近づいているのに行き先がない、完備性とコーシー列
距離空間 の点列 がコーシー列であるとは、先へ進むほど項どうしが近づくことをいいます[1]。
定義に極限が出てこない点が大事です。「どこへ向かうか」を持ち出さずに、「たがいに寄り集まっているか」だけを見ている。
ノルム空間なら と読み替えます。差のノルムが小さくなる、という形。
収束すればコーシー、逆は空間による
収束列は必ずコーシー列になります。極限 を経由して三角不等式を使うだけ。
逆は成り立つとは限りません。項どうしが寄り集まっていても、寄り集まった先の点が空間になければ収束できない[3]。
この逆がいつでも成り立つ空間を完備といいます[2]。「すき間がない」と言い換えられる性質です。
例:有理数には穴があいている
が完備でないことを、いちばん短い例で見ます。 の小数展開を切り詰めた列をとる[1]。
なら差が 以下なので、コーシー列です。ところが極限 は有理数ではありません。
漸化式で書く作り方もあります[3]。、 とすると、有理数のまま へ近づく。

例:開区間にも穴がある
に通常の距離を入れます。 はコーシー列ですが、極限 が区間に属しません[2]。
端の 1 点を欠いただけで完備性が壊れる。 に替えると完備になります。
例:関数の空間でも起きる
穴のあき方は数直線に限りません。 上の連続関数の全体に を入れると、完備になりません[4]。
真ん中で から へ立ち上がる連続関数を、傾きを急にしながら並べます。差のノルムは重なっていない部分の面積で、いくらでも小さくなる。
極限は階段関数で、連続ではありません。同じ集合でも、入れるノルムを に替えると完備になります[4]。
もうひとつの例が、有限個しか でない数列の全体 です[4]。 ノルムを入れると、 に迫る列がコーシーなのに、極限が の外へ出ます。
と 、 に sup ノルム、、。有限次元ならノルムによらず完備
、開区間 、 に ノルム、 に ノルム
完備な空間の部分集合は、閉なら完備
完備な空間 の部分集合 について、 が完備であることと が閉であることは同値です[1]。
閉なら完備なのは、 のコーシー列が で収束し、その極限が閉集合の性質から に入るから。逆は、 の点に収束する列を持ってくれば分かります。
この事実があるので、完備性の確認が閉集合の確認に化けます。 が完備で が完備でないのも、閉かどうかの違い。
が完備であることを知っている
が閉であることを確かめる
も完備だと分かる
完備性は位相の性質ではない
見落としやすいところです。同相な 2 つの空間で、片方が完備でもう片方が完備でない、ということが起きます[3]。
と開区間 は で同相です。ところが は完備、 は完備でない。
完備性が距離に依存する性質だからです[2]。位相だけを見ていては判定できません。

完備化という直し方
完備でない空間は、あとから穴を埋められます[2]。 を稠密な部分集合として含む完備な空間 が、等長を除いてただひとつ定まる。
作り方はコーシー列の同値類です。距離が に近づく 2 つのコーシー列を同じものと見なし、その類を新しい点とする。 を完備化すると になります。
普遍性の形でも書けます[3]。 から完備な空間 への一様連続写像は、 上の一様連続写像へただひとつ延びる。
ノルム空間を完備化するとバナッハ空間になります。 を ノルムで完備化すると 、これが測度論を経由して得られる空間と一致する。
穴を埋めた空間で議論する。 空間はこの立場で作られている
に sup ノルム、、 など。関数解析はこちらを舞台にすることが多い
完備性から出てくる 2 つの定理
完備性は、それ自体が結論を生む条件でもあります。
ベールのカテゴリー定理がそのひとつ。完備距離空間は、可算個の疎な集合の合併では覆えません[1]。一様有界性原理や開写像定理は、この定理の上に立っています。
もうひとつが縮小写像の不動点定理です[3]。完備な空間の上の縮小写像には、不動点がただひとつ存在する。微分方程式の解の存在は、この形で示されます。
どちらも完備性を外すと成り立たない。「すき間がない」という条件が、存在を言うための足場になっています。
と開区間 について正しいものはどれですか。
- 同相なので、どちらも完備
- 同相だが、完備なのは だけ
- 同相でないので、比べられない











h(x)=tan(πx/2) が同相写像を与えます。それでも (−1,1) では xn=1−1/n がコーシー列なのに極限が外にある。完備性は距離に依存する性質です。