代数幾何学は滑らかさを微分なしでどう定義しているか
微分幾何で滑らかさを言うときは、座標変換が何回でも微分できることを使います。代数幾何にはその足場がありません。
多項式しか使えない世界で、同じ内容をどう書くか。答えは 2 つあり、どちらも微分の極限を経由しません。
1 つは局所環が正則であること、もう 1 つはヤコビ行列のランクが落ちないことです。以下では 2 つを並べて計算し、どこまで一致するかを確かめます。
座標が何本要るかで言い換える
次元の多様体の滑らかな点では、局所座標が 本とれるはずです。この「 本でちょうど足りる」を代数へ移します。
点 での局所環 をとり、極大イデアル を見ます。 の生成元が局所座標にあたる。
左辺が多様体の次元、右辺が座標として要る本数です。等しいとき局所環は正則で、その点を滑らかといいます[3]。
微分は 1 度も出てきません。イデアルの生成という代数の言葉だけで書けています。
もう 1 つの定義: ヤコビ判定法
方程式から直接読む方法もあります。 が で定義されているとしましょう。
偏微分を並べた 行列を作ります。
余次元を とするとき、 次の小行列式のどれかが で でなければ、 は滑らかです[2]。
多項式の偏微分は形式的に定義できます。 を へ送る規則そのものなので、極限を使いません。
小行列式を見る場所
ランクが落ちるかどうかを図にしておきます。
行列の全体を見る必要はありません。 次の小行列 1 つが生き残っていれば十分です。
逆に、すべての 次小行列式が になる点が特異点の候補になります。候補と言ったのは、既約成分ごとに余次元が違いうるためです。
例: 円は全体が滑らか
とします。、、余次元は です。
ヤコビ行列は の で、 次の小行列式は と です。両方が になるのは原点だけ。
原点は なので曲線に乗っていません。したがって円のどの点でもランクは で、全体が滑らかです。
局所環の側でも確かめられます。点 を原点へ移すと となり、 次の項 が生きています。
の中で が の式に落ちるので、生成元は の 1 本で足ります。次元も なので正則です。
例: 楕円曲線と判別式
を考えます。ヤコビ行列は です。
特異点になるには かつ 、さらに が要ります。連立させると、 が重根をもつ条件に行き着きます。
なら重根がなく、曲線は全体が滑らかです。 のときだけ特異点が現れます。
なら で、原点は尖点です。、 なら で、 が結節点になります。
判別式 1 つで滑らかさが判定できる。ヤコビ判定法を連立させた結果が、この式に凝縮されています。
例: 曲面と錐
次元を 1 つ上げます。 は の中の曲面で、 です。
ヤコビ行列は で、第 3 成分がつねに です。ランクが落ちないので、この曲面は全体が滑らかになります。
錐 では事情が変わります。 のヤコビ行列は です。
3 つとも になるのは原点だけで、原点は をみたします。したがって原点は特異点です。
局所環の側でも一致します。 に対して は の像で張られた 次元で、ずれが あります。
例: 2 直線の交点
既約でない場合も見ておきます。 の零点は 軸と 軸の和です。
ヤコビ行列は で、両方が になるのは原点だけ。原点は をみたすので特異点です。
局所環でも確かめられます。 は次元 ですが、 は 次なので は 次元です。
この環は整域ですらありません。、 なのに だからです。成分が 2 つある図形の交点では、こうなります。
余次元をどう数えるかに注意が要ります。成分ごとに次元が同じ場合は問題になりませんが、次元の違う成分が混ざると小行列式の大きさを一律には決められません。
例: 特異点が並ぶ曲面
特異点は孤立しているとは限りません。 の零点を調べましょう。
偏微分は次のとおりです。
3 つが同時に になるのは かつ のときで、 は自由です。この点はすべて をみたします。
つまり特異点の全体が 軸という直線になります。 次元の曲面の上に、 次元の特異軌跡が乗っている。
孤立特異点しか出てこないと思い込むと、この形を見落とします。特異点集合の次元は とは限りません。
特異点集合は閉集合である
いま出てきた特異軌跡が直線だったのは偶然ではありません。特異点の全体はいつでも閉集合です。
次の小行列式は、どれも多項式です。特異点はそれらすべての共通零点なので、ザリスキ閉集合になります。
補集合、つまり滑らかな点の全体は開集合です。既約な多様体では、この開集合が空でなければ稠密になります[4]。
被約であれば空にはなりません。したがって「ほとんどの点は滑らか」が言えます。
例: 深さの違う特異点
同じ「特異」でも深さが違います。 の原点を、 を変えて並べましょう。
なら で、 と分かれる結節点です。 なら で尖点になります。
が大きくなるほど、原点での接触が深くなります。埋め込み次元はどれも で変わりません。
ヤコビ判定法も局所環の正則性も、 の違いを見分けません。どちらも「滑らかか否か」の 2 択しか答えないためです。
深さを測るには別の量が要ります。判定と分類は別の仕事だ、という区別が要ります。
勾配が消える瞬間
ヤコビ行列のランクが落ちるようすを、円の族で見てみましょう。
矢印は勾配 です。円が縮むと矢印も短くなり、半径 で完全に消えます。
の図形は原点 1 点で、そこでは が同時に成り立つ。 次元の点なのにヤコビ行列のランクが に落ちています。
族の中で滑らかさが壊れる瞬間は、判別式が になる瞬間と一致します。前の例で見た と同じ現象です。
2 つの定義はどこまで一致するか
ヤコビ判定法と正則性は、いつでも同じ答えを出すわけではありません。体の性質が効きます。
滑らかなら正則である、という向きは無条件です[1]。逆向きには条件が付きます。
完全体、たとえば代数閉体や標数 の体の上では、有限型代数の点が滑らかであることと局所環が正則であることが同値になります[2]。
日常的に扱う や の上では、2 つを区別せずに済みます。区別が要るのは正標数の完全でない体です。
完全でない体での反例
を素数、 とします。 は の中で 乗になっていません。
を考えましょう。 は 上既約なので、 は 1 点で、その局所環は体です。
体は 次元の正則局所環です。したがって は正則になります。
ところが滑らかではありません。 を で微分すると となり、ヤコビ行列が零行列になるためです[1]。
体を へ広げると、 と分解して冪零元が現れます。正則性が体の拡大で壊れる。
滑らかさは相対的な概念である
反例が示しているのは、2 つの概念の性格の違いです。
環そのものの性質。局所環を見れば決まり、体を持ち出さなくても定義できる。体を広げると壊れることがある。
体 に対する相対的な性質。 上の射として定義され、どんな体拡大をしても正則性が保たれることと同値になる。
「どんな有限生成拡大をしても正則」という条件を幾何的正則といいます[5]。有限型のスキームでは、幾何的正則であることと滑らかであることが同値です。
滑らかとは、体を広げても崩れない正則性のこと。この読み方をすると、2 つの語の関係が整理されます。
判定の手順
実際に判定するときの順番をまとめます。
定義方程式と余次元を確かめる
ヤコビ行列の 次小行列式を並べる
すべて になる点を求める
その点が多様体に乗るかを見る
体が完全なら、この手順の答えがそのまま正則性の答えになります。完全でないときは、どちらを判定したのかを言い分ける必要がある。
小行列式の計算は機械的です。手が止まるのは、余次元 をいくつにとるかを決める場面になります。
滑らかさから出てくる性質
滑らかな点の局所環は正則なので、正則局所環の性質をすべて受け継ぎます。
計算が軽くなるのはこれらのおかげです。素元分解が使え、分数の扱いが素直になります。
滑らかな点だけを集めた開集合は稠密になります[4]。ほとんどの点は滑らかで、特異点は例外的な場所です。
練習
完全でない体 上の有限型スキーム について、いつでも正しいものはどれですか。
- が正則なら 上滑らかである
- が 上滑らかなら正則である
- 正則と滑らかは同値である
- が正則なら体拡大しても正則である
向きを覚えておくと迷いません。強いのは滑らかのほうです。
よくある誤り
まとめとして並べます。
体が何かを最初に決めておくと、ほとんどの混乱は起きません。代数閉体の上なら 2 つの語は同じものを指します。












滑らかから正則への向きは無条件に成り立ちます。逆向きには完全性が要り、k=Fp(a) 上の tp−a が反例になります。この例は、正則な点が体拡大で正則でなくなることも同時に示しています。