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電子は毎秒 1 mm も進まない、それでも電流はすぐ伝わる

銅線のなかを流れる電子は、毎秒 も進みません。 先へ届くのに 2 時間ほどかかる計算になります[1]

それでもスイッチを入れれば電灯はすぐ点きます。この 2 つは矛盾しません。

電流は断面を通る電荷の量

電流は、導線のある断面を 1 秒あたりに通り抜ける電荷の量です。

は毎秒 。電気素量で割ると、毎秒 個の電子が通っていることになります。

数密度と速さで書き直す

断面積 の導線を考えます。単位体積あたりの自由電子の数を 、電子の平均の速さを とする。

のあいだに断面を通るのは、長さ のぶんに入っている電子です。その個数は 個。

電荷にすると なので、 で割ると電流が出ます[1]

この をドリフト速度と呼びます。電子が正味で進む速さ、という意味です。

実際に計算してみる

銅の自由電子の数密度は です[1]。この大きさが効きます。

数が桁外れに多いので、1 個あたりの速さは小さくて足ります。太い銅線に を流しても、ドリフト速度は にしかなりません[1]

毎秒 。歩く速さの 1 万分の 1 です。

それでもすぐ点く理由

電子が届くのを待っているわけではありません。導線のなかにはもともと電子が詰まっています。

スイッチを入れると電場が導線全体へ広がります。この広がりが秒速 規模で進み[1]、各地点の電子がいっせいに動き始める。

水を満たしたホースと同じです。蛇口をひねると出口からすぐ水が出ますが、蛇口の水がそこまで来たわけではありません。

熱運動の速さは秒速 ほどあります。ドリフトはその上に乗った、ごくわずかな偏り です。

電場がないときは、あらゆる向きへ飛びまわって平均すると 0。電場を掛けると、わずかに一方向へずれる。そのずれが電流になる。

オームの法則が成り立つわけ

電子は電場から力を受けて加速しますが、すぐ原子にぶつかって速さを失います。加速と衝突をくり返すので、平均の速さが一定に落ち着く。

落ち着いた速さは電場に比例します。 なら から 、つまり です。オームの法則の形になります。

ぶつかりやすさは材質で決まります。これが抵抗率 の中身で、長さと断面積を合わせると になる。

例 1:太い銅線

直径 の銅線に を流します[1]。断面積は

計算すると です。 という大きな電流でも、この程度にしかなりません。

例 2:細い銅線

断面積 の銅線に を流します。

毎秒 。例 1 より遅くなりました。断面が細いぶん、同じ電流を運ぶには速く動きそうに思えますが、電流も 10 分の 1 になっているためです。

例 3:1 m 進む時間

例 2 の電子が 先へ届くまでを出します。

時間。電球のフィラメントに、スイッチを入れたときの電子が到達するのは、ずっとあとです。

例 4:信号が届く時間

配線の長さを とし、電場の広がる速さを とします[1]

。人が感じとれる時間ではありません。例 3 とは 11 桁ちがいます。

例 5:電子を数える

が流れているとき、1 秒に断面を通る電子の数です。

京個。1 個ずつは遅くても、数でおぎなっています。

例 6:電子の向き

電流の向きは正電荷が動く向きと決められています。実際に動いているのは負の電子なので、電子は電流と逆向きに進む。

に代入するときは大きさだけを使い、向きは別に決めます。電子の流れる向きを問われたら、電流と逆と答えることになります。

同じ材質の導線で、断面積だけを 2 倍にして同じ電流を流しました。ドリフト速度はどうなりますか。

  • 2 倍になる
  • 半分になる
  • 変わらない
__RESULT__

が同じなら、 に反比例します。断面が広ければ、ゆっくり動いても同じ量を運べる。太い電線ほど電子はのんびり進んでいます。

押さえどころ

電流の定義 は毎秒
ミクロな式
銅の数密度
ドリフト速度毎秒 に満たない
信号の速さ秒速 規模。ドリフトとは 12 桁ちがう
抵抗率衝突のしやすさ。

電流の正体を「電子が導線を走り抜けること」と考えると、点灯の速さが説明できません。導線に詰まった電子が、その場でいっせいに動き出す、と見るのが正しい姿です。

数がとてつもなく多いので、1 個あたりはほとんど動かなくて足ります。 の大きさが、この話のすべてを決めています。

参考文献

9.3: Model of Conduction in Metals/University_Physics_II_-_Thermodynamics_Electricity_and_Magnetism_(OpenStax)/09:_Current_and_Resistance/9.03:_Model_of_Conduction_in_Metals). Physics LibreTexts, OpenStax University Physics Volume 2.
Reihen- und Parallelschaltung von Widerständen. Grundwissen Elektronik(ドイツ語).
Étude des réseaux électriques en régime continu. Femto-Physique(フランス語).
銅線を流れる電子のドリフト速度は毎秒 $0.5$ mm に届きません。$1$ m 先へ届くのに 2 時間ほどかかる計算です。それでもスイッチを入れれば電灯はすぐ点く。電子が届くのを待っているのではなく、導線に詰まった電子がその場でいっせいに動き出すためです。$I=nqvS$ の $n$ が $8.34\times10^{28}$ と桁外れに大きいので、1 個あたりはほとんど動かなくて足ります。加速と衝突をくり返して平均の速さが電場に比例するところから、オームの法則と $R=\rho L/S$ が出てくる話まで扱いました。