大内宿

江戸時代に会津若松と日光今市を結んだ会津西街道の宿場町。長さ約 450m の旧街道の両側に、茅葺き屋根の民家が並ぶ。重要伝統的建造物群保存地区。

大内宿は福島県下郷町の山あいにあり、江戸時代に会津若松と日光今市を結んだ会津西街道(下野街道)の宿場町です。1643 年ごろに宿場として開かれ、本陣と脇本陣が置かれて、会津藩の参勤交代にも使われました。1680 年に参勤交代がほかの街道へ移ってからは、農業を営みながら宿場も務める半農半宿の村だったと考えられています。

明治時代に街道が東の大川沿いへ付け替えられ、鉄道の開通で会津と関東の行き来も別の道筋へ移ると、大内宿は宿場としての役目を終えました。1970 年代には茅葺き屋根をトタン屋根に替える家も出ましたが、1981 年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれました。宿場町としては妻籠宿と奈良井宿に続く 3 番目の選定です。長さ約 450m の旧街道の両側に茅葺き屋根の民家が並び、住民は民家を店と住まいを兼ねて使っています。

選定の年に住民は「大内宿を守る住民憲章」を定め、「売らない・貸さない・壊さない」を三つの原則にしています。屋根はススキで葺かれ、茅手(かやで)と呼ばれる職人を中心に、住民が協力して葺き替えています。茅葺き屋根は火に弱いため、毎年 9 月 1 日には各家から一斉に水を放つ訓練が行われます。