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「素因数分解が 2 通り」より深刻な話、最大公約数がそもそも存在しない

を満たす整数を、 の中だけで探すと総当たりになります。ところが を足した環まで出ると、左辺が と分かれ、解が 組しかないことまで示せる。

広げれば解ける。ただし広げた先では、 で当たり前だった性質がいくつも落ちます。何を得て何を失うのかを、具体的な計算で見ていきます。

広げると解ける例

はユークリッド整域で、一意分解が成り立ちます。単元は つだけ。

まず が奇数であることを見ます。 が偶数なら ですが、 が偶数なら の倍数、奇数なら も奇数。どちらも になりません。

次に が互いに素であることを見ます。共通の素因子は差 を割るので の同伴に限られる。ところが なら となり、ノルムをとって が奇数だったので、これは起こりません。

互いに素な 数の積が立方数で、単元がすべて立方数なので、それぞれが立方数になります。

の係数を比べると です。 なら なら となって整数解なし。

なので より です。 組しかない。

総当たりでは「見つかった」で終わりますが、この議論はほかにないところまで示しています。

一意分解が効いている。積が立方数なら各因子も立方数、という一歩がその心臓部。

単数が無限に増える

の可逆元は しかありません。 では が可逆で、 が成り立ちます。

この元のべきが無限に並ぶ。そしてそれが、そのままペル方程式 の解の一覧になります[3]

が最小の解 を与え、以降は 乗するたびに次の解が出ます[3] と続く。

無限に解があることも、その全部が つの元のべきで書けることも、 の中を見ているだけでは出てきません。単数が増えたぶんの利益です。

失うもの

に移ると景色が変わります。 の分解が 通りある。

ノルム で確かめます。 の値は と並び、 も現れない。だから の元がなく、 はどれも既約です。

分けるには の元が要る。ない
分けるには の元が要る。ない
分けるには の元が要る。ない
同じ理由で既約

分解が 通りある、という言い方だと「たまたま」に聞こえます。もっと決定的な壊れ方があります。

最大公約数が存在しない

をとります。この 数には最大公約数がありません。存在しないことを示せる[2]

は、どちらも両方を割ります。 で、 だからです。

最大公約数 があったとします。 を割るので を割るので 。よって です。

いっぽう の両方で割り切れる必要があるので、 かつ 。合わせると となり、 に決まります。

ところが は解けません。 なら なら なら左辺が 以上。 の元がないので、 は存在しない。

一意分解が成り立つ環では、任意の 元に最大公約数があります[2]。対偶をとれば、最大公約数のない組があるだけで一意分解は否定される。

通りの分解は現象で、公約数の欠落が原因です。 の互除法もベズーの等式も、この時点で使えなくなっています。

既約と素がずれる

崩れた場所をもう一段しぼると、 つの言葉の食い違いに行き着きます。

既約元

自明でない積に書けない元。 はこれを満たす

素元

なら はこれを満たさない

を割ります。しかし も環の元ではない。既約なのに素でない元が、ここに立っています。

ではこの つが一致するので、区別する場面がありませんでした。広げたことで初めて分かれた。

理想数という迂回

クンマーは円分体 の整数環 でこの破綻に出会い、1847 年と 1851 年の論文で理想数を導入します[1]。実際の元としては環にないが、割り切るかどうかだけは判定できる仮想の因子です。

うまい仕掛けは、割り切る回数の決め方でした。素数 を割る理想数を、 上で因数分解したときの既約因子と 1 対 1 に対応させる[1]。多項式の因数分解に翻訳してしまえば、存在しない数でも計算ができる。

デデキントはこれを集合に置き換えます。理想数で割り切れる元をすべて集めた部分集合を、その理想数の代わりに使う[1]。さきほどの なら、公約数の集まりとして が現れ、これが失われていた因子の正体です。

の最大公約数が存在しない理由はどれですか。

  • 公約数が つも存在しないから
  • 公約数はあるが、ノルム の元がないから
  • ノルムが乗法的でないから
__RESULT__

という公約数はあります。最大公約数があるとすればノルムは に決まりますが、 に整数解がないため、そのような元は環に存在しません。

得たものは解ける方程式の広さ、失ったものは割り算の道具立て。この収支を合わせるために、数の代わりに集合を因子として扱う道が選ばれました。

出典

Ideal number - Encyclopedia of Mathematics
Factorial ring - Encyclopedia of Mathematics
Pell equation - Encyclopedia of Mathematics
$\mathbb{Z}[\sqrt{-2}]$ まで出れば $x^2 + 2 = y^3$ は $(x+\sqrt{-2})(x-\sqrt{-2})$ と分かれ、解が $(\pm 5, 3)$ の 2 組しかないと示せます。$\mathbb{Z}[\sqrt{2}]$ なら単数 $1+\sqrt{2}$ のべきがペル方程式の解を全部並べる。得るものは大きい。いっぽう $\mathbb{Z}[\sqrt{-5}]$ では $6$ と $2+2\sqrt{-5}$ に最大公約数がありません。公約数は $2$ と $1+\sqrt{-5}$ の 2 つあるのに、ノルムが $12$ の元がないため決まらない。既約と素がずれる場所、クンマーが理想数で迂回した手順まで。