調和関数 - 正則関数の実部として見ると何が分かるか
正則関数を実部と虚部に分けると、どちらもラプラス方程式を満たします。
この方程式を満たす関数を調和関数と呼びます。静電場の電位、定常状態の温度、渦のない流れのポテンシャル。物理に出てくる場の多くがこの形。
逆向きも成り立ちます。穴のない領域で調和な関数は、必ずどこかの正則関数の実部として書ける。2 次元に限っては、調和関数と正則関数がほとんど同じものになります[1,2]。
だから複素解析の道具が、そのまま物理の問題に効きます。積分公式も最大値原理も、調和関数の言葉へ翻訳できる。
調和共役
が正則なら、 と はコーシー・リーマンの方程式で結ばれます。
1 本目を で、2 本目を で微分して足すと が出ます。 についても同じ手順で [3]。
この関係にある を、 の調和共役と呼びます。 を決めれば は定数の差を除いて決まる。
順序を入れ替えると符号が変わります。 が の共役ではなく、 が の共役になる。共役の関係は対称ではありません。
例: の共役
偏微分すると 、 です。コーシー・リーマンから 、。
1 本目を で積分すると になります。 で微分して 2 本目と比べると 。
したがって です。 で、見なれた関数が出てきます。
例: の共役
、 です。同じ手順で 。
になります。 から出発して、指数関数が復元されました。
積分定数のぶんだけ自由が残ります。 が虚数の定数だけずれるので、本質的な違いはありません。
共役が作れる条件
局所的には、調和関数にはいつでも共役が作れます。上の手順が近くでは必ず通るため。
領域全体で作れるかどうかは別問題です。単連結なら大丈夫で、穴があると失敗することがあります。
代表例が 。原点を抜いた平面で調和ですが、共役は になり、一周すると ずれます。
対数が多価であることと、共役が一価に作れないことが同じ事情です。穴の有無がここで効いてくる。
等高線が直交する
の等高線と の等高線は、どこでも直角に交わります。勾配の内積を計算すれば分かる。
コーシー・リーマンの方程式を代入しただけで消えます。勾配どうしが直交するので、等高線どうしも直交する。
物理では、この 2 つの族が等電位線と電気力線、あるいは等ポテンシャル線と流線に対応します。片方を描けばもう片方も決まる。
が消える点だけが例外です。そこでは勾配が になり、等高線が交差して直角が崩れます。
平均値の性質
コーシーの積分公式を実部と虚部に分けると、調和関数についての等式が出ます。
中心の値が、円周上の値の平均に等しい。円が領域に収まるかぎり、半径は自由にとれます。
円板全体での平均も同じ値になります。半径ごとの平均がどれも なので、面積で重みをつけて足しても変わらない。
逆も成り立ちます。連続な関数がどの円でも平均値の性質を満たせば、その関数は調和です。微分の存在を仮定せずに調和性が定義できる[6]。
最大値原理
平均値の性質から、内部で最大や最小をとれないことが出ます。中心の値が平均なので、まわりのどこかは必ずそれ以上になる。
定数でない調和関数は、有界閉領域での最大も最小も境界でとります[5]。絶対値ではなく値そのものについての主張です。
正則関数の場合と違い、最小のほうにも条件が要りません。 と がどちらも調和なので、最大の議論がそのまま最小に移せる。
物理の直観とも合います。熱源のない板の内部が、境界より熱くなることはありません。
ハルナックの不等式
正の調和関数には、値の暴れ方に上限があります。 で が調和なら、次が成り立つ。
中心での値が分かれば、内部の値がその定数倍の範囲に収まります。 が に近づくと幅が広がる。
正であることが効いています。符号が変わる関数には、この形の評価はありません。
系として、リウヴィル型の主張も出ます。平面全体で調和で下に有界なら、その関数は定数。
何回でも微分できる
定義では 2 階の連続微分だけを要求しますが、結果として何回でも微分できます。実解析的でもある。
局所的に正則関数の実部として書けるので、正則関数の滑らかさがそのまま移ります。1 回微分できれば無限回、という性質を受け継ぐ形。
熱方程式やラプラス方程式の解が滑らかになるという、偏微分方程式の側でよく知られた事実の、いちばん素朴な場合にあたります。
ポアソン積分公式
境界の値から内部の値を作る公式があります。単位円板の場合はこの形。
重みにあたる をポアソン核と呼びます[4]。
とすれば で、平均値の性質に戻ります。 を に近づけると、核は の近くにとがった山を作る。
だから境界へ近づけると、その真下の境界値だけが強く効きます。核が単位の重みを保ったまま 1 点へ集まる形。
ディリクレ問題
境界の値を与えて、内部の調和関数を求める問題をディリクレ問題と呼びます。
円板ではポアソン積分がそのまま答えになります。境界値が連続なら、作った関数は内部で調和で、境界へ連続に延びる。
一意性は最大値原理から出ます。2 つの解の差は境界で の調和関数なので、最大も最小も になり、内部でも 。
物理の問題設定が成り立つ根拠がここにあります。境界の温度を決めれば、内部の温度分布はただ一通り。
例:境界値が のとき
境界で と与えます。答えは極座標で書けます。
で境界値に一致し、 は の実部なので調和です。積分を計算せずに答えが出ます。
なら 、 なら 。境界の振動が細かいほど、内部への影響は早く消えます。
一般の境界値は、フーリエ級数に展開してこの形を重ね合わせれば得られます。ポアソン積分は、その重ね合わせをまとめて書いた式。
等角写像で移せる
調和性は正則な写像で保たれます。 が調和で が正則なら も調和。
なら右辺は です[7]。だから難しい形の領域での問題を、円板の問題へ移して解ける。
境界どうしが対応していれば、境界の条件もそのまま移ります。円板で解いてから写像で戻す、という道筋が立つ。
リーマンの写像定理から、単連結な領域ならこの手が原理的には常に使えます。写像を具体的に書けるかどうかは別の話[8]。
3 次元では事情が変わる
ラプラス方程式そのものは何次元でも定義できます。平均値の性質も最大値原理もそのまま成り立つ。
失われるのは正則関数とのつながりです。3 次元の調和関数に共役はなく、複素解析の道具が直接は届きません。
2 次元だけが特別に扱いやすいのは、複素数という代数の構造が乗るからです。等角写像で領域をとり替える手も、平面に限った特権になります。
応用の形
静電場では、電荷のない領域の電位が調和関数です。等高線が等電位線、共役の等高線が電気力線。
定常状態の熱伝導では、温度が調和関数になります。時間が経って落ち着いた分布が、境界の温度だけで決まる。
渦のない非圧縮の流れでは、速度ポテンシャルが調和です。共役が流れ関数にあたり、その等高線が流線になります。
どれも同じ方程式なので、1 つ解けば他の言葉へ翻訳できます。物理の分野をまたいで同じ図が使い回せる理由がここ。
よくある誤り
ラプラス方程式という 1 本の式が、複素解析と物理をつないでいます。正則関数を実部と虚部に切り分けるだけで、場の性質がそのまま出てくる。










