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ファトゥの補題はなぜ不等号どまりなのか - 質量が逃げる例で見る

非負可測関数の列に対して、下極限と積分のあいだにはいつでも次の不等号が立ちます[1]

収束も単調性も仮定しません。非負であることだけ。そのぶん結論は等号ではなく、片側の不等号にとどまります[3]

向きを覚えるこつは、積分のほうが大きいと考えることです。極限をとると質量が逃げるので、先に極限をとった左辺のほうが小さくなる。

下極限がしていること

は各点で「最終的に下回らない値」を拾います。番号 から先の下限をとり、 を大きくしていったときの上限。

内側の について増加します。証明の骨格は、この増加列に単調収束定理を当てるところ[2]

証明

と置きます。非負可測で、 について増加し、各点で に収束する[1]

単調収束定理から左辺が書き換わります。

いっぽう のすべてで成り立つので、積分の単調性から次が出ます。

右辺は について増加するので、極限をとると そのもの。2 つを並べると結論が出ます[4]

証明で使ったのは単調収束定理と単調性だけです。逆に、ファトゥの補題から単調収束定理を導き直すこともできます。

下限をとって増加列を作る

単調収束定理で左辺を極限に書き換える

単調性で右辺の下極限まで押し上げる

等号にならない例

不等号が厳密になる例はいくらでも作れます[3]。よく使われるのは、区間を行き来する列。

の上で、偶数番目は 、奇数番目は とします。どの点でも です。

質量 が左右に行き来し続けるので、各点で見ると必ず に落ちる瞬間がある。それでも積分は を保ちます。

背の高いスパイク や、平べったい山 でも同じことが起きます[1]。どれも積分が のまま、各点極限が

交互の山。 を行き来する。、積分は
背の高いスパイク。 は原点へ集まる。、積分は
平べったい山。 は一様に へ落ちる。、積分は

例:級数に当てる

に数え上げ測度を入れると、積分が級数になります。ファトゥの補題はそのまま級数の主張に読み替えられる。

行ごとに が右へずれていく配列で、厳密な不等号が出ます。 のときだけ 、それ以外は とする。

各列 を固定すると、 を大きくすれば が続くので下極限は 。左辺は です。ところが各行の和はいつも なので、右辺は になります。

ファトゥを使う場面

収束するかどうか分からない列で、極限側の量を上から押さえたいとき。仮定が非負性だけなので使いやすい

単調収束定理を使う場面

増加列だと分かっているとき。等号まで言えるので、値そのものを計算できる

非負性を外すと補題そのものが崩れる

不等号すら成り立たなくなる例があります[3] とします。

この列は に一様収束するので 、左辺は 。ところが各 の積分は で、右辺も です。

不等号の向きが逆になっています。負の側へ質量が逃げる道をふさぐ役を、非負性が担っている。

下から押さえれば非負でなくてよい

非負性は、可積分関数で下から押さえる条件に置き換えられます[1]

可積分な があって がすべての で成り立てば、もとの不等号が復活します。 にファトゥを当てて、両辺から を引くだけ。

先の反例では を下から押さえる可積分関数がありません。だから救えない。

非負性の本質は、下へ抜ける道をふさぐことにあります。

可積分な と押さえれば、 が非負になって同じ議論が通る。

逆向きのファトゥ

上から押さえると、不等号の向きが逆のものが出ます[1]

可積分な があって がすべての で成り立つとき、次が成り立ちます。

にもとのファトゥを当て、 を使って移項したもの。

ふつうのファトゥ

下から押さえる。 が成り立つ

逆向きのファトゥ

上から可積分関数で押さえる。 が成り立つ

上下から同時に押さえると、 が挟み撃ちになります。 が各点収束していれば両者が一致し、積分の極限が確定する。これが優収束定理の中身です。

測度収束でも成り立つ

各点収束を測度収束に替えても、不等号は生き残ります[1]

証明は部分列をとることで進みます。 を実現する部分列を選び、そこからさらに各点収束する部分列を抜き出して、もとのファトゥを当てる。

可積分性の判定に使う

ファトゥの補題は、極限関数の可積分性を言うのによく使われます。

が a.e. で成り立ち、 がすべての で成り立つとします。 にファトゥを当てると次が出る。

が可積分だと分かります。値そのものが に届くかどうかは別として、有限であることは言えました。

確率での言い方

非負確率変数 と部分 σ 加法族 について、条件付き期待値でも同じ形が成り立ちます[1]

不等号が「ほとんど確実に」成り立つ、という形になるところが違いです。積分の側の主張がそのまま移っています。

の上で偶数番目に 、奇数番目に をとる列について、正しいものはどれですか。

  • 左辺も右辺も で、等号が成り立つ
  • 左辺は 、右辺は で、不等号が真に成り立つ
  • 各点収束しないのでファトゥの補題は使えない
__RESULT__

どの点でも をとる番号が無限にあるので 、左辺は です。各 の積分は なので右辺も 。ファトゥの補題は収束を仮定しないので、この列にも当てられます。

よくある誤り

等号が成り立つと思う。質量が逃げる列では真の不等号になります。
不等号の向きを逆に覚える。積分のほうが大きい、と押さえておけば間違えません。
収束を仮定しないと使えないと思う。仮定は非負性だけです。
非負性を外しても不等号は残ると思う。 で向きが逆転します。
でも同じ向きが成り立つと思う。上から可積分関数で押さえる必要があります。
極限が可積分だと自動的に思う。ファトゥから出るのは有限性で、値の一致ではありません。
測度収束では使えないと思う。部分列をとれば同じ不等号が出ます。

参考文献

Fatou's lemma. Wikipedia(英語).
Monotone convergence theorem. Wikipedia(英語).
Lemme de Fatou. Wikipédia(フランス語).
J. K. Hunter. *Measure Theory*. University of California at Davis, 2011.
非負でありさえすれば、下極限の積分は積分の下極限を超えません。収束も単調性も仮定しないぶん、結論は片側の不等号どまり。$[0, 1]$ と $[1, 2]$ を行き来する列で等号が崩れる様子を見てから、単調収束定理を使った証明をたどります。非負性を外すと向きが逆転する反例、可積分関数で下から押さえて救う手、上から押さえて向きを裏返す逆向きファトゥまで。