二重振り子とカオス〜決まっているのに予測できない運動
糸におもりを つ吊るした振り子は、次にどこへ行くか目で追えます。同じ振れ幅で、同じ周期で、いつまでも同じ動きを繰り返す。
そのおもりに、もう 本の糸でおもりを吊るします。とたんに追えなくなる。回ったり跳ねたり、 度と同じ動きをしません。
方程式は 本増えただけです。しかも書き下せる。決まっているのに読めない、という状態がここから始まります。
小さく振れば読める
振れ幅が小さいうちは、 を に置きかえられます[4]。この置きかえで、運動方程式が 次式になる。
次式なら解が重ね合わせられます。 つのおもりの動きは、 種類の単振動の足し算として書ける。
つ目は、 つのおもりが同じ向きに振れる型。もう つは、逆向きに振れる型です。周期はそれぞれ別の値になります。
どんな振り方をしても、この つの重ね合わせにしかなりません。初期条件を変えても、混ぜる割合が変わるだけ。
大きく振ると置きかえが効かなくなる
振れ幅を大きくすると、 と の差が無視できなくなります。方程式が 次でなくなり、重ね合わせが使えない。
本目の振り子が支点より上まで回り込むようになると、決定的に変わります。回るのか戻るのかが、ほんのわずかな差で分かれる。
大学の演示装置でも、線形化を切るかどうかで動きが変わることが示されています[3]。 の近似を入れたままなら、カオスは現れません。
近似を外した瞬間に出てくる。カオスは方程式の非線形性から来ています。
差は指数で育つ
つの二重振り子を、ほとんど同じ角度から離します。差が ラジアンだとしましょう。
しばらくは重なって見えます。やがて少しずれ、ずれが目に見えるようになり、最後はまったく別の動きになる[3]。
育ち方は足し算ではなく掛け算です。初めの差を として、時間とともに次のように広がります。
をリアプノフ指数といいます[1]。正なら差が広がり、負なら縮む。
例:指数の値を読む
強制振動する振り子で計算した例があります。駆動の強さを変えると、指数の符号が変わる[1]。
| 駆動の強さ | リアプノフ指数 | 運動 |
|---|---|---|
| 整った周期運動 | ||
| カオス |
正の側で、初期条件の差が 万分の だったとします。差が まで育つのにかかる時間は次のようになる。
秒で予測が意味を失います。 分半しか先が読めない。
精度を上げても稼げない
観測の精度を 倍に上げたとします。読める時間はどれだけ延びるか。
秒だけです。精度を 倍にしても、 分足らずしか稼げません。
指数で育つものに対しては、精度を上げても効果が対数でしか返ってきません。ここがカオスのいちばんきついところです。
線形な系では、初期条件の誤差は時間に比例してしか育ちません。精度を 倍にすれば、読める時間も 倍になる。
カオスでは なので、 倍の精度が ぶんの時間にしかならない。桁を稼いでも足し算でしか返らない。
カオスは乱数ではない
読めないからといって、でたらめに動いているわけではありません。方程式は完全に決まっていて、同じ初期条件を入れれば同じ運動が出ます[3]。
計算機で同じ数値を 回入れれば、まったく同じ軌跡を描く。乱数を使っていないのだから当然です。
読めない理由は、初期条件を無限の精度で書けないことにあります。測定にも計算にも桁の限りがあり、その限りが指数で拡大される。
同じ条件から始めても、次に何が出るか決まっていない
同じ条件から始めれば必ず同じ動きになる。条件を完全に書けないだけ
決定論的カオスと呼ばれるのは、この つを区別するためです。決まっていることと予測できることは、別の話だった。
見分ける道具
整った運動とカオスを分ける方法がいくつかあります[2]。
ポアンカレ断面は、運動を毎周期 回だけ記録する方法です。周期運動なら、記録される点が同じ場所に重なる。
カオスでは点が広がり、拡大しても細かい構造が出てきます。同じ形が入れ子になっている図形になる。
同じ話が別の場所にも出る
同じ性質は振り子だけのものではありません。気象、生物の個体数、流体の乱れなど、非線形の系に広く現れます[2]。
天気予報の当たる日数に限りがあるのも、この構造が理由です。計算機を速くしても、伸びる日数は対数でしか増えません。
太陽系の惑星の位置も、数千万年より先は同じ理由で計算できません。 体なら永久に書けたものが、 体以上では有限の未来までになる。
方程式が非線形になる
初期条件の差が指数で育つ
有限の精度では有限の未来しか読めない
確かめ方
手元で試すなら、同じ装置を 回、できるだけ同じ角度から離してみます。どこまで重なるかを見る。
数値計算なら、初期角度を か所だけ小数点以下で変えて 本走らせます。差の対数を時間に対して描くと、しばらく直線に乗る。その傾きがリアプノフ指数です[1]。
もう つ、 を に置きかえた式でも同じことをします。今度は差が広がりません[3]。
非線形を外すとカオスが消える。この対比が、原因がどこにあるかを直接示しています。
リアプノフ指数が の系で、測定精度を 倍に上げました。予測できる時間はどれだけ延びますか。
- 秒ほど
- 倍になる
- 変わらない
振り子を つ足す。それだけで、書き下せる方程式から書き下せない未来が出てきます。
















差の育ち方が eλt なので、100 倍の精度は ln100=4.6 を λ で割った時間にしかなりません。4.6/0.2=23 秒です。