線形写像(一次写像)|和とスカラー倍を保つ写像の見分け方
ベクトル空間の間の写像のうち、和とスカラー倍を壊さないものを線形写像という。
条件はこの 2 本だけである。ここから、原点が動かないこと、直線が直線へ写ること、基底の像を決めれば写像全体が決まることが順に出てくる。
線形写像の定義
と をベクトル空間とする。写像 が上の 2 つの等式を満たすとき、 を線形写像という。一次写像とも呼ばれる。
1 つ目は和を保つという条件で、加法性という。先に足してから写しても、写してから足しても同じ結果になる。
2 つ目は定数倍を保つという条件で、斉次性という。2 倍してから写しても、写してから 2 倍しても変わらない。
2 つの条件を 1 本にまとめる
2 つの条件は、次の 1 本と同じ内容である。実際に使うときは、こちらのほうが確かめやすい。
、 と置けば加法性が、 と置けば斉次性が出る。逆向きは、加法性を使ってから斉次性を 2 度当てればよい。
スカラーの範囲は、考えているベクトル空間に合わせる。実ベクトル空間なら実数、複素ベクトル空間なら複素数である。
例:定義にあてはめて確かめる
平面から平面への写像を 1 つ取る。
、 で試す。、 である。
の像は で、 と一致する。 は で、 の 2 倍になっている。
成分がどれも 1 次式で、定数項がない。この形の写像は必ず線形になる。
零ベクトルは零ベクトルへ行く
線形写像は原点を動かさない。斉次性で と置けば、すぐに出る。
同じ調子で も分かる。 倍として扱えばよい。
原点が動くかどうかは、線形かどうかの手早い目印になる。 なら、その時点で線形ではない。
一次結合はそのまま保たれる
条件を繰り返し使うと、何項の和でも同じことが成り立つ。
つまり、一次結合を作ってから写しても、写してから一次結合を作っても結果が同じである。線形写像の性質は、ほとんどこの等式に集約される。
この式が、あとで出てくる「基底の像だけで決まる」という主張の土台になる。
例:平行移動は線形ではない
という写像を考える。グラフは直線なので線形に見えるが、条件は満たさない。
なので、原点が動いてしまう。加法性のほうも に対して で食い違う。
このように、直線を直線へ写すが原点を動かす写像をアフィン写像という。線形写像に平行移動を足した形をしている。
例:2 乗と絶対値も線形ではない
では加法性が崩れる。 だが、 である。
絶対値 は加法性を満たすときもあるが、斉次性で引っかかる。 に対して となる。
負のスカラーを入れて確かめると、この種の写像はすぐ振り落とせる。正の数だけで試すと見逃す。
線形かどうかの見分け方
数ベクトル空間なら、成分が 1 次の斉次式かどうかを見ればよい。定数項があればアフィン、2 次以上の項や絶対値があれば線形ではない。
疑わしいときは 3 つを順に試す。 か、 と が一致するか、負のスカラーで斉次性が保たれるかである。
反例は 1 つ見つければ足りる。逆に線形であることを言うには、任意の 、、、 で成り立つことを示す必要がある。
直線と原点はどうなるか
線形写像は、直線を直線へ、平行な直線を平行な直線へ写す。原点は動かず、等間隔の目盛りも等間隔のまま保たれる。
<svg viewBox="0 0 460 210" width="100%" style="max-width:460px;display:block;margin:0 auto">
<text x="115" y="24" font-size="11" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">線形写像</text>
<line x1="40" y1="150" x2="200" y2="150" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<line x1="70" y1="185" x2="70" y2="45" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<line x1="70" y1="150" x2="180" y2="118" stroke="#1b81e0" stroke-width="1.5"></line>
<line x1="70" y1="150" x2="120" y2="60" stroke="#1b81e0" stroke-width="1.5"></line>
<line x1="180" y1="118" x2="230" y2="28" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1" stroke-dasharray="4 3"></line>
<line x1="120" y1="60" x2="230" y2="28" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1" stroke-dasharray="4 3"></line>
<circle cx="70" cy="150" r="3.5" fill="#d0562a"></circle>
<text x="52" y="168" font-size="11" fill="#d0562a">原点</text>
<text x="115" y="200" font-size="11" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">原点は動かない</text>
<text x="340" y="24" font-size="11" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">平行移動</text>
<line x1="265" y1="150" x2="425" y2="150" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<line x1="295" y1="185" x2="295" y2="45" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<line x1="325" y1="130" x2="435" y2="98" stroke="#1b81e0" stroke-width="1.5"></line>
<line x1="325" y1="130" x2="375" y2="40" stroke="#1b81e0" stroke-width="1.5"></line>
<circle cx="295" cy="150" r="3.5" fill="#9a9a9a"></circle>
<circle cx="325" cy="130" r="3.5" fill="#d0562a"></circle>
<line x1="299" y1="147" x2="320" y2="133" stroke="#d0562a" stroke-width="1" stroke-dasharray="3 2"></line>
<text x="340" y="200" font-size="11" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">原点がずれるので線形ではない</text>
</svg>平行四辺形の格子を描いてみると違いがはっきりする。線形写像なら格子は別の格子に写り、平行移動では格子ごと横へずれる。
基底の像だけで写像が決まる
の基底を とする。任意のベクトルは基底の一次結合で書けるので、その像は基底の像から計算できる。
したがって、基底の像さえ決まれば写像全体が決まる。 個のベクトルの行き先を指定するだけで、無限にある点の行き先がすべて定まる。
<svg viewBox="0 0 460 200" width="100%" style="max-width:460px;display:block;margin:0 auto">
<text x="230" y="22" font-size="11" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">基底の行き先を決めれば、格子の交点はすべて決まる</text>
<line x1="40" y1="150" x2="190" y2="150" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<line x1="70" y1="180" x2="70" y2="50" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<line x1="70" y1="150" x2="118" y2="150" stroke="#1b81e0" stroke-width="1.5"></line>
<polygon points="123,150 114,146 114,154" fill="#1b81e0"></polygon>
<line x1="70" y1="150" x2="70" y2="102" stroke="#d0562a" stroke-width="1.5"></line>
<polygon points="70,97 66,106 74,106" fill="#d0562a"></polygon>
<text x="112" y="168" font-size="11" fill="#1b81e0">e1</text>
<text x="46" y="104" font-size="11" fill="#d0562a">e2</text>
<text x="212" y="122" font-size="14" fill="#9a9a9a">f</text>
<line x1="196" y1="115" x2="240" y2="115" stroke="#9a9a9a" stroke-width="1"></line>
<polygon points="245,115 236,111 236,119" fill="#9a9a9a"></polygon>
<line x1="270" y1="150" x2="430" y2="150" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<line x1="300" y1="180" x2="300" y2="50" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<line x1="300" y1="150" x2="336" y2="114" stroke="#1b81e0" stroke-width="1.5"></line>
<polygon points="340,110 331,113 337,119" fill="#1b81e0"></polygon>
<line x1="300" y1="150" x2="384" y2="138" stroke="#d0562a" stroke-width="1.5"></line>
<polygon points="389,137 380,134 381,142" fill="#d0562a"></polygon>
<text x="330" y="106" font-size="11" fill="#1b81e0">f(e1)</text>
<text x="392" y="140" font-size="11" fill="#d0562a">f(e2)</text>
<text x="230" y="190" font-size="11" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">2 本の行き先だけで、平面全体の行き先が定まる</text>
</svg>例:基底の像から値を求める
標準基底の行き先が 、 だとする。このとき を求める。
なので、像は である。
写像の式を知らなくても、基底の像さえ分かれば計算できる。どの点についても同じ手順で求まる。
基底の像は自由に決めてよい
行き先の指定に制限はない。 のベクトルを 個、好きなように選べる。
そのとき、 がその選んだベクトルになる線形写像がちょうど 1 つ存在する。存在は一次結合で定義すれば示せて、一意性は前節の議論から出る。
基底の像を並べたものと線形写像が、過不足なく対応している。この対応が、次の行列表示につながる。
行列で書ける
数ベクトル空間の場合、基底の像を列に並べれば行列ができる。先ほどの例なら次の行列である。
この を掛ける操作が、もとの線形写像にあたる。 に掛ければ が出る。
逆に、行列を掛ける写像はいつでも線形である。 と が成り立つからである。
一般のベクトル空間でも、基底を固定すれば同じ形にできる。作り方と基底の取り替えは、表現行列の記事で扱う。
例:行列の形に直す
はじめに挙げた を行列で書く。基底の像を計算すればよい。
、 である。これを列に並べる。
係数を縦に読むと、そのまま行列の列になっている。成分が 1 次式で書かれた写像なら、係数を並べ替えるだけで行列が得られる。
微分は線形写像である
数ベクトル空間の外にも例は多い。多項式の全体を考えると、微分は線形写像になる。
どちらも微分の基本的な性質である。線形代数の言葉で言えば、微分は関数の空間から関数の空間への線形写像だといえる。
行列で書けるのは、次数を区切って有限次元にしたときである。3 次以下の多項式なら 4 次元の空間になる。
例:多項式の微分で確かめる
と を取る。和の微分は つの微分の和になる。
、 である。 となり、 と一致する。
定数倍でも同じである。 の微分は で、 の 2 倍になっている。
例:定積分も線形写像
区間を固定した定積分は、関数に数を対応させる写像である。行き先が 1 次元なので、線形汎関数と呼ばれる。
積分の線形性から、和とスカラー倍が保たれる。 と を別々に積分して足しても、同じ値になる。
行き先が数なので、行列で書けば 1 行の行列になる。
例:トレースと転置
行列の空間でも例が作れる。トレースは対角成分の和で、和とスカラー倍を保つ。
のトレースは 5 である。2 つの行列を足してからトレースを取っても、別々に取って足しても同じになる。
転置も線形写像である。行き先が数ではなく行列になる点だけが違う。
合成しても線形写像
と が線形なら、合成 も線形である。条件を順に当てはめるだけで確かめられる。
行列で書けば、合成は積に対応する。写像を続けて施すことと、行列を掛け合わせることが同じ操作になる。
和とスカラー倍で線形空間になる
線形写像どうしを足したものも線形写像である。 と定めればよい。
スカラー倍も同じように定まる。したがって、 から への線形写像の全体は、それ自体がベクトル空間になる。
次元は である。平面から平面への線形写像なら 4 次元で、これは 2 次の行列全体の次元と一致する。
逆写像が取れるとき
線形写像が全単射なら、逆写像も線形になる。このような写像を同型写像といい、2 つの空間は同型であるという。
数ベクトル空間の間なら、表現行列が正則であることと同じ意味になる。行列式が 0 でなければ同型である。
同型な空間は、名前が違うだけで構造が同じである。 次元の実ベクトル空間がどれも数ベクトル空間と同型になるのは、その代表的な例である。
他の話題とのつながり
写像がどれだけつぶれるか、どこまで届くかを測るのが核と像である。この 2 つの次元の和がもとの空間の次元になる、というのが次元定理である。
基底を選んで行列に直す手順は表現行列の話題になる。基底を取り替えると行列が変わり、その変わり方が相似や合同の議論につながる。
行き先が数の場合を集めると双対空間になる。積分や評価はその代表的な例である。













