ノーベル化学賞に東京理科大学の硤合憲三名誉教授ら、鏡写しの分子の偏りを大きくする仕組みを発見
2026年10月7日 21:33
スウェーデン王立科学アカデミーは 10 月 7 日、2026 年のノーベル化学賞を東京理科大学の硤合憲三(そあい・けんそう)名誉教授(76)とフランスのパリ・サクレー大学のアンリ・カガン名誉教授(95)に贈ると発表した [1][2]。授賞の理由は「不斉有機合成における非線形効果と自己触媒作用の発見」である [3]。授賞式は 12 月 10 日にストックホルムで開かれ、賞金 1200 万スウェーデン・クローナ(約 1 億 9000 万円)は 2 人で等しく分ける [1][4]。日本の個人や団体がノーベル賞を受けるのは 3 年連続となり、化学賞では硤合氏が昨年の北川進・京都大学特別教授に続く 10 人目で、外国籍の人を含めた個人の受賞者は分野を合わせて 31 人になった [2][4]。
アミノ酸や糖には、原子のつながり方は同じでも右手と左手のように鏡写しの関係にある 2 つの型があり、生き物のタンパク質はほぼ一方の型のアミノ酸だけでできていて、DNA の糖も片方の型にかぎられる [4][5]。ところが化学者が試験管でこうした分子をつくると両方の型が同じ量ずつできるのが常で、生命の分子が片方にそろう「ホモキラリティー」がどう生まれたのかは長く謎とされてきた [5]。薬の分子にも 2 つの型をもつものが多く、効き目があるのは片方だけで、もう一方が有害な副作用を起こすこともあるため、狙った型だけをつくる「不斉合成」は医薬品や香料の製造に欠かせない [2][5]。
不斉合成によく使われる触媒は、反応を進める金属に左右の型をもつ分子を組み合わせたもので、触媒の型が偏っているほど生成物の型も偏る [5]。両者は比例するというのが 1980 年代初めの化学者の前提だったが、当時パリ南大学にいたカガン氏はこれを疑い、金属が型をもつ分子を少なくとも 2 つ抱えるなら、右と右、左と左、右と左の 3 通りの触媒ができるはずだと考えた [5]。実験では右と左を抱えた触媒だけが反応をずっと遅く進め、生成物には触媒の偏りから見込まれるより多く一方の型ができることが分かり、カガン氏は 1986 年にこの「非線形効果」を示す反応を 3 つ報告している [1][5]。
非線形効果の大きい不斉反応を調べていた東京理科大学の硤合氏は、反応の触媒と生成物の構造がよく似ていることに気づき、生成物が自分と同じ分子をつくる触媒にもなる「自己触媒」の反応を思いついた [5]。1990 年代初めには自己触媒の反応がいくつか知られていたものの、型の偏りを生むものはなく、多くの分子を試した末にたどり着いたのが 5-ピリミジルアルカノールである [5]。1995 年の論文では、片方の型が 2% 多いだけの状態から反応を始め、偏りは 87% まで広がった [1][5]。
それでも生命のように一方の型だけになるところまでは届かず、硤合氏はさらに 8 年をかけて、2003 年に型の偏りのない分子の組み合わせから一方の型が生まれ、それが自らの複製をつくっていく反応を示した [5]。反応の始めに偶然わずかに多くできた型が全体をのみこみ、最終的には生成物の 99.99% を占めるまでになるが、どちらの型になるかは最初の偶然しだいで、同じ反応をくり返すと逆の型ができることもある [5]。アカデミーの解説はこれを生命の誕生以来はじめて偏りのない分子の組み合わせから鏡写しの偏りを生んだ例と位置づけ、ノーベル化学委員会のハイナー・リンケ委員長は、2 人が「100 年以上前からの化学の謎」に答えを出し、編み出した反応は「見事だ」とたたえた [1][5]。
発表の記者会見には硤合氏も電話で加わり、受賞の知らせを受けたときは「自宅の近くで買い物をしていた」と明かした [6]。読売新聞によると、この会見で硤合氏は次のように喜びを語っている [7]。
ノーベル賞の受賞が決まって、人生で最も興奮している。尊敬するアンリ・カガン博士と一緒に受賞できて光栄だ。
読売新聞(ノーベル化学賞を受賞した硤合憲三さん「人生で最も興奮」「尊敬するアンリ・カガン博士と一緒に受賞できて光栄」)
自身の研究でホモキラリティーの一部を説明できるようになったとしながらも、硤合氏は「もちろん、これが最終的な答えではない」と述べ、分子の型の重要性がさらに広く知られ、次の世代が研究を発展させることに期待を寄せた [6]。硤合氏のもとで助手となり、20 年以上ともに研究してきた東京理科大学の川崎常臣教授は、恩師の見つけた反応を「生命の起源を解明するヒントにつながる成果だ」と評し、細かいところまで気がつく優しい先生だと話す [3]。
1950 年に広島県で生まれた硤合氏は、東京大学で向山光昭氏の指導を受けて 1979 年に理学博士の学位を取り、米国ノースカロライナ大学の博士研究員を経て東京理科大学の教授を務めた [1][3][8]。カガン氏は 1930 年にフランスのブローニュ・ビヤンクールで生まれ、1960 年にコレージュ・ド・フランスで博士号を取り、のちにパリ南大学へ移った [1][9]。触媒で一方の型を選んでつくる研究には 2001 年と 2021 年にも化学賞が贈られており [5]、このうち野依良治氏ら 3 人が選ばれた 2001 年には、当時のフランスの研究相がこの分野の先駆けであるカガン氏も受賞すべきだったと異を唱えていた [9]。
参考文献
- [1]NobelPrize.org(Press release: Nobel Prize in Chemistry 2026)
- [2]中国新聞デジタル(共同通信の配信記事)
- [3]読売新聞(ノーベル化学賞、東京理科大の硤合憲三・名誉教授ら…不斉有機合成における非線形効果と自己触媒作用を発見)
- [4]産経ニュース(「人生で最もエキサイティングな日だ」ノーベル化学賞の硤合憲三さん 日本受賞は3年連続)
- [5]NobelPrize.org(Nobel Prize in Chemistry 2026 - Popular information)
- [6]産経ニュース(化学賞の硤合憲三さん、受賞の報は「自宅近くで買い物していたとき」 ノーベル財団会見に)
- [7]読売新聞(ノーベル化学賞を受賞した硤合憲三さん「人生で最も興奮」「尊敬するアンリ・カガン博士と一緒に受賞できて光栄」)
- [8]東京理科大学(本学硤合憲三名誉教授がノーベル化学賞を受賞)
- [9]Wikipedia(Henri B. Kagan)