微分方程式の解の存在と一意性|ピカールの定理を例題でわかりやすく解説
微分方程式を解こうとするとき、そもそも解が存在するのか、存在するとして何個あるのか、という問いは本質的に重要です。答えを知らないまま計算を進めると、実は解がなかったり、いくつもの解のうちどれを求めているのか分からなかったりします。この問いに答えるのがピカールの定理(Picard’s theorem)で、初期条件のもとで解が存在し、しかもただ一つに定まるための条件を与えます。定理の主張だけでなく、条件が成り立つ例と崩れる例、そして解を実際に組み立てる逐次近似の計算まで、手を動かして確かめていきます。
初期値問題
次のような問題を初期値問題といいます。
微分方程式に加えて、解のグラフが一点 を通るという条件を課しています。微分方程式だけなら任意定数を含む無数の解(一般解)がありますが、初期条件はそのうちの一本を選び出す役割を持ちます。たとえば の一般解は で、 という初期条件が を定め、解を に絞ります。ピカールの定理は、この「一本に絞れる」ことがいつ保証されるのかを述べた定理です。
ピカールの定理(リプシッツ条件版)
関数 が点 の近傍で連続であり、さらに について次のリプシッツ条件を満たすとします。
ここで は近傍で共通に取れる定数です。このとき初期値問題の解は、 のある近傍でただ一つ存在します。存在と一意性が同時に保証されるところが、この定理の要です。
を少し動かしたときの の変化が、 の変化の定数倍で抑えられるという条件です。 が について偏微分でき、 が有界なら、平均値の定理からこの条件が従います。
初期条件を与えれば解が一つに定まるとは、同じ出発点からは同じ未来しか生じないこと、すなわち決定論的な予測ができることを意味します。
リプシッツ条件を確かめる
定理を使うには、 がリプシッツ条件を満たすかどうかを見ればよいわけです。三つの で確かめます。
まず です。差を取ると次のようになります。
でリプシッツ条件が全平面で成り立つので、どんな初期条件からも解はただ一つに定まります。
次に です。 は を有界な範囲に限れば有界で、 なら です。 として近傍でリプシッツ条件が成り立つので、局所的には解がただ一つ存在します。ただし「局所的」がくせもので、この例はあとで有限の で解が発散します。
最後に です。 は で発散するため、 を含むどんな近傍でも を共通に取れません。リプシッツ条件は破れ、定理は使えません。次の節で見るように、実際に一意性が崩れます。
一意性が崩れるとき
リプシッツ条件が破れると、同じ初期条件からいくつもの解が出ることがあります。次の問題を考えます。
まず は明らかに解です。いっぽう も、 と が一致するので解になります。同じ初期条件 から、早くも二本の解が出ました。
さらに悪いことに、任意の に対して、 では 、 では とつないだ関数も、すべて解になります。 で値も傾きも になって滑らかにつながり、方程式を満たすからです。 を動かせば解は無数にあり、一意性は完全に失われます。原点でリプシッツ条件が破れるというただ一点が、これだけの非一意性を生みます。
同じことは でも起こります。
には と の二つの解があります。実際、 なら 、 で一致します。やはり で が発散し、リプシッツ条件が破れています。
存在は局所的にとどまる
リプシッツ条件を満たしていても、定理が約束するのは の近くでの存在だけです。解が遠くまで延びるとは限りません。
は変数分離で解けます。 を積分して 、初期条件から なので、解は次のようになります。
この解は で発散し、それ以上は延ばせません。 は各点の近傍ではリプシッツ条件を満たすのに、解そのものは有限の で吹き飛んでしまいます。だからこそピカールの定理は「近傍での存在」としか言えず、大域的な存在の保証には別の議論が要ります。
リプシッツ条件が分ける世界
ここまでの例は、リプシッツ条件を満たすかどうかで、はっきり二つの世界に分かれます。
初期条件ごとに解がただ一つ。少なくとも近くでは一意に定まる。 や が例。
同じ初期条件から複数の解が出うる。一意性の保証がない。 や が例。
ピカールの逐次近似法
定理の証明と、解を実際に作る手段を兼ねるのが逐次近似法です。まず初期値問題を積分の形に書き直します。両辺を から まで積分すると、微分方程式と初期条件がまとめて一つの積分方程式になります。
この右辺に近似解を入れて左辺の新しい近似を得る、という操作を繰り返します。初期近似を (定数)とし、
で次々に を作ると、リプシッツ条件のもとでこの列は真の解に収束します。抽象的に見えますが、実際に計算すると解が目の前で組み上がっていきます。
逐次近似で指数関数が現れる
もっとも見通しのよい例が , です。積分方程式は で、 から順に計算します。
一般に で、これは指数関数のテイラー展開の部分和です。 で真の解へ収束します。
逐次近似の各段階が、答えの級数を一項ずつ書き足していく様子がはっきり見えます。
逐次近似のほかの計算例
別の方程式でも同じことが起こります。, では、積分方程式が です。
これは の部分和で、真の解 に収束します。
, も試します。積分方程式は です。
これは の部分和で、真の解 に収束します。変数分離で解いても が得られ、二つの方法が一致します。
存在区間を見積もる
定理は「近傍で存在」と述べますが、その近傍の広さも見積もれます。 が箱 の上で と抑えられるとき、解は少なくとも次の範囲で存在します。
解の傾きが を超えないので、箱の上下の壁に達する前に進める幅が に制限される、というのが の意味です。具体例として , を、箱 , で考えます。この箱では なので 、 です。したがって
となり、解は少なくとも で存在します。箱を取り替えれば の値も変わるので、最良の見積もりを探すのは一つの練習問題になります。
例のまとめ
ここまでの方程式を、リプシッツ条件と解の様子で整理します。
| 方程式 | リプシッツ | 解の様子 |
|---|---|---|
| dy/dx = x + y | 満たす | 一意(大域的) |
| dy/dx = y | 満たす | 一意(解は e^x) |
| dy/dx = y^2 | 局所的に満たす | 一意だが x=1 で発散 |
| dy/dx = 3y^(2/3) | 満たさない | 無数の解 |
| dy/dx = √y | 満たさない | y=0 と x^2/4 |
実用上の意味
多くの物理や工学の問題では、 は十分に滑らかで も有界なので、ピカールの定理の条件が自然に満たされます。だから初期条件さえ与えれば解がただ一つに定まるという安心のもとで、数値計算や理論を進められます。逐次近似法はその数値計算の素朴な原型でもあり、オイラー法やルンゲ・クッタ法といった実際の解法へとつながります。いっぽう が滑らかでない点、たとえば のような特異な振る舞いの近くでは、一意性そのものが崩れうるので注意が要ります。解の存在と一意性を最初に確かめておくことは、微分方程式を扱ううえでの土台になります。










