つまんだ弦は半分ずつに割れて走る(波動方程式とダランベールの公式)
弦を 1 点だけつまんで放すと、山は動かずにその場で沈むのではなく、半分ずつに割れて左右へ走る。
高さがちょうど半分になり、速さ で反対向きに離れていく。この形は方程式そのものから出てくる[1]。
弦から方程式を作る
線密度 の弦が張力 で張られているとする。位置 の変位を と書く。
長さ の微小部分に働く縦向きの力は、両端の張力の縦成分の差である。
傾きが小さければ としてよい。差は の増分だから、 で割れば偏微分になる。
書き直すと波動方程式になる。
速さは張力の平方根に比例し、密度の平方根に反比例する[4]。ギターの弦を強く張ると音が高くなり、太い弦ほど低い音が出るのはこのためである。
と置いた瞬間に、大きく揺れる弦は扱えなくなる。
方程式が線形なのは、この近似のおかげである。振幅が大きいと非線形の項が効いてくる。
2 つの 1 階に分かれる
演算子として書くと、この方程式は因数分解できる。
展開すると交差項が で打ち消し、確かにもとに戻る。
の解は である。形を変えずに右へ進む波。 なら左へ進む。
2 階の方程式が、この 2 種類の重ね合わせになる。
特性座標で解く
、 と置く。連鎖律で微分を書き直す。
2 乗して引き算すると、方程式は 1 行になる[1]。
は、 で微分して で微分すると 、という意味。 だけの関数と だけの関数の和しかない。
と が一定になる直線を特性線と呼ぶ。情報はこの直線に沿って運ばれる。
ダランベールの公式
初期条件 、 から と を決める。
を入れると 。時間で微分してから を入れると次が出る。
2 本を足し引きして と を求め、 を に置き換えて足す。
これがダランベールの公式である[2]。1 次元では、級数を使わずに答えが閉じた形で書ける。
依存領域と影響領域
公式に現れるのは、区間 の初期値だけ。この区間を依存領域と呼ぶ[2]。
逆に、 にあった初期値が影響を与えるのは の範囲に限られる。時空図では円錐になる。

外側の初期値は、どんなに大きくても届かない。速さ が上限として効いている[2]。
エネルギーが保存される
次の量を考える。運動エネルギーと位置エネルギーの和にあたる。
時間で微分する。
第 2 項を部分積分する。 と見て 側を微分に回す。
両端を固定すれば なので、境界項が消える。
括弧の中が方程式そのもので 。エネルギーは動かない。
一意性の証明
同じ初期条件と境界条件をもつ解が 2 つあったとして、差を と置く。
は波動方程式を満たし、初期変位も初期速度も 。したがって である。
エネルギーが保存されるので 。積分される中身は 2 乗の和なので、 かつ が必要になる。
は定数で、初期値が だから 。2 つの解は一致する。
エネルギーを定義する
微分して部分積分する
方程式が中身を 0 にする
差の解が消えて一意性が出る
例:つまんで放す
弦の中央をつまんで三角の形にし、初速なしで放す。 が三角、 である。
公式の第 2 項が消えて、。高さ半分の三角が 2 つ、左右へ走る。
角のある形が、角のまま進む点に注意したい。熱の場合は角がすぐならされるが、波では残る。
例:たたく
こんどは形を平らなままにして、狭い範囲に初速だけ与える。、 が局所的である。
が の台をすっかり覆うと、積分は全体の値 で止まる。
波が通り過ぎたあと、弦は元の位置に戻らない。 だけ持ち上がったまま残る。
つまんだ場合と、たたいた場合で、あとに残るものが違う。ピアノとギターの音の違いが、この差から始まる。
端で跳ね返る
長さ の弦で両端を固定する。 を保つには、初期形を奇関数として折り返して延長すればよい[1]。
と決めておくと、公式の は で自動的に になる。
反射のとき符号が反転するのは、この奇拡張の帰結である。上向きの山が、下向きの谷になって戻ってくる。
定在波と倍音
両端固定の弦を変数分離で解くと、飛び飛びの振動だけが残る。
番目の振動数は である。基本音の整数倍がきれいに並ぶ。
弦の長さを半分にすると振動数は 2 倍、つまり 1 オクターブ上がる。フレットの位置がこの式で決まる。
倍音が整数倍になるのは、固有値が という 2 乗の形で、時間側に平方根で入るからである。太鼓の膜では固有値がベッセル関数の零点で決まり、整数倍にならない。音程を感じにくいのはそのためである。
熱の伝わり方との違い
時間を逆に回しても形が変わらない。エネルギーは減らず、角のある形は角のまま進む
時間の向きが決まっている。高い振動数から消え、どんな初期形もすぐ滑らかになる
同じ 2 階の偏微分方程式でも、時間の微分が 1 階か 2 階かでここまで分かれる。
次元で変わる伝わり方
3 次元の波動方程式では、点で起きた乱れは球面として広がり、通り過ぎたあとには何も残らない。キルヒホッフの公式が球面上の平均だけを含むためである。
2 次元では違う。水面に石を落とすと、最初の波が届いたあとも波紋が長く続く。
奇数次元でだけ、鋭い信号が鋭いまま届く。これをホイヘンスの原理と呼ぶ[3]。偶数次元では信号が尾を引き、輪郭がぼやける。

3 次元で暮らしているおかげで、音は残響なく届く。もし空間が 2 次元なら、話し声はいつまでも尾を引いて言葉が重なる。
検算のしかた
ダランベールの公式を出したら、まず を入れる。第 1 項が になり、第 2 項は積分区間が 1 点につぶれて になる。
次に で微分して を入れる。第 1 項は 、第 2 項は微積分の基本定理から になる。
初期条件が 2 本とも再現できれば、係数の と を書きまちがえていない。
長さ の弦を張り替えて張力を 倍にすると、基本音の振動数はどうなりますか。
- 倍になる
- 倍になる
- になる
因数分解して 2 本の 1 階に分け、特性線に沿って情報を運ぶ。波動方程式の性質は、ほとんどがこの見方から出てくる。










f1=2L1T/ρ なので、張力は平方根で効きます。4 倍なら振動数は 2 倍で、1 オクターブ上がります。線密度を 4 倍にすると逆に半分になります。