または でした。テンソル積の変換関数は、それらの積になります。
どちらの成分でも になるので、 は自明束です。ねじれを 2 回重ねると打ち消し合います。
直和 も自明です。変換関数は という 次行列になりますが、行列式が正なので の単位元と同じ連結成分にあり、連続変形で に移せるからです。
ねじれは足し算や掛け算で消えることがあります。前に見た の話と同じ現象です。
接続と平行移動
ベクトル束を定義しただけでは、違う点のファイバーのベクトルを比べる方法がありません。 と は別のベクトル空間で、標準的な同一視がないからです。
そこで接続という追加の構造を入れます。接続があると、底空間の道に沿ってファイバーを平行移動できます。
ただし平行移動の結果は道の取りかたに依存します。閉じた道を一周して戻ったとき、 上の変換が恒等写像とはかぎりません。このずれをホロノミーと呼びます。
ホロノミーの無限小版が曲率です。曲率が至るところ 0 の束を平坦といい、平坦な束では平行移動が道のホモトピー類にしか依らなくなります。
曲率から特性類が取り出せます。オイラー類やシュティーフェル–ホイットニー類やチャーン類がそれで、束が自明かどうかの障害を測る量です。
メビウス束では第 1 シュティーフェル–ホイットニー類が消えず、 ではオイラー類が に対応します。この記事で切断を数えて調べてきたことは、特性類の言葉で数値に翻訳されます。












零点のないベクトル場がないので枠が取れず、TM は自明ではありません。逆に χ(M)=0 でも自明とはかぎらない点に注意します。