複素対数は値が無限にある〜分枝と分枝切断、リーマン面の考え方
を満たす を、 の対数と呼びます。ところが、この は 1 つに決まりません。
指数関数が の周期を持つためです。 が答えなら も答えになり、解は無限に並ぶ。
実部は だけで決まるので迷いません。ずれるのは虚部、つまり偏角のほうだけ。
には対数がありません[1]。 は決して にならないので、解が存在しない。
主値
無限に並ぶ値のうち、1 つを標準として選びます。偏角を に制限したもの。
大文字で書く習わしです。 は主値偏角と呼びます。
正の実数では、実の対数と一致します。 が になるため。
例:いくつか計算する
を出します。絶対値は で 、主値偏角は 。
なら偏角が なので です。 は 。
は絶対値が 、偏角が なので、 になります。
分枝と分枝切断
多価のままでは微分も積分もできません。そこで領域を狭めて、一価で連続な関数を切り出します。これを分枝と呼ぶ。
主値を選ぶなら、負の実軸を通れないようにする必要があります。この通れない線を分枝切断と呼びます。
この領域で は正則です[2]。負の実軸を上から近づくと に、下から近づくと に寄るので、そこで の跳びが起きる。
切れ目の入れ方は 1 通りではありません。原点から無限遠へ伸びる曲線なら何でもよく、直線である必要すらない。
例:正の実軸を切る
積分路が負の実軸を横切るときは、主値のままでは扱えません。切れ目を別の場所へ移します。
正の実軸を切り、偏角を にとる分枝を使う。この分枝では で主値と同じですが、 が に近い値になります。
どちらの分枝を使っても、切れ目から離れた場所での値は同じか、 の整数倍だけずれるだけ。問題に合わせて選べばよい。
対数法則が崩れる
実の対数では が成り立ちます。主値では成り立ちません。
で試します。左辺は 。
右辺は です。 だけずれました。
は 、、 のどれかになります。多価のままなら等号は成り立ちますが、主値をとると崩れる[3]。
も一般には成り立ちません。 の虚部が の外にあると、その分だけずれます。
微分と原始関数
分枝を固定すれば、対数は正則になります。導関数は実の場合と同じ形。
逆関数の微分から出ます。 なら で、。
だから の原始関数が対数です。ただし原点を囲む閉曲線にそって積分すると が残るのは、対数が一価でないから。
積分定理が使えないのは、単連結な領域で の原始関数が作れないためです。多価性と積分が同じ事実の裏表になっている。
対数写像が輪を帯へ変える
は幾何的には、円と半直線の網を格子へ戻す写像です。絶対値が横位置に、偏角が高さに変わる[6]。
半径 から までの円環は、幅 、高さ の長方形へ写ります。ただし一周ぶんで縦につながる。
分枝切断は、この帯を上下につなげないための切れ目です。切ってしまえば、帯は素直な長方形になり一価の関数が乗る。
リーマン面
切るかわりに、面のほうを増やす道もあります。偏角が 進むごとに次の階へ上がる、らせん階段のような面を作る。
各階が 1 つの分枝に対応します。切れ目をまたぐと隣の階へ移るので、値が跳ぶかわりに滑らかにつながる。
この面の上では、対数は一価で正則な関数になります。多価性が、面の形として幾何に置き換わった[2]。
分岐点
原点のように、まわりを一周すると値が別の枝へ移る点を分岐点と呼びます。対数では原点と無限遠点の 2 つ。
分岐点は孤立特異点ではありません。近くで一価な関数として定義できないので、ローラン展開そのものが作れない。
極や真性特異点とは別の種類の悪さです。分類の枠の外にある[5]。
平方根 も原点が分岐点ですが、こちらは 2 周すればもとに戻ります。枝が 2 枚しかないため。対数は無限に枝が続きます。
積分路と分枝の選び方
実積分を留数で計算するとき、被積分関数に対数やべき根が入ることがあります。そのときは分枝を先に決める。
積分路が切れ目を横切らないように、切れ目の向きを選びます。正の実軸にそう積分なら、切れ目も正の実軸に置いて、経路をその上下すれすれに走らせる。
鍵穴の形をした積分路がよく使われます。切れ目を挟んで往復し、上側と下側で値が ずれることを利用して、求めたい積分をとり出す。
を鍵穴の経路で積分すると、この値が出ます。分枝の跳びが計算の道具として働く例です[4]。
逆三角関数との関係
逆三角関数も、対数で書けます。多価性の出どころが同じ。
分岐点は では 、 では です。実軸上での定義域の端が、そのまま分岐点になっている。
これらの関数を複素平面へ延ばすときは、対数と同じ手順を踏みます。切れ目を入れて分枝を選ぶ。
よくある誤り
一価にするために切るか、面を増やしてつなぐか。どちらの道を選んでも、原点のまわりで値が ずれるという事実は動きません。多価性は避けるものではなく、扱い方を決めるものです。











