自由群とは|簡約語による定義・普遍性・Nielsen-Schreier の定理
集合 を用意し、 の元とその逆元の記号を並べた有限列を語といいます。隣り合う と を消す操作が簡約で、これ以上消せない語を簡約語という。
簡約語の全体に、つないでから簡約する演算を入れたものが 上の自由群 です。生成元のあいだに関係式を何も置かない、という点が名前の由来。
語と簡約
語は の元と逆元の記号を、好きな順に好きなだけ並べたものです。長さ の語も許し、これを空語と呼ぶ。
簡約は、隣り合う逆元の対を 1 組ずつ消していく操作。消す順番はいくつもあるものの、行き着く簡約語は一つに決まる。
どこから消しても同じ結果になることは、語の長さについての帰納法で示せる。この一意性があるおかげで、簡約語と の元がぴたりと対応する。

例:簡約してみる
とし、語 を簡約します。真ん中の が消え、 が残る。
別の語 には、消せる対がありません。これはすでに簡約語で、 の元をそのまま表している。
演算・単位元・逆元
2 つの簡約語の積は、つないでから簡約したものと定めます。たとえば 。
単位元は空語。逆元は語を逆順にし、各文字の指数の符号を変えたものです。
となる。結合法則は、つないでから簡約しても、途中で簡約してからつないでも同じ簡約語に着く点から従います。
普遍性による特徴づけ
包含写像 があり、次が成り立ちます。任意の群 と任意の写像 に対して、条件を満たす準同型 がただ一つ存在する。
「写像」と「準同型」のあいだに橋が架かる、と読める。 の各元をどこへ送るかだけ決めれば、群全体への準同型が自動的に決まる。
線形空間で、基底の行き先を決めれば線形写像が一つ決まることと同じ形。この形が、自由という言葉のもう一つの意味です。
普遍性から一意性が出る
普遍性を満たす群は、同型を除いて一つしかありません。 と がどちらも について普遍性を持つとする。
たがいの包含写像を延長して、 と の準同型が作れる。合成は の上で恒等写像になり、一意性からその合成は恒等写像そのものになる。
だから 2 つは同型。作り方が違っても、できあがる群は同じという意味です。
例:階数 1 の自由群は整数全体
のとき、簡約語は の形に限られます。 は任意の整数で、 が成り立つ。
これは の足し算そのもの。つまり です。
が空集合なら簡約語は空語だけなので、 は自明群になる。
階数は基底の濃度で決まる
と が同型になるのは、 と の濃度が等しいときに限ります。この濃度を階数といい、階数 の自由群を と書く。
だから自由群は階数だけで分類できる。 なら は非可換です。
と が別の元なら、 と は別の簡約語なので交換しない。可換になるのは階数 と の場合だけです。
例:準同型の個数で階数を数える
位数 2 の巡回群 への準同型を数えると、階数が読めます。普遍性から、 から への準同型は基底から への写像と 1 対 1 に対応する。
各生成元を の 2 つの元のどちらへ送るかで、 通り。群の側だけを見て階数が分かる、という数え方です。
階数が違えばこの個数も違うので、 と が同型にならないことも同時に出る。
すべての群は自由群の商
任意の群 と、その生成系 をとります。包含写像 を普遍性で延長すると、全射準同型 が得られる。
核を とすれば、次の同型が成り立ちます。
の元が、生成元のあいだに成り立つ関係式にあたる。この道筋を書き下したものが群の表示です。
生成系を選ぶ
その集合の上に自由群を作る
関係式が生む正規部分群をとる
商をとると目的の群になる
この見方は古いものです。フランス語版の Groupe libre によれば、von Dyck が 1882 年に名前を付けずに扱い、自由群という語は 1924 年に Nielsen が導入しました。
例:巡回群は自由にならない
位数 の巡回群 は、 なら自由群になりません。生成元を とすると という関係式があり、空でない語が単位元になってしまう。
自由群では、空語でない簡約語が単位元になることはない。ここが自由でない群との分かれ目です。
巡回群が自由なのは、位数が無限のとき、つまり の場合だけ。
部分群もまた自由群
自由群の部分群は、かならず自由群になります。Nielsen と Schreier による定理で、証明には選択公理が要る。
階数 の自由群の、指数 の部分群をとります。その階数は次の式で決まる。
これが Schreier の指数公式で、英語版の Nielsen–Schreier theorem にあります。
| 階数 | 指数 | 部分群の階数 |
|---|---|---|
| 2 | 2 | 3 |
| 2 | 3 | 4 |
| 3 | 2 | 5 |
位相の言葉に直すと筋道が見えてくる。円の花束の被覆空間を辺の収縮でまた花束に直し、オイラー標数の乗法性から階数を読む。
例:長さが偶数の語を集める
の中で、長さが偶数の簡約語だけを集めます。 と をどちらも へ送る準同型 の核にあたり、指数は 2 になる。
公式に と を入れると、階数は です。実際に基底をとると 、、 の 3 つ。
もとの階数は 2 だったのに、部分群のほうが階数が大きくなっている。
階数 3 の自由群の、指数 2 の部分群の階数はいくつですか。
- 2
- 3
- 5
- 6
階数は部分群のほうが大きくなる
ここが線形空間との決定的な違いです。部分空間の次元は、全体の次元を超えることがない。
自由群では、階数 2 の群がどんな有限階数の自由群も部分群として含みます。さらに可算無限階数の自由群まで入る。
次元は全体を超えない。 次元空間の部分空間は 次元以下になる
階数は全体を超えてよい。階数 2 の自由群は、どの可算階数の自由群も部分群として含む
自由という語が線形代数と同じ響きを持つのに、振る舞いはここで大きく分かれます。関係式がないぶん、部分群のほうが複雑になりうる。
例:行列で作る階数 2 の自由群
自由群は語の集まりとして作りましたが、行列としても現れます。 の中で次の 2 つをとる。
この 2 つが生成する部分群は、階数 2 の自由群になります。示すには ping-pong 補題を使い、平面を の側と の側に分ける。
の でないべきは後者を前者へ、 の でないべきは前者を後者へ移す。交互に移り合うので、 と の空でない交代語が単位行列になることはない。
この作り方は 英語版の Ping-pong lemma に書かれています。
非可換な自由群の性質
階数 2 以上の自由群には、扱いやすい性質がいくつも並びます。
階数 2 以上なら、単位元のほかに全体と交換する元はない。
単位元でない元は、ある有限商群で単位元でない像を持つ。
長さ 以下の簡約語の個数は、 を底として指数的に増える。
中心が自明なことは、簡約語の形から直に確かめられる。すべての元と交換する語は、どの生成元とも交換しなければならないためです。
自由群は 残余有限 なので、有限群への準同型だけを見ても元を区別できます。単位元でない語は、どこかの有限商で生き残る。
単位元でない元がかならず、ある有限商群で単位元に潰れずに残る性質。
Cayley グラフは木になる
生成系を基底にとると、 の Cayley グラフは 正則の木になります。頂点は群の元、辺は生成元を掛ける操作。
閉路がないことが、関係式がないことの図での言い換えになる。閉路があれば、その道に沿った語が単位元になり、それが関係式です。

木の上で自由群が自由に動くので、幾何の議論がそのまま群の議論になる。距離や境界を使った扱いは、この一点から始まります。
円の花束の基本群
円を 個、1 点で貼り合わせた空間を考えます。その基本群が階数 の自由群になる。
どの円をどちら向きに何回まわるかが語にあたり、途中で引き返せば打ち消し合うので簡約と対応する。van Kampen の定理から従う事実。
Nielsen と Schreier の定理を被覆空間で示す筋道も、この対応の上に載っている。代数の主張が、位相の計算に置きかわります。











Schreier の指数公式 1+e(n−1) に n=3 と e=2 を入れると、1+2×2=5 になります。