素数定理の算術級数版|代数的整数論
ディリクレの算術級数定理は「 ならば を満たす素数が無限に存在する」という定性的な主張であった。しかし自然な疑問として、そのような素数がどれくらいの密度で現れるのかという定量的な問題が浮かび上がる。素数定理の算術級数版はこの問いに対する回答であり、各剰余類に素数が「等分配」されることを精密に述べたものである。
素数定理の復習
まず通常の素数定理を確認しておく。素数計数関数 に対して
が成り立つ。より精密には対数積分 を用いて と書ける。この定理の証明の核心は、リーマンゼータ関数 が 上で零点を持たないことにある。
算術級数版の主張
と に対して、 を満たす素数の計数関数を
と定める。素数定理の算術級数版は次の漸近公式を主張する。
ここで はオイラーのトーシェント関数であり、 の位数に等しい。この公式は、 を法とする各剰余類に素数がほぼ均等に分配されることを意味している。法 の場合、 だから の素数と の素数は漸近的に同数存在する。
各剰余類に素数が無限に存在する。 の証明が本質。1837 年。
各剰余類の素数密度が に収束する。 の 上での非消滅が本質。
証明の骨格
証明はチェビシェフ関数
の漸近評価に帰着する。ここで はフォン・マンゴルト関数であり、 のとき 、それ以外で をとる。 が成り立つので、示すべきは
である。指標の直交関係を用いると
と分解できる。ここで は指標 で重み付けしたチェビシェフ関数である。
(主指標)のとき、 が通常の素数定理から従う。これが主項 を与える。
のとき、 を示す必要がある。これは が 上で零点を持たないことと同値である。
つまり証明の核心は、すべての非自明指標 に対して が で消えないことの証明に帰着する。 では絶対収束するオイラー積から は明らかだから、問題は境界線 上である。
零不在領域
が で消えないことの証明は、 の型によって異なる。
以外の 上の点については、 の場合と本質的に同じ議論が使える。鍵となるのは不等式
であり、これは という三角関数の恒等式に由来する。 で が高々 位の極を持ち、もし ならば左辺が に発散して矛盾が生じる、というのが論法の骨子である。
での非消滅は別の議論を要する。複素指標()の場合は ( はある円分体の部分体)と書けることから、左辺が で極を持つ以上、各因子が零を持つことはないと結論できる。実指標の場合は類数公式 から従う。
このように、算術級数中の素数の等分配を示すという解析的数論の問題が、最終的には類数の正値性という代数的整数論の結果に帰着する。
二次体の類数が正であること、すなわちイデアル類群が自明でないか否かに関わらず であることが、解析的数論の基本定理を支えている。
誤差項と零点分布
漸近公式 の誤差項の大きさは、 の零点の位置に直接依存する。明示公式(explicit formula)によれば
と表される。ここで は のとき 、それ以外で であり、 は の非自明零点を渡る。各零点 の寄与は で評価されるから、零点の実部 が から離れているほど誤差項は小さくなる。
すべての非自明零点が 上にあるとする予想。成立すれば という最良の誤差評価が得られる。
零不在領域 から、 程度の誤差が示せる。
ジーゲルの定理と例外的零点
零不在領域を論じる際に厄介な存在が ジーゲル零点(Siegel zero)の可能性である。実原始指標 に対して、 が のごく近くに実零点 を持つかもしれないという問題は、未だに完全には解決されていない。
ジーゲルの定理は、任意の に対して (十分大きい に対して)を主張するが、この下界の定数は非実効的である。すなわち定数の具体的な値を計算できない。この非実効性のため、素数定理の算術級数版の誤差項を について一様に制御する問題には、いまだ本質的な困難が残されている。
| 結果 | 内容 |
| ディリクレの定理 | |
| 素数定理の算術級数版 | |
| シェルマン–ヴァルフィッシュ型 | なら一様に成立 |
| ボンビエリ–ヴィノグラドフ | 平均的に まで成立 |
代数的整数論との交差
素数定理の算術級数版は、表面的には解析的数論の定理だが、その証明の随所で代数的整数論の道具が登場する。 の証明における類数公式の利用はその最たる例であり、デデキントゼータ関数の因数分解 が証明の根幹を支えている。
逆方向の応用もある。素数の等分配定理を用いれば、数体における素イデアルの分布に関する結果が導ける。たとえば円分体 において、有理素数 の分解型はまさに によって決まるから、算術級数中の素数の等分配は各分解型の素数が等密度で存在することを意味する。チェボタレフの密度定理はこの観察を一般のガロワ拡大に拡張したものであり、素数定理の算術級数版はその特殊ケースと位置づけられる。
解析と代数の相互作用がこれほど鮮やかに現れる定理は珍しく、代数的整数論を学ぶ上でこの定理の背景を理解しておく価値は大きい。