フレドホルム理論の入門
フレドホルム理論は、コンパクト作用素による摂動 の可逆性や解の構造を調べる理論だ。無限次元空間における線形方程式の解析で、有限次元の線形代数に近い結論が得られる点が大きな魅力である。
フレドホルム作用素の定義
バナッハ空間 , の間の有界線形作用素 が フレドホルム作用素 であるとは、次の条件をすべて満たすことをいう。
核が有限次元であり、像の余次元も有限であるという要請だ。像の閉性は、実は最初の 2 条件から自動的に従う場合も多いが、定義に含めておくのが標準的である。
フレドホルム指数
フレドホルム作用素 に対して、フレドホルム指数(index)を
で定義する。核の次元から余核の次元を引いた整数値だ。
行列 に対して 。ランク落ちの有無にかかわらず指数は行列のサイズだけで決まる。
指数は作用素の「位相的な性質」を反映し、コンパクトな摂動に対して不変になる。
フレドホルム指数がゼロであることは、方程式 が「ちょうど正方行列の方程式のように振る舞う」ための必要条件と解釈できる。
フレドホルムの交代定理
フレドホルム理論の出発点は、コンパクト作用素 に対する の解析にある。フレドホルムの交代定理(Fredholm alternative)は次のように述べられる。
バナッハ空間 上のコンパクト作用素 と に対して、方程式
について、次の 2 つのうちちょうど一方が成り立つ。
が全単射であり、任意の に対して一意な解 が存在する。逆作用素 は有界。
であり、斉次方程式 が非自明な解をもつ。このとき が成り立つ。
「全単射か、核が非自明か」の二者択一になるという点が「交代」(alternative)の意味だ。有限次元の線形代数で「正則か特異か」の二択になるのと全く同じ構造である。
リース・シャウダーの定理
コンパクト作用素のスペクトル構造に関する基本定理が リース・シャウダーの定理 だ。バナッハ空間 上のコンパクト作用素 について、次が成り立つ。
のスペクトル は高々可算集合であり、 以外の集積点をもたない。 でないスペクトル点 はすべて固有値であり、対応する固有空間 は有限次元になる。
コンパクト作用素 のスペクトル
以外は孤立した固有値(有限重複度)
に集積する可能性がある( 自身はスペクトルに含まれうる)
この結果は、無限次元にもかかわらず固有値が「行儀よく」並ぶことを保証している。有限次元行列の固有値理論の自然な一般化になっている。
指数の安定性
フレドホルム指数の最も重要な性質は 安定性 にある。フレドホルム作用素 に対して、次が成り立つ。
がフレドホルムならば、十分小さいノルムの有界作用素 に対して もフレドホルムであり、 が成立する。さらに、 がコンパクト作用素ならば摂動の大きさによらず が成り立つ。
この安定性は、フレドホルム指数が位相的不変量であることを意味している。コンパクトな摂動で方程式の解の構造が根本的に変わることはない、というのが核心的な主張だ。
積分方程式への応用
フレドホルム理論の歴史的な動機は積分方程式の研究にあった。第二種フレドホルム積分方程式
において、積分作用素 が適切な条件のもとでコンパクトになるため、フレドホルムの交代定理がそのまま適用できる。解の存在・一意性・有限次元性がすべてこの枠組みから導かれる。