明治大学がアラスカ先住民の遺骨を自ら返したと明かす
2026年10月1日 08:22
明治大学は 9 月 30 日、1960 年代に米アラスカ州の 2 か所から持ち去られ、学内で保管してきた先住民の遺骨を、2023 年 3 月と 2026 年 8 月にそれぞれの地元の先住民側へ返したと発表した [1][2]。研究のために集められた海外の遺骨を、大学や研究機関が自ら進んで返したことが明らかになるのは国内で初めてという [1]。
1960 年、明治大学は創立 80 周年の事業として「アラスカ学術調査団」を送り、考古学や民族学の研究者が数か月かけて州内を調べている [1][2]。団員だった民族学の助教授は、教授と 2 人で北部のポイントホープの住居跡から「夜陰に乗じて人骨を採集」したと著書に書き残しており、2021 年に文学部の山田亨教授(人類学)がシンポジウムの準備をしていたとき、この頭骨が大学の博物館の資料の中にあると分かった [1]。
山田教授は現地の先住民政府に連絡して返還を申し出て、現地の宗教にあわせた慰霊の儀式を日本で行ったうえで遺骨を持参し、2023 年 3 月に返した [1]。ポイントホープはイヌピアットの人々が暮らす町で、北米で最も古くから人が住み続けてきた場所の一つとされている [3]。
その後、学内からの情報をもとに、別の頭骨を含む遺骨 11 点と副葬品が 2025 年 3 月に研究室で見つかった [1]。60 年の調査団にも加わった考古学者の故・岡田宏明氏が、1967 年にネルソン島の集落跡の墓から集めたもので、岡田氏が北海道大学に移ったあとも明治大学との交流が続いた縁で、明治大学の研究室で保管されてきたものである [1][2]。
山田教授は 8 月 26 日、ネルソン島のナイトミュートにあるウムクミウト先住民政府を訪ね、遺骨と副葬品を返した [2]。収集された遺跡は、ウムクミウトの漁業集落から北へ約 1.6 キロのところにある [2]。ナイトミュートはユピックの人々の村で、住民はかつてウムクミウトとの間を季節ごとに行き来していた [4]。返還には在日米国大使館や米国土安全保障省なども協力し、長崎県五島市の平山幸市氏から提供された大漁旗も、漁業の集落であるウムクミウトに届けられた [2]。
返還を終えた思いを、山田教授は次のように語っている [1]。
先住民側から怒りや不信を買うことも覚悟していたが、最終的に返還を受け入れてくれて感謝している。過去の過ちに正面から向き合い、不正義をただすことができて安堵(あんど)している。
毎日新聞(明治大、アラスカ先住民の遺骨返還を発表 大学の自発的返還は初)
研究の目的で集められた海外の遺骨をめぐっては、2025 年 6 月に東京大学や京都大学などが、先住民側の求めに応じて返した例がある [1]。明治大学は、過去の研究活動を真剣に振り返り、関係する地域社会との対話と協力を重ねていくとしている [2]。
参考文献
- [1]毎日新聞(明治大、アラスカ先住民の遺骨返還を発表 大学の自発的返還は初)
- [2]明治大学(明治大学がアラスカ州ウムクミウト先住民政府へ遺骨・副葬品を返還 ~50年以上にわたり大学で保管してきた遺骨・副葬品を、現地を訪問して返還~)
- [3]Wikipedia(Point Hope, Alaska)
- [4]Wikipedia(Nightmute, Alaska)