絶対値の「山」はなぜ境界にしか立たないのか(最大値原理と開写像定理)
定数でない正則関数の絶対値は、領域の内部で最大になれません。最大があるとすれば、それは境界の上です[1]。
山を作れない、と言い換えてもよい。 の値を高さに見立てると、どこにも頂上ができず、いちばん高い場所は必ず縁になります。
実の 2 変数関数ではふつうに山ができます。 は原点で最大。正則関数だけが、この自由を失っています。
原因は平均値の性質です。中心の値が円周上の値の平均に等しいので、中心だけが飛び抜けて高いという状況が作れない[6]。
定理の形
を連結な開集合とし、 を で正則とします。ある点 の近くで が成り立つなら、 は 全体で定数です。
この形の強さは、局所的な最大まで許さないところにあります。ひとつでも山の頂があれば、関数は平らになるしかない。
が有界で、 が閉包まで連続に延びるときは、次の形で使われます。
閉包はコンパクトなので最大値は必ずどこかでとれます。その場所が境界に限られる、という主張です[2]。
平均値の性質から
コーシーの積分公式を円周でパラメータ表示すると、中心の値が周上の値の平均になります。
絶対値をとって三角不等式を当てると、次の不等式が出ます。
もし が近くでの最大なら、右辺の被積分関数は 以下です。すると右辺は 以下になり、上の不等式と合わせて等号が成り立つ。
連続関数の積分で等号が出るには、周上のすべての点で でなければなりません。半径を動かせるので、小さな円板全体で が一定になる。
が一定なら 自身も定数です。実部と虚部を 、 とすると が一定で、これを偏微分してコーシー・リーマンの方程式を当てると と の偏導関数がすべて消える。
小さな円板で定数だと分かれば、一致の定理で 全体へ広がります。連結性が効くのはこの一歩。
開写像定理から
もう一つの筋は開写像定理です。定数でない正則関数は、開集合を開集合へ写す[3]。
証明はルーシェの定理を使います。 の零点は孤立しているので、小さな閉円板をとって境界上で とできる。
なら、境界の上で です。ルーシェから も内部に零点を持ちます[4]。
つまり を中心とする半径 の円板がまるごと像に入る。像の点はどれも内点になります。
ここから最大値原理はすぐ出ます。 が最大なら、 のまわりの小さな円板が像に含まれるはずですが、その円板には となる点があるため。
像がつぶれないという性質が要です。実関数なら が区間 を へ写し、端が閉じてしまう。複素では起きません。
例:閉円板での
を で考えます。 なので、値は だけで決まる。
最大は のときの で、境界上のすべての点で達成されます。内部では 。
内部に の山がひとつもないことが、直接見てとれる例です。
例:長方形での
とすると です。虚部はまったく効かない。
長方形 、 での最大は で、右の辺全体で達成されます。最小は左の辺で 。
どちらも境界の上にあります。内部の点では に収まる。
最小値原理
最小のほうは、条件がひとつ増えます。 が領域内で零点を持たなければ、 の最小も境界でとる。
証明は に最大値原理を当てるだけ。零点がないので が正則になり、 の最大が の最小に対応します。
零点があれば話は別です。その点で になり、最小は内部でとられる。
条件はなし。定数でなければ、いつでも境界でとる。
零点がないことが要る。零点があれば、その点が最小になる。
例:零点があると最小が内部に来る
を で考えます。 の最小は原点での 。
原点は内部の点なので、最小値原理の結論から外れています。 が原点で零点を持つため。
なら零点が円板の中にありません。 の最小は での で、境界の上に来ます。
一致の判定
差をとると、一意性の議論に使えます。 と が閉領域で連続、内部で正則、境界で一致するとする。
は境界で なので、 の最大が です。最大値原理から内部でも となり、。
境界の値だけで内部が決まってしまう。物理でいえば、境界条件が解を一つに決めるという話にあたります。
シュワルツの補題
単位円板から単位円板への写像に、最大値原理を当てた結果があります。
が で正則、、 とする。このとき次の 2 つが成り立ちます[5]。
証明は を作る流れです。 なので原点は除去可能特異点になり、 は円板全体で正則。
半径 の円周上では です。最大値原理から円板の内側でも同じ評価が成り立ち、 とすれば が出ます。
等号の場合も決まります。どこか 1 点で になるか、 になれば、 は回転です。
の内点で最大 をとることになるので、最大値原理から が定数になる。その定数の絶対値が なので、回転の形に決まります。
シュワルツ・ピックの定理
原点が原点へ行くという条件を外した形もあります。単位円板から単位円板への正則写像について、次が成り立つ。
左辺と右辺は、双曲的な距離のはかり方に対応します。円板の自己写像は、この距離を縮めることしかできない。
等号が成り立つのは、写像が円板の自己同型のときだけです。メビウス変換の形に限られます[5]。
調和関数でも同じことが起きる
正則関数の実部と虚部は調和関数です。調和関数にも最大値原理が成り立ちます。
が領域で調和で定数でないなら、 の最大も最小も境界でとる。絶対値ではなく値そのものについての主張になります。
証明は平均値の性質から同じ流れ。調和関数も、中心の値が円周上の平均に等しい。
熱の定常分布が調和関数なので、内部の温度が境界の温度を超えない、という直観と一致します。
境界条件が解を決める
調和関数の最大値原理から、境界の値を決めれば内部が一つに決まることが出ます。
2 つの解の差をとると、境界で の調和関数です。最大も最小も境界でとるので、内部でも しかない。
境界値を与えて内部の調和関数を求める問題は、この一意性のおかげで意味を持ちます。物理の問題設定が成り立つ理由もここ。
よくある誤り
平均という一つの性質から、これだけの結論が並びます。正則関数が境界に支配されるという事実は、コーシーの積分公式のときからずっと同じことを言い続けている[7]。










