吉野ヶ里遺跡
佐賀県の神埼市と吉野ヶ里町にまたがる、弥生時代の大規模な環濠集落の跡。約 40ha の集落を二重の環濠が囲み、物見櫓や大型の建物が建っていた。国の特別史跡で、吉野ヶ里歴史公園に 98 棟の建物が復元されている。
吉野ヶ里遺跡は佐賀県の神埼市と吉野ヶ里町にまたがる、弥生時代の大規模な環濠集落の跡です。脊振山地の南のふもとから平野へのびる段丘の上にあり、弥生時代のおよそ 700 年の移り変わりと、「クニ」の中心となった集落の姿を知ることができます。国の特別史跡に指定され、有柄銅剣やガラス製の管玉などの出土品は国の重要文化財です。
丘陵の南端の周りでは紀元前 8 世紀ごろに集落が営まれ始め、紀元前 3 世紀ごろには丘陵の南部に環濠集落ができました。紀元 1 世紀ごろに外側の環濠が掘られ始めて大規模な環濠集落となり、2 世紀ごろには内側の環濠に囲まれた南内郭と物見櫓が、のちに北内郭と大型の建物がつくられました。V 字形に深く掘られた外側の環濠は総延長約 2.5km で、壕の内外には木柵や土塁、逆茂木がめぐらされていました。古墳時代に入ると集落はほぼ消え、丘陵の上は墓地になりました。
1980 年代、佐賀県はこの丘陵に工業団地を計画し、事前の調査を始めました。1986 年からの本格的な発掘調査で遺跡が広い範囲に及ぶことがわかり、1989 年に大規模な環濠集落の発見が大きく報じられると、全国から大勢の見学者が訪れました。県は遺跡と重なる地域の開発を取りやめ、遺跡は 1990 年 5 月 19 日に国の史跡、1991 年 5 月 28 日に特別史跡に指定されました。南北約 1km、東西約 600m、約 40ha に及ぶ集落の規模と、弥生時代の前期から後期にかけての集落と墓の移り変わりが明らかになったことが、特別史跡となった理由です。
1992 年に国営の歴史公園として整備することが閣議で決まり、2001 年に吉野ヶ里歴史公園が開園しました。遺構は盛り土をして守り、その上に環濠や竪穴建物、高床建物、物見櫓、高床倉庫などを復元しています。公園では 98 棟の弥生時代の建物が復元され、当時の暮らしの風景が再現されています。