縮めるだけで答えがひとつに決まる〜バナッハの不動点定理
完備距離空間 の上の写像 が縮小写像であるとは、 がとれて次が成り立つことをいいます[1]。
このとき には不動点がただひとつ存在し、どこから始めても反復 がそこへ収束します[2]。
線形性は要りません。距離空間であること、完備であること、そして縮小率が より真に小さいこと。仮定はこの 3 つだけです。
証明
任意の から始めて と反復します[1]。隣り合う項の距離が幾何級数で縮む。
三角不等式で 個先まで足すと、公比 の等比級数で押さえられます。
右辺は で に落ちるので、 はコーシー列です[2]。 の完備性から極限 が存在する。
は縮小写像なので連続です。 の両辺で極限をとれば 。
一意性も出ます。 と なら で、 から 。
誤差がその場で分かる
存在と一意性だけでなく、誤差の大きさまで書けます[2]。知られている評価は 2 つ。
左が事前評価です。最初の 1 歩の大きさだけで、 回後の誤差が読めます。何回まわせばよいかを、走らせる前に決められる。
右が事後評価です。直前の 2 項の差から、いま残っている誤差が分かる。実際の計算ではこちらのほうが精度が出ます[1]。
収束は 1 次で、速さは そのもの[2]。 が に近いほど、必要な反復回数が増えます。

を に緩めると壊れる
「 なら 」という条件では足りません[1]。距離は縮むのに、一定の割合では縮まないから。
の上で をとる。 は の閉集合なので完備。
のとき が成り立ちます。距離は必ず縮む。
ところが は を意味し、解がありません[1]。 が大きいところで縮小率が に近づくため、一定の がとれない。
定義域がコンパクトなら、この弱い条件でも不動点が存在します[1]。上の例は定義域が有界でないところが効いています。
完備性も外せない
の完備性がないと、コーシー列の行き先が空間の外へ出ます。
の上で をとる。縮小率 の縮小写像ですが、反復は へ向かい、 は定義域にありません。
完備でない空間では、反復列が「近づいてはいるが着かない」状態になる。存在を保証する足場が抜けています。
が一定。完備なら不動点がただひとつ存在し、反復がそこへ収束する
を許す形。 上の のように、不動点がないことがある
応用:微分方程式の解の存在
いちばん有名な応用がピカール・リンデレフの定理です[2]。初期値問題を積分方程式に書き直します。
右辺を に対する作用素 と見ると、解はちょうど の不動点。 が についてリプシッツ連続なら、区間を短くとることで が縮小写像になります。
は最大値ノルムで完備なので、定理が使えます。解の存在と一意性が同時に出るところが強み[1]。
反復はピカールの逐次近似そのものです。 から始めて積分をくり返すと、解へ収束していく。

応用:ニュートン法と逆関数定理
反復の形をした手続きは、たいていこの定理の枠に入ります[2]。
ニュートン法は という反復です。右辺を写像と見て、解の近くで縮小写像になる条件を確かめる、という筋道になります。
逆関数定理も同じ形です[1]。恒等写像に小さいリプシッツ摂動を足したものが、双リプシッツな同相になる、という主張から出ます。
積分方程式の可解性、動的計画法の値反復、経済学の均衡の存在。反復が縮むかどうかだけを見る、という共通の型があります[1]。
問題を「 を解く」形に書き直す
が縮小写像になる範囲を探す
反復して解を作り、誤差を評価する
上の に不動点がないのはなぜですか。
- 定義域が完備でないから
- 縮小率が一定の でとれないから
- が連続でないから










[1,∞) は閉集合なので完備で、T は連続です。距離は必ず縮むものの、x が大きくなるほど縮小率が 1 に近づくため、全体で使える定数 q がとれません。