基本群の定義と性質
位相空間の「穴」を代数的に検出する最も基本的な道具が基本群だ。ループのホモトピー類に群構造を入れることで、空間の位相的性質を群論の言葉で議論できるようになる。
道とループ
位相空間 における道(path)とは、連続写像 のことである。 を始点、 を終点と呼ぶ。始点と終点が一致する道、すなわち を満たすものを、基点 におけるループという。
道の概念において重要なのは、経路そのものではなく「連続的に変形して移り合えるかどうか」である。2つの道 が端点を固定したまま連続的に変形できるとき、すなわち
が存在して 、、かつすべての に対して 、 を満たすとき、 と は道ホモトピックであるという。この関係は同値関係であり、 の同値類を と書く。
基本群の定義
位相空間 と基点 に対して、基点 におけるループのホモトピー類全体の集合
にループの結合で演算を定義すると、これは群をなす。この群を の基点 における基本群(fundamental group)と呼ぶ。
ループの結合と群演算
2つのループ の結合(concatenation) は、まず を辿り、次に を辿るループとして定義される。
この演算はホモトピー類の上で well-defined になる。すなわち かつ ならば が成り立つ。
群の公理が満たされることを確認しよう。結合律は3つのループ に対して がパラメータの再配分で示される。単位元は定値ループ (すべての で に留まるループ)のホモトピー類 であり、逆元は の逆向きのループ のホモトピー類 となる。
では前半の で を実行し後半で を辿る。 では前半で 、後半で を辿る。パラメータの刻み方が違うだけで、3つのループを同じ順序で辿っている点は変わらない。時間配分を連続的に変えるホモトピーが存在する。
は を辿ってから逆向きに戻るループで、定値ループ にホモトピックである。直感的には「行って帰る」ので元の場所に留まるのと同じだ。ホモトピー のような構成で厳密に示せる。
基点の変更
弧状連結な空間 では、基点の取り方によらず基本群は同型になる。 と を結ぶ道 が存在するとき、
は群同型を与える。ただし は の逆向きの道である。この同型は の選び方に依存し、異なる道を選ぶと内部自己同型だけ異なる写像が得られる。
弧状連結空間では基点を省略して と書くことも多いが、これは「同型を除いて一意」という意味であることに注意が必要だ。
連続写像が誘導する準同型
連続写像 は、基本群の間の準同型
を誘導する。定義は単純で、 とするだけだ。ループ の像 もまた を基点とするループになり、ホモトピー類の上で well-defined である。
この誘導準同型は2つの重要な性質を持つ。
が成り立ち、恒等写像 に対しては となる。基本群の対応は位相空間の圏から群の圏への共変関手を定める。
(基点を保つホモトピー)ならば が成立する。ホモトピー同値な空間は同型な基本群を持ち、基本群はホモトピー不変量となる。
基本群の基本的性質
基本群を実際に計算する際に頻繁に用いられる性質をまとめる。
積空間の基本群については が成り立つ。ループ は各成分のループ と の組に分解されるためだ。これを帰納的に適用すれば 次元トーラス の基本群 が直ちに得られる。
可縮空間の基本群は自明群 であり、 や凸集合などがこれにあたる。基本群が自明な空間を単連結(simply connected)という。球面 ()は単連結だが はそうではない。
被覆写像 は単射な誘導準同型 を与え、被覆空間の理論と基本群は深く結びついている。普遍被覆の存在は基本群の構造を決定する強力な手段となる。
単連結性の判定
空間が単連結であるかどうかは、位相幾何学において基本的な問いである。 が単連結であるとは、 が弧状連結であり、かつ が成り立つことをいう。
単連結性は局所的な性質からも特徴づけられることがある。たとえば、十分良い空間(局所弧状連結かつ半局所単連結)に対しては、普遍被覆空間が存在し、それが単連結であることから基本群が被覆変換群と同型になる。
すべての点がその近傍で「小さいループが縮められる」性質を持つ空間から構成される、すべての被覆を支配する被覆空間。
基本群と同値関係の整理
基本群の計算や応用において、さまざまな同値関係が登場する。これらの関係を明確に区別しておくことは重要だ。
同相 は最も強い同値関係で、位相的性質をすべて保存する。ホモトピー同値 は同相より弱く、 を含むすべてのホモトピー不変量を保存する。基本群の同型 はさらに弱い条件であり、基本群が同型でもホモトピー同値とは限らない。たとえば と はともに だがホモトピー同値ではなく、 で区別される。
基本群は位相空間を分類するための強力だが不完全な道具であり、より精密な分類にはホモロジー群や高次ホモトピー群が必要となる。