数体と整数環|二次体・ガウス整数・一意分解の解説
と の関係を、そっくりそのまま大きな体の上で作り直す。それが代数的整数論の出発点です。有理数体 を拡大した体を数体と呼び、その中で「整数」の役割を担う環を整数環と呼びます。ふつうの整数 で素因数分解や合同式を考えたように、数体の整数環でも同じ算術を展開したい。ところが舞台を広げたとたん、素因数分解が一通りに定まらなくなったり、単数が無限に増えたりと、 では起こらなかった現象が次々に現れます。その豊かさこそが、フェルマーの問題や平方和の理論を動かしてきた原動力です。まずは主役の二つ、数体と整数環を、たくさんの例で具体的につかんでいきましょう。
代数的整数とは何か
整数環を語る前に、その材料となる代数的整数をはっきりさせておきます。複素数 が代数的整数であるとは、最高次の係数が の整数係数多項式、すなわちモニックな多項式の根になることをいいます。
「モニック」がすべての鍵です。たとえば は の根で、係数は整数、最高次は 。だから代数的整数です。虚数単位 も の根なので代数的整数になります。黄金比 は の根ですから、分数の顔をしていながら立派な代数的整数です。 の原始 乗根 も の根で、やはり代数的整数の仲間に入ります。
いっぽう は代数的整数ではありません。満たす方程式は で、モニックにしようと と書き直すと、係数が整数でなくなってしまいます。有理数のなかで代数的整数になるのは、ちょうど通常の整数 だけだと知られています。この意味で、代数的整数は の正しい一般化なのです。
整数係数多項式(モニックでなくてよい)の根です。 や も含み、全体は体をなします。有理数体 の一般化にあたります。
モニックな整数係数多項式の根です。、、 などが該当し、全体は環をなします。整数環 の一般化にあたります。
代数的数のなかで、ちょうど「分母を持たない」ものが代数的整数だ、と思うと感覚が近くなります。 に対する の位置を、そのまま大きな世界へ引き上げた概念というわけです。
数体: の有限次拡大
数体とは、有理数体 の有限次拡大のことです。つまり を含む体 であって、 上のベクトル空間として有限次元のものを指します。この次元を の次数と呼び、 と書きます。
数体は、たった一つの数を に付け加えるだけで作れます。原始元定理により、どんな数体も の形、すなわちある一つの代数的数 で生成されるからです。次数は、その が満たす最小のモニック多項式(最小多項式)の次数にちょうど一致します。
例で確かめましょう。 は と で張られ、 が基底なので次数 です。 は が の根で、基底 をもつ次数 の体になります。二つの平方根を合わせた は、 を基底とする次数 の体で、しかも とちょうど一致します。たった一つの数 が、 と の両方を生み出しているわけです。
数体の例を並べる
もっとも身近な数体は、二次体です。平方因子をもたない整数 ()に対し、 は次数 の数体になります。 の符号で二つに分かれます。
の場合です。 が実数なので、 は実数体に含まれます。例は 、、 などです。
の場合です。 が純虚数になります。例は 、、 などです。
次数を上げると、例はさらに広がります。三次体の代表は で、実数の立方根を一つ含みます。次数 を系統的に生み出すのが円分体です。 の原始 乗根 を付け加えた は、オイラー関数 を次数にもちます。
円分体は、次数と構造がオイラー関数だけできれいに読める点で、代数的整数論の格好の実験場になっています。 が虚二次体と一致するように、見かけの違う数体が裏でつながっていることも珍しくありません。
整数環
数体 が決まると、そのなかの代数的整数を集めて整数環ができます。 の元のうち代数的整数であるものの全体を の整数環と呼び、 と書きます。
代数的整数どうしの和と積がまた代数的整数になるので、 は環をなします。そして はその商体、すなわち の元の分数全体としてちょうど復元されます。 と の関係が、そのまま と に持ち上がっているわけです。実際 のときは に戻ります。問題は、この が具体的にどんな環になるか。もっとも見晴らしのよい例から見ていきます。
ガウス整数環 を見る
虚二次体 の整数環は、ガウス整数環 です。複素平面に置くと、格子点がそのまま整数の集まりになります。
<div class="glat">
<svg viewBox="0 0 320 300" xmlns="http://www.w3.org/2000/svg" role="img" aria-label="ガウス整数 Z[i] の正方格子と単数">
<rect x="0" y="0" width="320" height="300" rx="10" fill="#fafbfc"/>
<line x1="40" y1="150" x2="280" y2="150" stroke="#c7ccd2" stroke-width="1"/>
<line x1="160" y1="40" x2="160" y2="270" stroke="#c7ccd2" stroke-width="1"/>
<circle cx="160" cy="150" r="48" fill="none" stroke="#cfd6de" stroke-width="1" stroke-dasharray="3 3"/>
<g fill="#aeb4bc">
<circle cx="64" cy="54" r="2.5"/><circle cx="112" cy="54" r="2.5"/><circle cx="160" cy="54" r="2.5"/><circle cx="208" cy="54" r="2.5"/><circle cx="256" cy="54" r="2.5"/>
<circle cx="64" cy="102" r="2.5"/><circle cx="112" cy="102" r="2.5"/><circle cx="208" cy="102" r="2.5"/><circle cx="256" cy="102" r="2.5"/>
<circle cx="64" cy="150" r="2.5"/><circle cx="256" cy="150" r="2.5"/>
<circle cx="64" cy="198" r="2.5"/><circle cx="112" cy="198" r="2.5"/><circle cx="208" cy="198" r="2.5"/><circle cx="256" cy="198" r="2.5"/>
<circle cx="64" cy="246" r="2.5"/><circle cx="112" cy="246" r="2.5"/><circle cx="160" cy="246" r="2.5"/><circle cx="208" cy="246" r="2.5"/><circle cx="256" cy="246" r="2.5"/>
</g>
<g fill="#3468d6">
<circle cx="208" cy="150" r="4"/><circle cx="112" cy="150" r="4"/><circle cx="160" cy="102" r="4"/><circle cx="160" cy="198" r="4"/>
</g>
<circle cx="160" cy="150" r="3.5" fill="#33373d"/>
<g font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="12.5" fill="#1b1d22" stroke="#fafbfc" stroke-width="3" paint-order="stroke" text-anchor="middle">
<text x="150" y="168">0</text>
<text x="216" y="154">1</text>
<text x="104" y="154">−1</text>
<text x="174" y="106">i</text>
<text x="176" y="202">−i</text>
</g>
<text x="160" y="288" font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="11.5" fill="#5b6169" text-anchor="middle">ガウス整数 Z[i] = a + bi(a, b ∈ Z)の格子</text>
</svg>
</div>.glat { margin: 0; text-align: center; }
.glat svg { width: 100%; max-width: 320px; height: auto; }この環の算術を測る道具が、ノルムです。 に対し と定めると、ノルムは積を保ち()、非負の整数値をとります。ノルムが の元がちょうど単数(可逆元)で、 では の 個だけです。図で原点を囲む単位円上に並ぶ 点が、それにあたります。
ガウス整数のおもしろさは、ふつうの素数が分解してしまうところにあります。たとえば と二つに分かれ、 のように の二乗が顔を出します。どの素数が分解するかは、 で割った余りできれいに決まります。奇素数 は、 なら と分裂し、 なら分解せず でも素のまま残ります。例外の だけが、 という重複を伴って分岐します。
これはフェルマーの二平方定理、すなわち「 の素数はちょうど二つの平方数の和で書ける」という古典的事実の言い換えにほかなりません。 が に、 が に対応します。 の素因数分解を調べることが、そのまま整数の平方和の理論になっているのです。
では足りない: の場合
ガウス整数のように とだけ書ければ簡単ですが、いつもそうとは限りません。 が、その反例です。
素朴に考えれば整数環は になりそうですが、じつはもっと大きい。黄金比 を調べてみましょう。 の両辺を二乗すると となり、展開して整理すると次の式が出ます。
モニックな整数係数多項式の根ですから、 は代数的整数、つまり の元です。ところが は には入っていません。分母の が邪魔をするからです。したがって は より真に大きく、正しくは となります。
分かれ目は を で割った余りです。 が満たす方程式は で、定数項 が整数になるのは のときだけ。このときに限って が代数的整数となり、整数環がひと回り大きくなります。試しに を見ると、 は なので が整数でなく、これは代数的整数ではありません。だから の整数環は、素直に のままです。
二次体の整数環:完全な分類
以上を一般化すると、二次体の整数環は の を法とする余りだけで完全に決まります。
後者では が の根で、 のとき が整数になり、確かにモニックな整数係数多項式の根になっています。具体的に並べると、感触がつかめます。
の や では、 という半端に見える数が整数環に加わります。 の整数環がアイゼンシュタイン整数 と一致するのは、その典型です。素朴な で止まってしまうと、この拡がりを取りこぼしてしまいます。
整数基底と判別式
は、 加群として自由で、その階数はちょうど次数 に等しくなります。つまり には 基底(整数基底) があり、すべての整数がその整数係数の一次結合として一意に書けます。二次体なら基底は 個で、 では 、 では 、 では が整数基底になります。
整数基底から定まる大切な不変量が、判別式 です。二次体では、やはり を で割った余りで二通りに分かれます。 のとき判別式は に等しく、 のとき に等しくなります。たとえば の判別式は 、 は 、 は です。
判別式は、どの素数がその数体で分岐するか(重複して割れるか)を言い当てます。 の判別式 は素因数として だけを含み、実際 で分岐した素数は だけでした。判別式は、数体の「素性」を一つの整数に凝縮した指標なのです。
一意分解の破れとイデアル
整数環をわざわざ考える最大の動機が、じつはここにあります。 では素因数分解が順序を除いて一通りに決まりましたが、 では、それが崩れることがあるのです。有名な舞台が で、 を二通りに分解できてしまいます。
この四つの因子 は、どれも のなかでこれ以上分解できない既約元です。確かめるにはノルム を使います。、、 です。もし が分解すればノルムが の元が要りますが、 に整数解はありません。同じく も解けないので も既約です。こうして は本質的に異なる二通りの既約分解をもち、一意性が破れます。
この困難を救ったのが、クンマーとデデキントのイデアルという発想でした。元そのものではなく、元が生成するイデアルを分解の単位に選び直すと、一意性がよみがえります。 でも、素イデアル 、、 を使えば、 の生成するイデアルは次の一通りに分解します。
二通りに見えた元の分解は、イデアルの世界では同じ一つの分解へと溶け合います。この「素イデアルへの一意分解」がすべての で成り立つ(デデキント環になる)ことこそ、整数環という枠組みを支える屋台骨です。分解がどれだけ一意性から外れているかを測る量は類数と呼ばれ、 の類数は 、いっぽう や の類数は で、こちらは元のレベルでも一意分解が成り立ちます。
単数とペル方程式
分解のもう一方の当事者が、単数、すなわち可逆元です。単数のふるまいは、実二次体と虚二次体でまるで違います。虚二次体では単数は有限個しかありません。 なら の 個、(アイゼンシュタイン整数)なら 個で、これらは複素平面で原点を囲む正多角形の頂点にきれいに並びます。
<div class="elat">
<svg viewBox="0 0 340 300" xmlns="http://www.w3.org/2000/svg" role="img" aria-label="アイゼンシュタイン整数 Z[ζ3] の六角格子と 6 個の単数">
<rect x="0" y="0" width="340" height="300" rx="10" fill="#fafbfc"/>
<polygon points="208,150 184,108 136,108 112,150 136,192 184,192" fill="none" stroke="#cfd6de" stroke-width="1" stroke-dasharray="3 3"/>
<g fill="#aeb4bc">
<circle cx="112" cy="233" r="2.5"/><circle cx="160" cy="233" r="2.5"/><circle cx="208" cy="233" r="2.5"/><circle cx="256" cy="233" r="2.5"/><circle cx="304" cy="233" r="2.5"/>
<circle cx="88" cy="192" r="2.5"/><circle cx="232" cy="192" r="2.5"/><circle cx="280" cy="192" r="2.5"/>
<circle cx="64" cy="150" r="2.5"/><circle cx="256" cy="150" r="2.5"/>
<circle cx="40" cy="108" r="2.5"/><circle cx="88" cy="108" r="2.5"/><circle cx="232" cy="108" r="2.5"/>
<circle cx="16" cy="67" r="2.5"/><circle cx="64" cy="67" r="2.5"/><circle cx="112" cy="67" r="2.5"/><circle cx="160" cy="67" r="2.5"/><circle cx="208" cy="67" r="2.5"/>
</g>
<g fill="#3468d6">
<circle cx="208" cy="150" r="4"/><circle cx="112" cy="150" r="4"/><circle cx="136" cy="108" r="4"/><circle cx="184" cy="108" r="4"/><circle cx="136" cy="192" r="4"/><circle cx="184" cy="192" r="4"/>
</g>
<circle cx="160" cy="150" r="3.5" fill="#33373d"/>
<g font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="12.5" fill="#1b1d22" stroke="#fafbfc" stroke-width="3" paint-order="stroke" text-anchor="middle">
<text x="151" y="168">0</text>
<text x="216" y="154">1</text>
<text x="100" y="154">−1</text>
<text x="126" y="102">ζ₃</text>
</g>
<text x="170" y="288" font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="11.5" fill="#5b6169" text-anchor="middle">アイゼンシュタイン整数 Z[ζ₃] = a + bζ₃ の格子・単数 6 個</text>
</svg>
</div>.elat { margin: 0; text-align: center; }
.elat svg { width: 100%; max-width: 340px; height: auto; }ところが実二次体に移ると、単数は一気に無限個へと膨れ上がります。 を見ると、 が単数です。実際 なので逆元をもちます。しかもそのべき がすべて相異なる単数になり、無限に続きます。この を基本単数と呼びます。
背後にいるのは、有名なペル方程式です。 が単数であることは、ノルム が になること、すなわち次の方程式の整数解であることと同じです。
が に、 が に対応し、解が無限に連なります。単数が有限か無限かをぴたりと言い当てるのがディリクレの単数定理で、実二次体では階数 (基本単数一つのべきで尽くせる)、虚二次体では階数 (有限個)だと告げます。数体の形が、単数の個数まで決めているのです。
理解の確認
の整数環 は、次のうちどれでしょうか。
- ちょうど
- で、 より真に大きい
- 全体
から数体へ
のなかで培った算術は、数体の整数環という広い舞台で、いっそう豊かな姿を現します。素数は分裂したり分岐したりして振る舞いを変え、単数は無限に増え、素因数分解の一意性はイデアルの言葉で回復される。そのずれ具合を測る類数や、単数の構造こそが、代数的整数論の中心的な主題です。ガウスが二次形式のなかに見抜き、クンマーがフェルマー予想への挑戦の途上でイデアルを生み、いまや類体論や岩澤理論へと伸びていく大樹の、その根もとにあるのが数体と整数環でした。 にたった一つ数を付け加える。そこから始まる算術の作り直しが、この分野のすべての出発点になります。









d=5 は 5≡1(mod4) なので、ω=21+5 が x2−x−1=0 の根として代数的整数になります。したがって OK=Z[21+5] で、Z[5] を真に含みます。d≡1(mod4) の二次体では整数環が素朴な Z[d] よりひと回り大きくなる、という典型例です。