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形式的べき級数環 k[[t]](収束を問わない環が離散付値環になる)

形式的べき級数は、係数を無限に並べただけのものです。収束は問いません。

に数を代入することは考えず、係数の列 そのものを元と見なします[1]

それでも環になり、しかも離散付値環になる。以下では積の定義から始めて単元を決め、逆元を実際に計算し、イデアルの形まで下ります。

環になる理由

和は係数ごとに足すだけです。積は次のように定めます。

を決める和は 項しかありません。無限和を扱っているのに、各係数の計算は有限で終わります。

ここが収束を問わずに済む理由です。 に値を入れないので、極限を考える場面が出てきません。

が可換環なら も可換環になります。単位元は です。

例: 積を 1 つ計算する

の積を求めましょう。

です。

一般に になります。したがって積は です。

無限個の項が関わっているのに、係数は 1 つずつ確定します。表を作れば手で追える計算です。

単元は定数項で決まる

が可逆であることと であることが同値になります[1]

必要性は簡単です。 なら定数項どうしの積が になるので、 が要ります。

十分性は係数を順に決めれば示せます。 を未知として、 を係数ごとに書き下しましょう。

最初の式から です。 番目の式を について解くと、次の形になります。

右辺には しか現れません。順に決めていけば、すべての が一意に定まります。

例: 逆元を 3 つ求める

公式を使って実際に計算します。

なら 、以降は です。 となるので、すべての係数が になります。

なら符号が交互に入れ替わり、 です。

なら計算できます。 なので になります。

標数 の体では なので、 となり単元ではありません。係数体を先に決めておく必要があります。

係数を順に埋めていく

逆元の係数が 1 つずつ決まるようすを動かしてみましょう。

の逆元を求めています。関係式は で、フィボナッチ数が並びます。

無限個の係数を一度に決める必要はありません。前の項だけから次が決まるので、いくらでも先まで書けます。

多項式環では、この計算が途中で行き詰まります。 の逆元は多項式にならないためです。

位数と一様化元

でない に対して、最初に でなくなる係数の番号を位数といい と書きます。

なら です。 でくくると次の形になります。

の定数項が なので単元です。この表示は一意で、 から決まります[1]

つまり のどの元も、 の冪と単元の積に分かれる。 が一様化元です。

例: 位数を 4 つ数える

の位数は の部分は でくくったあとも として残ります。

の位数は で、これは単元です。 の位数は

の位数は約束として とします。 でいくらでも割れるためです。

位数は積で足し算になります。 で、 が整域なら等号が成り立つ。

イデアルは の冪しかない

でないイデアルとします。 の元の位数のうち最小のものを とし、それを実現する をとりましょう。

が単元なので です。逆に なら位数が 以上なので で割り切れます。

イデアルは と一列に並びます。単項イデアル整域であることも同時に分かる。

素イデアルは の 2 つだけです。 では なのに なので、素になりません。

離散付値環である

単元でない元は定数項が なので、すべて に入ります。したがって が唯一の極大イデアルで、 は局所環です。

整域であることは位数の加法性から出ます。 なら が有限なので です。

局所・整域・極大イデアルが単項という 3 つがそろいました。 は離散付値環です[2]

次元の正則局所環でもあります[5]。完備な正則局所環の形として、いちばん基本になる環です。

多項式環との違い

同じ変数 1 本でも、 とは性質がかなり違います。

多項式環

項は有限個。極大イデアルが の形で無限にあるので局所環ではない。ユークリッド整域で、割り算の筆算がそのまま使える。

形式的べき級数環

項は無限個でよい。極大イデアルは ただ 1 つで局所環になる。単元が多いぶん、割り算はほとんどの場合に実行できる。

で単元は でない定数だけです。 では定数項が でない級数がすべて単元になります。

単元が増えたぶん、環としては単純になりました。イデアルが しかないのはその現れです。

係数の並びとして見る

元の姿を図にしておきます。

canvas: 絵を作れませんでした

左から が続き、最初に でない係数が現れた番号が位数です。図では を表しています。

先頭の の個数を数えているだけ、と読めます。 で何回割れるかと同じことです。

合成と形式的な微分

代入も、条件付きで意味をもちます。 の定数項が なら が定義できます[1]

に代入すると、 です。各次数の係数は有限個の項からしか寄与を受けません。

定数項が でないと壊れます。 を代入すると、 の係数を決めるのに無限和が要ってしまう。

微分も形式的に定めます。 とすれば、積の微分法則がそのまま成り立ちます。

標数 では注意が要ります。 となるので、微分が でも定数とは限りません。

ローラン級数体

の商体は、有限個の負冪を許した級数の全体です[1]

に対して とすればよいので、負の位数まで伸びます。

位数は から への全射になります。 は位数が非負の元の全体として復元できる。

の関係、 の関係と、まったく同じ形です[3]

例: 有理関数を展開する

の元で分母が定数項をもつものは、 の中で割り算できます。

を展開しましょう。 なので、答えは です。

に入りません。位数が なので、 の元になります。

も同様で、位数は です。 でくくった残りが単元だからです。

分母が で割れるかどうかだけを見ればよい。有理関数の展開は位数の計算に帰着します。

ネーター性と完備性

はネーター環です。イデアルが しかないので、有限生成であることは明らかになります。

一般に がネーターなら もネーターです[1]。ヒルベルトの基底定理のべき級数版にあたります。

完備性も大切な性質です。 進位相について完備で、係数を無限に決めていく操作がいつでも収束します。

逆元を係数ごとに決められたのは、この完備性のおかげでした。 では同じ手が使えません。

幾何的には何を見ているか

が直線 全体の関数環だとすると、 は原点のごく近くだけを見る環です。

は 2 点しかありません[3]。極大イデアル に対応する閉点と、 に対応する生成点です。

閉点が原点、生成点が「原点をわずかに外れた方向」にあたります。近傍を最小限まで削った形です。

滑らかな曲線の点を完備化すると、いつでもこの環が現れます。局所的には曲線どうしの区別が付かない、という事実の言い換えです。

練習

の元として単元でないものはどれですか。ただし とします。

__RESULT__

単元かどうかは定数項だけで決まります。 は定数項が なので、極大イデアル に入り単元ではありません。位数は で、 と分解します。ほかの 3 つは定数項が でないので、いずれも逆元をもちます。

多項式としての次数や既約性は関係しません。見るのは定数項の 1 か所だけです。

よくある誤り

つまずきやすい点を並べます。

収束を確かめる必要があると思う。形式的な扱いなので収束は問わない。
に値を代入できると思う。代入は定数項が の級数に対してだけ意味をもつ。
多項式環と同じく既約元がたくさんあると思う。既約元は の単元倍しかない。
の元だと思う。位数が負なので の元である。
標数を気にせず定数を割る。標数 では になり、単元でなくなる。
位数を次数と混同する。位数は最も低い項の番号で、最も高い項ではない。

定数項と最低次の項、この 2 か所だけを見る癖をつけると計算が速くなります。

参考文献

Formal power series, Wikipedia (English).
Discrete valuation ring, Wikipedia (English).
Diskreter Bewertungsring, Wikipedia (Deutsch).
Section 10.50: Valuation rings, The Stacks Project.
Regular local ring, Wikipedia (English).
係数を無限に並べただけで、収束は問わない。それが形式的べき級数です。積の各係数が有限和で決まることから環になり、定数項が 0 でない元はすべて単元になります。逆元の係数を順に決める手順を書き下すと、$1/(1-t-t^2)$ ではフィボナッチ数が並ぶ。位数、イデアルが $(t^n)$ しかないこと、離散付値環であること、ローラン級数体 $k((t))$ まで進み、原点の無限小近傍という幾何の読み方も添えます。