なぜ正則関数は一周すると消えるのか?コーシーの積分定理をたどる
正則関数を閉じた経路にそって一周積分すると、値は になります。
条件は 2 つだけ。積分路を囲む範囲で が正則であること、その範囲に穴がないことです[1]。
実関数の積分では、こんなことは起きません。 は になり、一周しても には戻らない。複素平面では、正則という条件だけで一周ぶんがきれいに打ち消し合います。
打ち消し合うのは、複素微分可能という条件がきついため。実 2 変数の写像として見ると、正則関数は各点で回転と拡大だけをしています。ずれを生む余地が残らない。
複素線積分の定義
複素平面の曲線 を ()とパラメータ表示すると、線積分は次の形で定義されます。
右辺は複素数値の 1 変数積分で、実部と虚部に分けてそれぞれ積分するだけ。定義そのものは実の線積分と変わりません。
向きを逆にすると符号も逆になる。 を逆向きにたどった経路を と書けば、 です。
閉曲線にそう積分は と書き、反時計回りを正の向きとします。
積分値の大きさには、いつでも効く粗い上界がある。 が経路上で成り立ち、経路の長さが なら次の評価が成り立ちます。
三角不等式を積分に持ち込んだだけの式ですが、円弧の寄与が消えることを示すときに何度も使う道具になる。
例:単位円で を積分する
、 を代入します。
を から まで積分すると になる。指数関数が 3 周ぶん回り、ちょうど元へ戻るためです。
は複素平面全体で正則なので、積分定理の結論とも合っています。
同じ計算は でも通ります。 が でない整数なら で、値が残るのは のときだけ。
例:単位円で を積分する
で同じ計算をすると、様子が変わります。
ではありません。 が原点で正則でないからで、単位円の内側に穴が空いた状態にあたります。
この が、あとで留数を測るときの基準になる。積分定理は穴がなければ だと言い、穴があるときいくつになるかは別の定理が答えます。
例: には特異点がないのに にならない
正則でなければ、値が発散する点がなくても になりません。 で試します。
は複素平面のどこでも連続で、どこへ行っても値は有限です。それでも積分は にならない。
効いているのは正則性のほうです。 はコーシー・リーマンの方程式を満たさず、複素微分可能な点が一つもありません[4]。
が複素微分可能であるためには、 と が実の意味で微分可能で、さらにコーシー・リーマンの方程式を満たすことが必要十分になります。
と の 2 本。 と 1 本にまとめて書くこともある。
を で書くと 、 です。 に対して なので、1 本目から崩れています。
グリーンの定理から見る
、 と分けると、複素線積分は実の線積分 2 つに分かれる。
それぞれにグリーンの定理を当てると、囲まれた領域 上の面積分に変わります。
コーシー・リーマンの方程式を入れると、2 つの被積分関数はどちらも です。定理はこれで出ます。
見通しはよいのですが、グリーンの定理は偏導関数の連続性を要求する。 が連続だと仮定してよい場面なら、この筋がいちばん短い。
グルサーの補題
グルサーは の連続性を使わずに証明しました。複素微分可能というだけで定理が出る[2]。
細かい改良に見えて、実は要になります。積分定理からは が何回でも微分できることが導かれるので、証明の入口で の連続性を使うと循環しかねない。
グルサーの筋は三角形から始まります。三角形 の周にそう積分を とし、各辺の中点を結んで 4 つの小三角形に分ける。
内側の辺は隣り合う小三角形で向きが逆になり、足すと消えます。だから 4 つの周積分の和が に等しい。
4 つのうち、絶対値がいちばん大きいものを とします。 が成り立ち、同じ操作を繰り返せます。
回目には です。 の直径と周長はどちらも 倍になる。
三角形は入れ子に縮んでいくので、共通点 がただ一つ残ります。そこで が で微分可能だという条件を使う。
定数項と 1 次の項はどちらも原始関数を持つので、閉曲線にそう積分は です。残るのは誤差項だけ。
で なので、長さによる評価から が出ます。ここで と はもとの三角形の直径と周長。
これを に入れると となり、 はいくらでも小さくとれます。したがって です。
三角形で示せれば、多角形は三角形に切り分けられる。一般の閉曲線は多角形で近似できるので、そこまで届きます。
単連結という条件
穴がないことを正確に言うと単連結です。領域内のどの閉曲線も、領域からはみ出さずに 1 点へ縮められるという条件。
円板、長方形、複素平面全体は単連結です。原点を抜いた や円環領域は単連結ではありません。
の例で穴が効いていたのは、まさにこの意味です。原点のまわりを回る円は、原点を通らずには縮められない。
例:穴を避ければ に戻る
でも、原点を囲まない閉曲線なら積分は です。中心 、半径 の円で確かめます。
この円は右半平面に収まり、そこで は正則。右半平面は単連結なので、積分定理がそのまま効いて値は になります。
穴があるかどうかは関数だけでは決まりません。関数と積分路の位置関係で決まる。
原始関数と経路によらない積分
積分定理には、始点と終点が同じなら経路を変えても値が変わらない、という言い換えがあります。
2 つの経路 、 が同じ 2 点を結ぶとき、 を行って を逆にたどれば閉曲線になる。その周積分が なら が出ます。
経路によらないなら、始点を固定して次のように書ける。
この は正則で を満たし、 の原始関数になります。原始関数があれば、積分は実関数と同じく端点だけで決まる。
始点と終点が一致するので、 が残るだけになる。
途中をどう回っても、値は端点での の差で決まる。
例:原始関数で計算する
から まで を積分します。原始関数は 。
と を使いました。
直線で結んでも、実軸を進んでから虚軸方向へ折れても、答えは変わらない。 が全平面で正則だからです。
積分路は動かしてよい
穴があるときも、その穴に引っかけたまま積分路を連続に動かせば、値は変わりません。変形の定理と呼ばれる形です[3]。
原点を囲む円を、原点を囲んだままの正方形へ動かす。2 つの経路にはさまれた帯には特異点がないので、そこでは積分定理が効きます。
だから も、原点を囲む正方形にそう積分も、同じ です。経路の形ではなく、何を囲んでいるかだけが効く。
例:半径を変えても値が変わらない
は によらず です。計算しても が約分されて消えます。
半径をどれだけ小さくしても値は同じ。原点のごく近くだけを見ても が出てきます。
この性質が、留数を点に張り付いた量として扱う根拠になる。
ホモトピー版とホモロジー版
単連結という条件は強すぎるので、実用の場面では条件を経路の側へ移します。
ホモトピー版は、 が正則な範囲のなかで閉曲線を 1 点へ縮められるなら積分が になる、という形。領域に穴があっても、その閉曲線さえ縮められればよい。
ホモロジー版はもう少し広くとります。閉曲線が領域の外の点をどれも囲まないとき、つまり零ホモローグなときに積分が になる。
3 つは順に一般化されていて、上の形は下の形の特別な場合にあたります。
モレラの定理
逆向きの主張も成り立ちます。領域 で連続な について、 内のどの三角形の周にそう積分も なら、 は で正則です。
モレラの定理と呼ばれ、正則性を積分だけで判定する道具になる[5]。微分の存在を直接調べずに済みます。
証明は原始関数を作る流れです。積分が経路によらないので が定義でき、 が示せる。 が正則なら、その導関数の も正則です。
正則関数の列が広義一様収束するとき、極限も正則になる。これはモレラの定理から出る典型的な結論です。
例:正則性を積分だけで確かめる
が整関数だと示す場面で、モレラの定理が効きます。
三角形の周にそう積分を作り、フビニの定理で積分の順序を入れ替える。内側は を止めた の周積分なので です。
したがって外側も になり、 は正則。 を直接微分して調べるより手数が少ない。
実積分への応用
積分定理は、実の広義積分を出すときにも使えます。フレネル積分がその例。
を、実軸と円弧と偏角 の半直線でできた扇形の周にそって積分します[6]。 は整関数なので、周積分は 。
円弧の寄与は半径を大きくすると消えます。偏角 の半直線上では が負の実数になり、被積分関数がガウス積分の形へ変わる。
実部と虚部を比べれば上の値が出ます。特異点をひとつも使わず、正則性と経路のとり方だけで実積分が求まる例です。
よくある誤り
最後の項目は、囲む回数を数えるという話につながります。同じ特異点のまわりを 2 周する経路なら、値は 1 周のときの 2 倍。
積分定理そのものは を主張するだけですが、そこから先の理論はすべてこの を土台にしています。正則関数が何回でも微分できることも、有界な整関数が定数になることも、出発点はここ[7]。











