2 次正方行列の逆行列|定義・公式・行列式が 0 のとき存在しない理由
逆行列とは、かけると単位行列になる相手のことである。実数でいえば逆数にあたる。
2 次正方行列の和と積で、行列にも積があり、単位行列 が実数の と同じはたらきをすることを見た。では実数の逆数にあたるものは何になるか。
以下では定義から始め、16 個の計算例を 1 つずつ手で追う。公式の意味、行列式が だと逆行列がない理由、逆行列どうしの性質まで扱う。
逆行列の定義
2 次正方行列 , が次をみたすとする。
このとき を の逆行列、または を の逆行列という。英語では inverse matrix である。
の逆行列を と書く。実数のマイナス 1 乗が逆数を表すのと同じ書き方である。
直観: 逆行列は割り算にあたる
実数の世界では、 を両辺 で割って解く。割るとは をかけることで、 が効いている。
行列には割り算が定義されていない。代わりに、かけて になる行列を用意しておく。それが逆行列である。
の位置に が入っただけで、やっていることは同じである。
直観: もとに戻す変換
行列はベクトルを別のベクトルへ送る。 が を へ動かすなら、 はそれをもとの へ引き戻す。
行って戻れば出発点である。逆行列とは、 がした変換を取り消す行列だといってよい。
<svg viewBox="0 0 660 300" xmlns="http://www.w3.org/2000/svg" style="max-width:100%;height:auto;display:block;margin:0 auto"><defs><marker id="iv-a" viewBox="0 0 10 10" refX="9" refY="5" markerWidth="7" markerHeight="7" orient="auto"><path d="M 0 0 L 10 5 L 0 10 z" fill="#1b81e0"/></marker></defs><line x1="165" y1="230" x2="530" y2="230" stroke="#8a8a8a" stroke-width="1"/><line x1="200" y1="275" x2="200" y2="70" stroke="#8a8a8a" stroke-width="1"/><text x="188" y="248" font-size="11" fill="#8a8a8a">O</text><path d="M 240 190 C 300 140 380 118 448 127" fill="none" stroke="#1b81e0" stroke-width="2" marker-end="url(#iv-a)"/><path d="M 452 143 C 384 174 306 192 242 205" fill="none" stroke="#1b81e0" stroke-width="2" marker-end="url(#iv-a)"/><text x="340" y="112" font-size="14" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">A</text><text x="340" y="216" font-size="14" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">A<tspan font-size="10" dy="-5">-1</tspan></text><circle cx="232" cy="198" r="4" fill="#1b81e0"/><circle cx="456" cy="134" r="4" fill="#1b81e0"/><text x="206" y="188" font-size="12" fill="#1b81e0">v</text><text x="466" y="130" font-size="12" fill="#1b81e0">Av</text><text x="348" y="272" font-size="12" fill="#8a8a8a" text-anchor="middle">送って戻せば出発点にいる</text></svg>で送った先から で引き返すと、もとの点に戻る。この往復ができるかどうかが、あとで見る存在条件につながる。
計算例: かけて単位行列になることを確かめる
次の 2 つの行列を用意する。
積は行と列の内積で決まる。4 つの成分をそれぞれ計算する。
単位行列になった。したがって は の逆行列であり、 と書ける。
左からかけても右からかけても単位行列
実数のかけ算と違い、行列の積では順序を入れ替えると結果が変わる。 と は普通は別物である。
ところが逆行列だけは例外で、どちらの順序でも単位行列になる。
だから「 が の逆行列」と「 が の逆行列」は同じことを指す。定義でどちらの言い方もできるのは、この対称性による。
計算例: 順序を入れ替えて確かめる
さきほどの と で、今度は を計算する。
のときと同じ単位行列が出た。順序を変えても結果が変わらない、めずらしい組み合わせである。
逆行列は 1 つしかない
の逆行列が 2 つあったとしよう。 と がどちらも逆行列なら、次のように変形できる。
と は一致する。つまり逆行列は、存在するならただ 1 つに定まる。
だから という書き方が許される。「 の逆行列」と言えば行列が 1 つに決まる。
行列式
公式に入る前に、行列式という値を用意する。
たすきがけの引き算である。左上と右下をかけたものから、右上と左下をかけたものを引く。
記号は実数の絶対値と同じ縦棒を使う。 と書く教科書もある。詳しくは行列式の定義と意味を参照してほしい。
逆行列の公式
のとき、 の逆行列は次の式で与えられる。
手順は 3 つである。対角成分 と の位置を入れ替え、残る と の符号を変え、行列式で割る。
割る操作があるので、 では使えない。その場合は後の節で扱う。
公式が正しいことを確かめる
本当に逆行列になっているか、 にかけて確かめる。
右上と左下は打ち消し合って になる。対角成分はどちらも 、すなわち である。
で割ったのは、この対角成分を にそろえるためだった。
直観: なぜ対角を入れ替えて符号を変えるのか
を行ごとに読むと、公式の形が見えてくる。 の 1 行目は を で割ったものである。
この と、 の 2 列目 の内積を取ると になる。つまり は 2 列目と直交する向きに選ばれている。
一方で の 1 列目 との内積は 、すなわち である。
になる。 の 1 行目の 成分が であることに対応する
になる。 で割れば になり、 成分が になる
符号を変えるのは直交させるため、行列式で割るのは大きさを に合わせるためである。2 行目も同じ理屈で になる。
計算例: 行列式が 1 の場合
行列式は である。割り算が要らないので、入れ替えと符号だけで済む。
検算する。
計算例: 行列式が 2 の場合
である。入れ替えと符号のあとに で割る。
検算すると 、、、 となり、単位行列になる。
計算例: 行列式が負の場合
である。負の数で割るので、全成分の符号がひっくり返る。
検算は 、、、 である。行列式が負でも手順は変わらない。
計算例: 負の成分を含む場合
である。引く側もかけ算なので、符号を 2 つとも拾う。
公式では と の符号を変えるので、どちらも正になる。
検算すると 、、、 になる。
計算例: 分数が出る場合
である。約分しきれないので、成分に分数が残る。
計算の途中では を外に出したままにしておくとよい。検算も のように、分子だけ見れば済む。
計算例: 単位行列の逆行列
である。公式にあてはめると、入れ替えても符号を変えても形が変わらない。
なので当然である。実数で の逆数が であることに対応する。
計算例: 対角行列の逆行列
である。公式にあてはめる。
対角成分がそれぞれ逆数になった。 方向を 倍したなら 倍して戻す、という素直な形である。
計算例: 拡大行列の逆行列
平面全体を 倍に広げる行列を考える。
なので、逆行列は次のようになる。
倍に広げたものを 倍で縮めて戻す。逆行列が「もとに戻す変換」だという見方が、そのまま数に出ている。
計算例: 回転行列の逆行列
原点まわりに だけ回す行列は次の形をしている。
行列式は である。公式にあてはめると、 の符号だけが変わる。
これは の回転である。 なら は の並びになり、逆行列は の並びになる。
回したものを逆向きに回して戻す。ここでも逆行列は取り消しの操作になっている。
求めたら必ず検算する
逆行列は検算がやさしい。求めた をもとの にかけて、単位行列になるかを見ればよい。
符号を落とす、行列式で割り忘れる、対角成分を入れ替え忘れる。よくある間違いはこの 1 手間でほぼ見つかる。
上の計算例でも毎回確かめている。手順が短いぶん、省くと間違いに気づく機会がなくなる。
行列式が 0 だと逆行列がない
公式は で割る形なので、 では使えない。使えないだけでなく、逆行列そのものが存在しない。
理由は積の形からわかる。 となる があったとすると、行列式には という性質がある。
左辺は なら である。 となって矛盾するので、そのような は存在しない。
計算例: 逆行列を持たない行列
である。この行列に逆行列はない。
公式にあてはめようとすると が現れる。計算が止まるのではなく、そもそも答えが存在しない。
を先に計算する習慣をつけておくと、無駄な手を動かさずに済む。
直観: 面積がつぶれるから戻せない
行列式には、単位正方形が移った先の面積という意味がある。 とは、その面積が になることである。
面積が ということは、正方形が線分につぶれたということだ。平面全体が 1 本の直線に押し込められている。
<svg viewBox="0 0 700 306" xmlns="http://www.w3.org/2000/svg" style="max-width:100%;height:auto;display:block;margin:0 auto"><line x1="105" y1="230" x2="285" y2="230" stroke="#8a8a8a" stroke-width="1"/><line x1="140" y1="262" x2="140" y2="130" stroke="#8a8a8a" stroke-width="1"/><polygon points="140,230 196,202 224,146 168,174" fill="#ebf5ff" stroke="#1b81e0" stroke-width="2"/><text x="192" y="34" font-size="13" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">行列式が 3 — 面積が残る</text><text x="192" y="56" font-size="12" fill="#8a8a8a" text-anchor="middle">単位正方形が平行四辺形になる</text><text x="192" y="288" font-size="12" fill="#8a8a8a" text-anchor="middle">もとに戻せる</text><line x1="415" y1="230" x2="645" y2="230" stroke="#8a8a8a" stroke-width="1"/><line x1="450" y1="262" x2="450" y2="130" stroke="#8a8a8a" stroke-width="1"/><line x1="450" y1="230" x2="618" y2="146" stroke="#a8d2f5" stroke-width="8"/><line x1="450" y1="230" x2="618" y2="146" stroke="#1b81e0" stroke-width="2"/><text x="527" y="34" font-size="13" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">行列式が 0 — 線につぶれる</text><text x="527" y="56" font-size="12" fill="#8a8a8a" text-anchor="middle">単位正方形が線分になる</text><text x="527" y="288" font-size="12" fill="#8a8a8a" text-anchor="middle">戻す先がわからない</text></svg>つぶれると情報が失われる。直線上の 1 点を見せられても、もとの平面のどこから来たのかを決められない。行きは計算できても、帰り道が 1 本に定まらない。
直観: 列が平行になっている
の行列を列で読むと、事情がはっきりする。さきほどの例の列は と であった。
後者は前者のちょうど 倍で、2 本は平行である。一次独立と一次従属の言葉でいえば、この 2 本は一次従属である。
平行な 2 本をどう組み合わせても、原点を通る 1 本の直線しか作れない。届く範囲が平面全体にならないので、 の 2 本の列を作ることもできない。
行列式が 、面積がつぶれる、列が平行、逆行列がない。どれも同じことを別の角度から述べている。
正則行列という呼び方
逆行列を持つ行列を正則行列という。可逆行列ということもある。英語では invertible matrix である。
2 次正方行列では、正則であることと であることが同じ条件になる。判定は行列式を 1 回計算するだけで済む。
逆に の行列は特異行列という。逆行列を持たない行列のことである。
逆行列の逆行列はもとの行列
にも逆行列がある。定義に戻ると、 にかけて になる行列を探せばよい。
なので、その相手は 自身である。
実数で となるのと同じである。取り消しをもう一度取り消せば、もとに戻る。
計算例: 逆行列の逆行列
最初の例で確かめる。 と は次のとおりだった。
の行列式は である。これに公式をあてはめる。
もとの が戻ってきた。
積の逆行列は順序が入れ替わる
2 つの行列の積にも逆行列がある。ただし順序が入れ替わる。
確かめるには にかけてみればよい。 となる。
順序が変わる理由は操作の順番にある。 をしてから をしたなら、戻すときは を取り消してから を取り消す。靴下をはいて靴をはいたら、脱ぐのは靴が先である。
計算例: 積の逆行列
どちらも行列式が なので、逆行列は と の並びになる。
積 とその逆行列を求める。
順序を入れ替えた積と比べる。
一致した。順序をそろえた を計算すると の並びになり、これは違う行列である。
逆行列の行列式
行列式には という性質がある。ここに を入れる。
両辺を で割ると、逆行列の行列式が求まる。
面積の言葉でいえば、 が面積を 倍にするなら、 は 倍にして戻すということである。
計算例: 逆行列の行列式
行列式が だった例で確かめる。
の行列式を計算する。
の逆数になっている。
連立方程式を解く
逆行列のいちばんの使い道は連立方程式である。係数を並べた行列を 、未知数を 、右辺を とおくと、連立方程式は と書ける。
両辺に左から をかけると、 だけが残る。
くわしくは行列とベクトルの積と連立方程式を参照してほしい。 のときに解が一意でなくなることも、逆行列がないことと対応している。
計算例: 逆行列で連立方程式を解く
係数と右辺を並べる。
なので、逆行列は割り算なしで求まる。
, である。もとの式に戻すと 、 となり、どちらも合っている。
3 次以上の逆行列
2 次の公式が書き下せるのは、成分が 4 つしかないからである。3 次になると成分が 9 つになり、同じ形の式は急に長くなる。
実際には余因子行列を使うか、掃き出し法で単位行列へ変形しながら求める。次数が上がるほど後者が現実的である。
2 次の公式は覚えてよい。ただし、暗記が効くのは 2 次までだと知っておくと、あとで困らない。
よくある誤り
最後に、間違えやすい点を並べておく。
どれも定義に戻れば防げる。求めた行列をもとの行列にかけて、単位行列になるかを見ればよい。











