ホモトピー不変量とは
位相幾何学の根本的な問いは「2つの空間は本質的に同じか」である。この問いに答えるための道具がホモトピー不変量だ。ホモトピー同値な空間に対して同じ値を返す量を構成すれば、値が異なる空間はホモトピー同値でないと結論できる。
ホモトピー不変量の定義
位相空間に何らかの代数的対象(群、環、数など)を対応させる写像 がホモトピー不変量であるとは、(ホモトピー同値)ならば (同型)が成り立つことをいう。
対偶を取れば、 のとき が従う。これがホモトピー不変量の基本的な使い方であり、空間の「非同値性」を証明する手段となる。ただし逆は一般には成り立たず、すべての不変量が一致してもホモトピー同値とは限らない。
主要なホモトピー不変量
位相幾何学で用いられる不変量は多岐にわたるが、大きく分けて代数的不変量と数値的不変量がある。
代数的不変量は空間に群や環を対応させるもので、より多くの情報を持つ。基本群 はループのホモトピー類がなす群であり、高次ホモトピー群 は 次元球面からの写像のホモトピー類がなす群だ。ホモロジー群 はサイクルと境界の関係から構成されるアーベル群で、コホモロジー群 はその双対的対象である。コホモロジー環 はカップ積によって環構造を持ち、群構造だけでは区別できない空間を分離できる場合がある。
数値的不変量は空間に数を対応させるもので、計算が容易な反面、区別能力は限られる。Euler 標数 は交代 Betti 数の和 で定義され、Betti 数 は各次元のホモロジー群の階数を表す。
基本群、ホモトピー群、ホモロジー群、コホモロジー環など。情報量が多く、区別能力が高い。計算は一般に難しい。
Euler 標数、Betti 数、連結成分数など。計算が容易で直感的だが、区別能力は限定的。Euler 標数が等しくても非同値な空間は多い。
不変量による空間の区別
ホモトピー不変量が最も力を発揮するのは、2つの空間がホモトピー同値でないことを示すときだ。具体例で見てみよう。
と を区別するには基本群で十分である。 であるのに対し なので、これらはホモトピー同値でない。
と はともに単連結()だが、 かつ なので区別できる。このように基本群だけでは不十分な場合に高次ホモトピー群が活躍する。
と (球面の楔和)はホモロジー群がすべて同型だが、コホモロジー環の構造が異なる。( は2次元の生成元)において であるのに対し、 ではカップ積が自明になる。群だけでなく環構造まで見ることで初めて区別が可能になる好例だ。
と は で区別される。トーラス と球面 も から非同値である。
と は で区別される。 だが となる。より高次元の球面 と ()は で区別可能。
関手としての不変量
ホモトピー不変量の多くは、位相空間の圏からアーベル群の圏(あるいは群の圏)への関手として定式化される。空間 に群 を対応させるだけでなく、連続写像 に準同型 を対応させ、合成と恒等写像の保存(関手性)を満たす。
この関手的な視点は、不変量の計算において強力な道具を提供する。Mayer-Vietoris 完全列や長完全列といった計算手法は、関手の性質から導かれるものであり、空間を部分に分解して不変量を計算する際の基盤となっている。
ホモトピー不変量を関手として捉えると、自然変換によって異なる不変量の間の関係も定式化できる。Hurewicz 準同型 は自然変換の代表例であり、ホモトピー群とホモロジー群を結びつける。
2つの関手の間の「構造を保つ対応」で、すべての対象に対して整合的に定義された準同型の族。
不変量の限界
ホモトピー不変量には固有の限界がある。まず、個々の不変量は空間の一側面しか捉えられない。すべての既知の不変量が一致しても、空間がホモトピー同値であることを保証する一般的な方法はない。
ただし CW 複体に対しては、Whitehead の定理が部分的な回答を与える。CW 複体の間の写像 がすべてのホモトピー群に同型を誘導するならば、 はホモトピー同値である。これは不変量が一致するだけでは不十分で、同型を「誘導する写像」の存在が必要であることを示している。
もう一つの限界は計算困難性である。基本群は比較的計算しやすいが、高次ホモトピー群 ()の完全な決定は未解決問題として残っている。この計算困難性ゆえに、実際の応用では計算可能なホモロジー群が中心的な役割を果たすことが多い。
不変量の階層構造
位相空間を分類する同値関係にはいくつかの段階があり、不変量の区別能力はこの階層に対応する。
同相不変量(次元、コンパクト性など)
ホモトピー不変量(基本群、ホモロジー群など)
ホモロジー不変量のみ(Euler 標数、Betti 数)
弱い数値的不変量(連結成分数)
上に行くほど精密な分類が可能であり、同相不変量はホモトピー不変量でもある。逆にホモトピー不変量がすべて一致しても同相とは限らないため、空間の完全な分類にはさらなる道具が必要になる場合がある。
位相幾何学の研究は、この階層のどのレベルで空間を分類するかを意識しながら、適切な不変量を選択し組み合わせることが要となる。