数学的帰納法の不等式への応用

数学的帰納法は等式の証明に使われることが多いが、不等式の証明にも非常に強力な手法である。ただし、等式の場合と比べていくつか特有の注意点がある。帰納法のステップで「」や「」をうまく制御する技術が求められるのだ。

不等式の帰納法の基本構造

等式の帰納法と同様に、次の 2 ステップで証明を進める。

基底段階:(または適当な初期値)で不等式が成り立つことを確認する

帰納段階: で成り立つと仮定し、 でも成り立つことを示す

等式と異なるのは、帰納段階で「」ではなく「」や「」を経由するため、途中で不等号の向きを間違えないよう慎重に式変形する必要がある点だ。

例題 1: の証明

すべての正の整数 に対して が成り立つことを示す。

基底段階 のとき なので成立。

帰納段階 が成り立つと仮定する。 のとき、

最後の不等号は から従う。よって が示された。

この例は素朴だが、帰納法で不等式を扱う際の典型的な流れを含んでいる。仮定 を使って を下から評価し、さらに という追加の情報を組み合わせて目標の不等式に到達するという構造だ。

例題 2:相加相乗平均の不等式( の場合)

個の正の実数 に対して、

が成り立つことを、 の場合に帰納法で示す。

基底段階、つまり のとき、 は両辺を 2 乗して展開すれば に帰着する。

帰納段階 で成立すると仮定し、 で示す。 個の正の実数を前半 個と後半 個に分ける。帰納法の仮定より、

とおく。全体の相加平均は は各半分の相加平均)であり、基底段階の の結果から、

が成り立つ。この証明は、帰納法を ではなく (指数)について回すという工夫が特徴的である。

例題 3:ベルヌーイの不等式

かつ のとき、 を示す。

基底段階 のとき で等号成立。

帰納段階 と仮定する。 のとき、

ここで であるから、仮定の不等式の両辺に を掛けても不等号の向きは変わらない。右辺を展開すると、

最後の不等号は から従う。よって が示された。

ベルヌーイの不等式は解析学の多くの場面で基礎的な道具として使われる。たとえば数列 単調増加であることの証明にも応用される。

が大きくなるにつれてこの数列が増加し、ネイピア数 に収束するという事実。

不等式の帰納法でよくある失敗

不等式の帰納法には、等式の場合にはない落とし穴がいくつか存在する。

不等号の向きの逆転

仮定から出発して式変形を進めるうちに、意図せず不等号の向きが逆になることがある。特に負の数を掛けたり、両辺の逆数をとったりする操作には細心の注意が必要となる。

仮定が弱すぎる問題

帰納法の仮定をそのまま使うだけでは目標に届かないケースがある。このとき「仮定を強める」というテクニックが有効で、より強い不等式を帰納法で示した方がうまくいく場合が少なくない。

仮定を強める手法の具体例を見てみよう。 として を示したいとする。帰納段階で を計算すると、

から が従うので証明は完了する。しかし、もし差分の計算がうまくいかない場合は、 のような、より強い命題を帰納法で示す方が見通しがよくなる場合がある。

帰納法の変種:強い帰納法

通常の帰納法では「 で成立」を仮定するが、強い帰納法(完全帰納法)では「 のすべてで成立」を仮定する。不等式の証明でこの方法が必要になるのは、 の場合を示すために だけでなく 以前の情報も必要なケースである。

たとえば「フィボナッチ数列 に対して を示せ」という問題では、 という定義から の両方の仮定が必要になるため、強い帰納法を使うのが自然な選択となる。

不等式の帰納法は、仮定をどう使うかの工夫が問われる。式変形の自由度が等式より高い分、どの時点で仮定を代入し、どの時点で追加の評価を入れるかという判断が重要になる。練習を通じて、不等号を「育てる」感覚を身につけることが大切だ。