バナッハ空間の完備性(絶対収束と逐次近似のどこで効くか)
バナッハ空間とは完備なノルム空間のことです。完備とは、コーシー列の行き先がその空間の中にあること。
解析の議論は、たいてい近似の列を並べて極限をとります。その極限が空間の外へ出ると、近づけたものを扱えない。
が有限なら が収束する。この判定が通るのも完備な空間だけです[1]。
極限が空間の外へ出る例
数列 を有理数の中で見ます。項どうしはいくらでも近づくのに、行き先の が有理数ではない。
関数の空間でも同じことが起きます。連続関数を並べて極限をとると、極限が連続でなくなる場合がある。完備な空間なら、この形になりません。
完備性が効く 3 つの場面
微分方程式の解へ、近似を繰り返して近づく。極限が空間に残ることを完備性が保証する
なら が収束する。絶対収束から収束が導けるのは完備な空間だけ
部分和の列がコーシー列になったとき、その行き先が の中にある。展開が意味を持つ根拠
どれも、近似の行き先がその空間の元だと言えるかを聞いています。
絶対収束すれば収束する
をバナッハ空間、 をその元とし、ノルムの和が有限だとします。
部分和を とおきます。 について、差は三角不等式で押さえられる。
右辺は収束する級数の切れ端です。 を大きくすればいくらでも小さくなるため、 はコーシー列になる。
は完備なので、この列は の中で収束する。つまり が収束します。
完備性が効いたのは最後の 1 行だけ。そこまでは、どのノルム空間でも同じように進みます。
逆向きも成り立つ
絶対収束する級数がつねに収束するなら、その空間は完備です[1]。「完備な空間だけ」と言い切れるのは、この向きがあるからです。
をコーシー列とします。番号を と選んで、次を満たすようにできる。
選び方はこうです。 ごとに「 なら 」となる をとり、 を 以上かつ増加するように決める。
差の級数 は、ノルムの和が で押さえられ、絶対収束します。仮定から、これが収束する。
部分和が になるため、部分列 が収束します。行き先を とおく。
残るのは、全体が へ向かうことです。三角不等式で と分け、 と を大きくすれば右の 2 項はどちらも小さくなる。
コーシー列がどれも収束するので、この空間は完備です。
例:和が空間の外へ出る
有限個しか でない数列の全体に、上限ノルムを入れます。 を第 成分だけ の数列として、 を並べる。
で、その和は 。絶対収束しています。
部分和 は、どれも有限個しか でない。ところが とおくと、距離は次のようになる。
は へ収束します。 には の成分がないため、この空間の元ではない。
絶対収束する級数が収束しませんでした。前の節の逆向きから、この空間は完備でないと分かります。
は最大値ノルムで完備
最大値ノルムを と書きます。
をこのノルムでのコーシー列とします。各点 で だから、数列 は のコーシー列になる。
は完備だから、各 で極限が決まります。それを とおく。
次に、この収束が一様であることを見ます。 をとり、 なら となる を選ぶ。
このとき各 で が成り立ちます。 とすれば になる。
によらない評価なので です。一様収束する連続関数列の極限は連続なため、 も の元になる。
例: を反復で解く
初期値問題 、 を積分の形に書き直します[2]。
右辺を作用素と見て、 から を繰り返す。出てくるのは指数関数の部分和です。
帰納法で確かめられます。 がこの形だとして積分すると になり、項が 1 つ増える。
隣どうしの差は です。 で測ると次のようになる。
この和は で有限です。差の級数が絶対収束している。
は最大値ノルムで完備なため、絶対収束の判定がそのまま使えます。 の行き先が同じ空間の中に決まり、解が存在すると言い切れる。
完備でない空間で同じ手続きを踏むと、列は並んでも行き先が決まりません。近似できたのに答えがない、という状態になる。
例:同じ集合でもノルムで結果が変わる
完備かどうかは、集合だけでは決まりません。どのノルムで測るかまで込みで決まる。
は最大値ノルムで完備でした。ところが で測ると完備でなくなります。
を、 で 、 で 、あいだを直線でつないだ連続関数とします。
のとき と が食い違うのは幅 の区間だけで、そこでの差も 以下。だから で、コーシー列になります。
行き先に連続関数 があったとします。 は で だから、次が成り立つ。
左辺は によらないので です。 は連続だから、 の上で になる。
を 1 つとります。 を大きくすれば となり、 の上で 。同じ評価から で、 はそこで になります。
は にいくらでも近づけられます。連続性から が と の両方になり、そんな はない。
各点で一様に近い、という測り方。極限も連続になり、完備
平均的に近い、という測り方。跳びのある関数へ寄れてしまい、完備でない
完備化する
完備でない空間は、完備な空間の中へ埋め込めます[3]。もとの空間を稠密な部分として含む完備な空間が、ひととおりに定まる。
を完備化すると になります。 を ノルムで完備化すると になる。
測度論を経由して定義した 空間は、この完備化の結果と一致します。測度論がいる理由の 1 つがこれです。
実際の議論では、最初から完備な空間を選ぶほうが多くなる。 に最大値ノルム、、。先に空間を決めてから始めます。

よく使う空間の一覧
| と | どのノルムでも完備 |
| に最大値ノルム | 完備 |
| () | 完備 |
| () | 完備 |
| に ノルム | 完備でない |
| 有限個しか でない数列に上限ノルム | 完備でない |
完備な空間の閉部分空間は完備です[1]。 のコーシー列は大きい空間の中で収束し、 が閉だから行き先も に入る。これだけで示せます。
逆も成り立ちます。 が完備なとき、 の点列が へ収束したとすると、その列はコーシー列なので の中の点へも収束し、極限がひとつしかないことから 。部分空間の完備性は、閉かどうかだけで決まります。
その空間が完備かどうかを確かめる
近似の列を並べる
極限が空間の中にあると言い切れる
「 はバナッハ空間ですか」と聞かれたとき、まず確かめることは何ですか。
- 区間が有界かどうか
- どのノルムで測るのか
- 関数が実数値か複素数値か
コーシー列から を満たす部分列をとるのは、どの場面ですか。
- 絶対収束する級数が収束することを示す場面
- 絶対収束の判定が通る空間は完備だと示す場面
- 最大値ノルムで極限が連続だと示す場面
差のノルムを で押さえると、差の級数が絶対収束します。仮定からそれが収束し、部分列の収束が導ける。コーシー列は収束する部分列を持てば全体が収束するため、完備性まで届きます。
まちがえやすい点
近似の列は、完備でない空間でも並びます。その行き先まで空間の中にあると言えるかどうかが、バナッハ空間とそうでない空間の差です。










最大値ノルムなら完備、L1 ノルムなら完備ではありません。完備性は集合だけでは決まらず、ノルムまで込みで決まります。