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拡大率に天井があるか - 有界作用素をどう見るか

線形作用素 が有界であるとは、ベクトルの長さを何倍まで伸ばしうるか、という倍率に天井があることです[1]。

向きごとに倍率は違います。ある向きでは大きく伸び、別の向きでは縮む。そのばらつきを全部見わたして、いちばん大きい倍率が有限かどうかを問うている[2]。

いちばん大きい倍率そのものが作用素ノルム です[2]。「有界かどうか」と「ノルムがいくつか」は、同じ量を別の角度から見た問いになります。

倍率を向きごとに見る

の行列で試すと分かりやすい。単位円の各点で を測り、向きの関数として並べます。

いちばん高いところが 、いちばん低いところがいちばん潰す倍率。行列でいえば最大特異値と最小特異値にあたります[2]。

有限次元なら天井は必ずある

行列で書ける写像は、すべて有界です[1,4]。向きが有限次元ぶんしかないので、倍率が発散する逃げ場がありません。

だから線形代数では「有界」という言葉が出てきません。全部有界なので、区別する必要がない。

無限次元へ移ると事情が変わります。向きが無限にあり、進むほど倍率が上がっていく方向を作れてしまう[3]。

例:微分は天井を持たない

に最大値ノルムを入れ、 を考えます[3]。

をとると、高さは のままです。ところが端での傾きは まで立ちます。

倍率が になり、 をいくらでも大きくとれる。天井になる定数が存在しません[1]。

「関数の大きさ」と「関数の変化の速さ」が別の量だ、というだけの話です。小さい関数でもいくらでも急に振れます。

倍率が上がる別の見方もあります。 は を満たすので、 を大きくとれば倍率がそのまま になる[3]。

例:数列空間なら天井がそのまま見える

の上で、成分ごとに定数を掛ける作用素を考えます。倍率のばらつきが数列としてそのまま並ぶ、いちばん見やすい例です。

を送ると になるので、 番目の向きでの倍率がちょうど 。作用素ノルムはその上限になります。

なら倍率は から へ落ちていき、天井は 。 なら倍率が青天井で、有界でありません。

同じ形の作用素なのに、係数の列が有界かどうかだけで結論が分かれる。無限次元で何が起きているかが、この例にいちばん短く出ています。

天井があることと連続であることが同じ

線形写像に限ると、有界性と連続性が一致します[1]。

倍率に天井があると、入力を少し動かしたときの出力の動きが、その天井の倍までに収まります。

入力の差がそのまま出力の差を押さえる。リプシッツ連続そのものです[2]。

逆向きは、原点のそばだけ見れば足ります。原点で連続なら、小さい入力に対する出力が小さい。あとは線形性で拡大すれば、全体の天井が出ます[1]。

有限次元

天井は必ずある。連続性も自動。線形代数では気にしなくてよい

無限次元

天井のない写像が現れる。微分作用素が代表で、連続でもない

なぜ有界なものだけを扱うのか

非有界な作用素は、扱いにくいというより、扱い方が変わります[3]。

天井がないと、入力の小さな誤差が出力で無限に増幅されうる。数値計算でいう不安定さが、そのまま作用素の言葉になった状態です。

そこで定義域を狭めたり、ノルムを替えたりします。 に微分まで込みのノルムを入れると、微分作用素が有界になる。

このノルムで測れば なので、倍率の天井が になります。ソボレフ空間を使う動機も、大きくはここにあります。

非有界だからといって、扱えないわけではありません。

定義域を狭めるか、ノルムを替えるかして、有界な枠に持ち込む。

どの向きでどれだけ伸びるかを見る

いちばん大きい倍率が有限か調べる

有限なら有界で、連続でもある

例:見慣れた作用素の倍率

いくつか並べておきます。どれも「いちばん伸ばす倍率」を読むだけ[2]。

恒等写像倍率はどの向きでも 1
定数倍 どの向きでも
直交射影射影する向きで 1、直交する向きで 0
シフト作用素並べ替えるだけなので 1
積分作用素核の絶対値を行に沿って積分した最大値
微分作用素天井がない

射影の行が示すとおり、倍率は向きによって にもなります。いちばん大きいところだけを見る量が作用素ノルム、というのはそういう意味です。

微分作用素が有界でないのはなぜですか。

  • 線形でないから
  • 高さを変えずに傾きだけをいくらでも立てられるから
  • 定義域が有限次元でないから
__RESULT__

や は最大値が のままです。それでも導関数の最大値は まで伸びるので、倍率に天井がない。無限次元であること自体は理由になりません。

よくある誤り

有界を「像が有界集合」と読む。線形写像でそうなるのは零写像だけです。
無限次元だから非有界だと思う。無限次元でも有界な作用素はいくらでもあります。
非有界な作用素は使えないと思う。ノルムや定義域を替えれば扱えます。
倍率がどの向きでも同じだと思う。向きごとに違い、 になる向きもあります。
連続性を各点で確かめようとする。原点で確かめれば線形性が広げてくれます。
作用素ノルムが平均的な倍率だと思う。いちばん大きい倍率です。
天井の存在と、その値を求めることを同じ手間だと思う。存在だけなら粗い評価で足ります。

参考文献

Bounded operator. Wikipedia(英語).
Operator norm. Wikipedia(英語).
Beschränkter Operator. Wikipedia(ドイツ語).
J. K. Hunter, B. Nachtergaele. *Applied Analysis*, Chapter 5: Banach Spaces. University of California at Davis.
向きごとに伸び方は違います。その全部を見わたして、いちばん大きい倍率が有限かどうか。有界性が問うているのはそこです。単位円のまわりで倍率がどう散らばるかを見てから、有限次元では天井が必ずあること、微分作用素では高さを変えずに傾きだけ立てられて天井がないことを確かめます。成分ごとに定数を掛ける作用素で倍率がそのまま並ぶ例、天井があることと連続であることが一致する理由、非有界を有界な枠に持ち込む手まで。