成田空港会社が土地収用法の事業認定を 12 月にも申請へ
2026年10月3日 22:02
成田国際空港会社(NAA)は、成田空港に 3 本目となる C 滑走路を新しく造るため、土地収用法にもとづく事業認定を 12 月にも国土交通相に申請する方針を固めた [1][2]。認定されれば、買収に応じていない土地を強制的に取得する道が開ける [1][2]。
NAA は約 2500 メートルの B 滑走路を 1000 メートル延ばし、約 3500 メートルの C 滑走路を新たに造る計画を進めているが、9 月 25 日の時点で必要な用地 1099 ヘクタールのうち 99 ヘクタールが買えておらず、51 ヘクタールは契約のめどが立っていない [1]。とくに C 滑走路の遅れが大きく、当初予定した 2029 年 3 月の供用開始はすでに断念している [1]。
申請に必要な事前説明会は 10 月 28 日に成田市、11 月 5 日に多古町、11 日に芝山町で開き、買収に応じていない地権者らに新しい滑走路の目的や内容を説明して理解を求める [1]。国交相が事業の公益性などから認定すれば、NAA は千葉県の収用委員会に申請し、委員会が明け渡しや補償について裁決する [1]。期限までに明け渡されなければ、県が代執行で土地を強制的に収用する手順で、NAA は 7 月に、国や千葉県、空港周辺の自治体の首長らとの協議会で、この手続きを進めることで合意していた [1]。
成田空港は、建設に反対する農民や支援者による三里塚闘争のなかで 1978 年に開港した [3]。1971 年には千葉県知事が土地収用法にもとづく行政代執行を 2 回行い、9 月の 2 回目では警察官 3 人が亡くなる東峰十字路事件が起きている [3]。1991 年から開かれた「成田空港問題シンポジウム」で、政府は 2 期工事の土地問題について「いかなる状況のもとにおいても強制的手段をとらない」と約束し、1993 年からの円卓会議を経て、1995 年には村山富市首相が謝罪して、行政代執行による成田空港の土地の強制収用を永久に放棄することが確認された [3]。
当時の事業認定はその後に失効し、成田では話し合いによる用地の取得が進められてきた [3]。2 期工事の B 滑走路は、反対する農家の土地を残したまま 2002 年に暫定の滑走路として使い始められ、農家の軒先から数十メートルの誘導路をジェット機が通る状態が続いている [3]。政府が 30 年前に放棄を確認した強制収用の手段が、新しい滑走路の用地をめぐって、改めて手続きの対象になる [1][3]。
参考文献
- [1]毎日新聞(成田空港会社が12月にも事業認定申請 強制的な用地取得可能に)
- [2]千葉日報オンライン(事業認定12月にも申請 成田空港新滑走路の用地取得 NAA)
- [3]ウィキペディア(成田空港問題)