一致の定理(一点のまわりだけで関数はすべて決まる)と零点の孤立性
2 つの正則関数が、領域の中に集積点を持つ集合の上で一致すれば、領域全体で一致します[1]。
点が並んだ列 1 本ぶんの情報があれば、それだけで関数が決まってしまう。実の滑らかな関数では、まったく成り立たない性質です。
言い換えると、正則関数の零点は孤立します。恒等的に でないかぎり、零点が領域の中で込み合うことはない[2]。
この固さが、解析接続の一意性や恒等式の自動的な延長を支えています。
集積点は領域の中に要る
上の図の関数 は、 で になります。この点列は原点へ集まる。
それでも は恒等的に ではありません。定理に反していないのは、集積点である原点が定義域 に入っていないからです。
集積点が境界にあるだけでは足りない。領域の内部に集積点があることが、定理の条件です。
零点の孤立性
一致の定理を の場合に当てると、零点についての主張になります。
が領域で正則で恒等的に でないなら、零点は孤立する。どの零点にも、他の零点を含まない近傍がとれます。
したがって零点は高々可算個で、コンパクト集合の中には有限個しかありません。値 の逆像についても同じことが言えます。
零点の位数
零点 でのテイラー展開を書くと、最初に現れる項の次数が位数です。
と書け、 になります。 は の近くで にならないので、そこには他の零点がない。
すべての係数が なら、その点の近くで は恒等的に です[6]。この場合が、定理の証明で追い込む先になります[3]。
証明の第 1 段:係数がそろう
とし、 が集積点 を持つ集合の上で になるとします。 でのテイラー展開を書く。
連続性から なので、 です。もし なら で、 の近くに他の零点がないことになる。
ところが は零点の集積点なので、いくらでも近くに零点があります。矛盾するので 。
同じ議論を繰り返すと、すべての係数が です。したがって のまわりの円板で になります。
証明の第 2 段:円板から領域全体へ
の近くで が分かりました。ここから領域全体へ広げます。
を、 のすべての導関数が になる点の集合とする。 は空ではありません。第 1 段で が言えました。
は閉集合です。導関数は連続なので、条件が極限でも保たれる。
は開集合でもあります。 ならテイラー係数がすべて なので、 のまわりの円板全体で になり、その円板が に入る。
領域は連結なので、空でない開かつ閉な部分集合は全体しかありません。したがって は領域全体で、 です。
例:実軸で一致すれば全体で一致
領域が実軸の一部を含むとします。実軸上の区間はそれ自体が集積点だらけなので、条件を満たす。
だから 2 つの正則関数が区間の上で一致すれば、領域全体で一致します。実の関数を複素へ延ばす方法は、あっても 1 通り。
が実の の唯一の正則な延長である、というのはこの主張です。ほかの延ばし方はありません。
恒等式が自動的に延びる
実数で成り立つ恒等式は、両辺が正則に延びるなら複素数でも成り立ちます。差をとれば実軸上で の正則関数になるため。
実数で確かめるだけで、複素数でも正しいと言えます。加法定理も同じ理屈で延びる。
2 変数のときは片方ずつ固定して 2 回使います。まず を実数に止めて について延ばし、次に を任意の複素数に止めて について延ばす。
代数的な等式を、いちいち複素数で確かめ直さずに済みます。実の計算の結果がそのまま持ち上がる。
実関数では成り立たない
何回でも微分できる実関数を持ってきても、同じ主張は成り立ちません。
では 、 では と定めた関数を考えます。
この関数は何回でも微分でき、 で恒等的に です。それでも全体では ではない。
原点でのテイラー係数はすべて になります[4]。級数は恒等的に ですが、関数のほうは で正の値をとる。
いくら拡大しても、原点の左側が平らなまま右側だけ立ち上がります。正則関数ではこの形が作れません。
差は、複素微分可能という条件の重さにあります。実の無限回微分可能は、テイラー級数が関数に一致することを保証しない。
零因子がない
領域上の正則関数を集めた集合は、和と積について環になります。一致の定理から、この環には零因子がない。
とします。 が恒等的に でなければ、その零点は孤立している。
零点でない点の近くでは なので が成り立ちます。そういう点は集積点を持つので、一致の定理から [2]。
実数の連続関数では成り立ちません。左半分だけ の関数と右半分だけ の関数を掛ければ、恒等的に になります。
解析接続の一意性
領域を広げて正則関数を延ばすとき、延ばし方は 1 通りに決まります。2 つの延長の差が、もとの領域で になるため。
もとの領域は開集合なので、集積点をいくらでも含みます。一致の定理が使えて、差は延長先の領域全体で 。
ただし、延長先が連結であることが要ります。連結でなければ、もとの領域とつながっていない部分では何も言えません。
経路にそって延ばすときは事情が変わります。同じ点へ違う経路で到達すると、値がずれることがある。多価性が現れるのはこの場合で、一意性が崩れたわけではありません[5]。
領域が連結でないと崩れる
定理の主張には、領域が連結であることが要ります。証明で開かつ閉の議論を使ったところ。
が 2 つの離れた円板の合併だとします。片方で 、もう片方で という関数は作れる。
連結成分ごとに定理を当てることになります。集積点のある成分だけで一致が言えて、他の成分には届かない。
一致する点の集合の形
2 つの正則関数が一致する点の集合は、恒等的に一致しないかぎり離散集合です。孤立した点が並ぶだけ。
だから曲線にそって一致する、という状況は起こりません。曲線には集積点があるので、その時点で全体が一致します。
実軸上の可算個の点でも、集積点さえあれば足ります。 の列の上で一致すれば、それだけで決まる。
例:無限個の点で一致しても足りないとき
と は、すべての整数で一致します。無限個の点で一致していますが、 は ではない。
整数の集合には集積点がないためです。有限のどこにも点が込み合っていない。
集積点は「無限個」より強い条件です。個数ではなく、どこかへ寄り集まっているかどうかが問われます。
よくある誤り
正則という条件は、局所の情報を大域へ運びます。1 点のまわりの係数がすべて決まれば、領域の隅まで決まってしまう。この固さが、複素解析のほとんどの定理の背後にあります。










