体 上の形式的べき級数環 は、離散付値環の最も素朴な例の一つです。多項式環 とよく似ていますが、無限和を許すところが異なります。
定義
形式的べき級数とは、
という形の式です。ここで です。収束性は問わず、単に形式的な無限和として扱います。形式的べき級数全体の集合に、係数ごとの加法と通常の積(分配法則による)を定めると環になります。これが です。
多項式環との比較
多項式環
有限個の項しかもてない。 は多項式だが、 は多項式ではない。体 上のユークリッド整域であり、素イデアルは と既約多項式で生成されるものである。
形式的べき級数環
無限個の項をもてる。 も の元である。局所環であり、素イデアルは と の二つだけである。
単元と極大イデアル
の単元(可逆元)は、定数項が でない元です。例えば は単元で、逆元は等比級数
です。一方、 や のように定数項が の元は単元ではありません。
定数項が の元全体は極大イデアル をなし、これが唯一の極大イデアルです。したがって は局所環です。
離散付値環であること
極大イデアル は 一つで生成されるので、 は離散付値環です。一様化元は です。
でない元 に対して、( は単元)と一意に書けます。このときの を の位数(order)と呼び、 と書きます。この位数が離散付値を与えます。
幾何学的な意味
は、直線 の原点における「無限小近傍」を代数的に記述する環です。多項式環 が直線全体を見るのに対し、 は原点のごく近くだけを拡大して見る道具といえます。