測度を測度で割ると密度になる(ラドン・ニコディムの定理と絶対連続)
測度 が、別の測度 と可測関数 を使って次の形に書けるのはどんなときか。
答えは一言で済みます。 が測り落とす集合を も測り落とすとき[1]。この条件を絶対連続といい、そのときの を密度と呼びます。
微分と積分の関係が、関数から測度へ持ち上がった形になります。記号も と、導関数そのままの姿で書く。
絶対連続の定義
符号付き測度 と測度 について、 を満たすすべての可測集合で となるとき、 は に絶対連続であるといいます[5]。
の零集合が の零集合でもある、と言いかえられます。 の目に見えないものは にも見えない。
向きがある関係です。 から は出ません。
例:密度から作れば必ず絶対連続
を可測関数として と定めます。 なら積分は なので、。
つまり密度から作った測度は、いつでも絶対連続です[5]。易しいのはこちら向き。
ラドン・ニコディムの定理は、この逆を言います。絶対連続でありさえすれば、密度が必ず見つかるという主張です。
特異性と正反対の関係
特異性は絶対連続の対極にあります。 は、2 つの測度が交わらない場所に住んでいることをいう関係でした。
が見る場所でしか も動かない。 の零集合の上では も静か
が完全に無視する場所に の全部が乗る。台が交わらない
どちらでもない測度もあります。一部が絶対連続で、残りが特異という混ざった状態。その分け方はルベーグ分解が扱います。

赤く囲んだ枠が の零集合です。そこで も になっているかどうかが、絶対連続かどうかの分かれ目になります。
ε と δ による言い換え
が有限符号付き測度のときは、絶対連続を連続性らしい形に書き直せます[5]。
任意の に対して がとれて、 ならいつでも となる。これが と同値です。
絶対連続という名前は、この形から来ています。 で測って小さい集合は、 で測っても一斉に小さい。
逆向きの証明が面白いところ。条件が破れているなら、 かつ となる列がとれます。
この は でありながら を満たし、絶対連続でないことを示します。
例:有限でないと言い換えが崩れる
にルベーグ測度 を入れ、 と定めます。
なら積分も なので です。ところが で、 は有限ではありません。
を見ると なのに のまま。- の形は成り立ちません。
言い換えが使えるのは が有限のときだけ、という但し書きがここで効いています。
ラドン・ニコディムの定理
を 有限な符号付き測度、 を 有限な測度とし、 とします。このとき可測関数 が存在して、すべての可測集合で次が成り立ちます[1]。
は について概収束の意味で一意に決まります。この をラドン・ニコディム微分と呼び、 と書く[3]。
ヨハン・ラドンが で示し、オットー・ニコディムが一般の測度空間へ広げました。
証明の骨格
を正部分と負部分に分けておけば、測度の場合に帰着します。有限の場合を押さえれば、 有限は切り貼りで済む。
鍵になるのは次の補題です。有限測度 、 について、 でないならば、 と を満たす集合 があって、 は符号付き測度 の正集合になります[5]。
証明はハーン分解の繰り返しです。各 について のハーン分解 をとり、、 と置きます。
の上では がすべての で成り立つので 。したがって なら特異、そうでなければ求める が見つかります。
あとは を満たす非負関数 を集め、その上限を とします。補題は「まだ足りない部分が残っていれば、もう少し足せる」ことを保証する道具です。
密度は概収束の意味で一意
と がどちらも密度だとします。すべての で積分が等しいので、差の積分は です。
ここで を選びます。被積分関数は の上で正なのに積分が なので、 が従う。
でも同じ議論が通り、 が について概収束の意味で成り立ちます。密度は関数として一つに決まるわけではなく、零集合の違いを許して一つに決まる。
例:一様分布の密度
にルベーグ測度 を入れ、 の上の一様分布を とします。
なら なので です。密度は指示関数になります。
の上で密度が になっている点が読みどころ。 が見ていない場所を、密度が という形で表しています。
例:正規分布の密度
の標準正規分布 は、ルベーグ測度 に絶対連続です。
確率論で密度関数と呼んでいるものが、そのままラドン・ニコディム微分です。名前が 2 つあるだけで中身は同じ。
例:離散測度どうしの密度
に数え上げ測度 を入れ、、、 とします。
の零集合は空集合だけなので です。密度は各点の重みそのもの。
有限集合では、密度と確率質量関数が完全に一致します。連続と離散を同じ言葉で扱える。それがこの定理の効き目です。
灰色の土台は動きません。赤い密度が上下するのに合わせて、青の測度だけが形を変えます。
連鎖律
3 つの測度が と並んでいるとき、密度は掛け算でつながります[3]。
等号は について概収束の意味です。記号の見た目どおりに約分できる、と覚えられます。
と が互いに絶対連続なら、逆数の規則も成り立ちます。
例:平均をずらした正規分布
をルベーグ測度、 を標準正規分布、 を平均 の正規分布とします。ルベーグ測度に対する密度は両方とも分かっています。
連鎖律を割り算の形で使うと、 の に対する密度が出ます。
指数の肩を展開すれば、たしかに と合います。統計で尤度比と呼んでいる量そのもの。
σ 有限性を外すと定理が壊れる
のボレル集合族に、数え上げ測度 とルベーグ測度 を入れます。
となるのは のときだけなので、 が成り立ちます。ところが密度は存在しません[4]。
背理法で見ます。密度 があれば、1 点集合について次が成り立つはず。
すべての で となるので は零測度になり、 に反します。 が 有限でないことが効いています。
絶対連続でも密度が可積分とは限らない
密度の存在と、密度が に入ることは別です。 が有限でなければ、 の積分も有限になりません。
さきほどの がその例。密度 は存在しますが、 の上で可積分ではない。
が有限測度のときにかぎり、密度は の元になります。
上で が成り立ち、それでも密度 が存在しないのはどの場合ですか。
- がルベーグ測度で が正規分布のとき
- が数え上げ測度で がディラック測度のとき
- が数え上げ測度で がルベーグ測度のとき
- がルベーグ測度で がその 2 倍のとき
確率論での顔
条件付き期待値は、ラドン・ニコディム微分として定義されます。部分 加法族の上で測度を作り、その密度をとる形。
尤度比、重要度サンプリングの重み、ギルサノフ変換の指数因子も、すべて の別名です[2]。
情報量の側でも顔を出します。カルバック・ライブラー情報量は の に関する積分として書けます。











数え上げ測度は R の上で σ 有限ではありません。密度があるとすると 1 点集合の値から f≡0 が出てしまい、ν が零測度になって矛盾します。