加群の定義と性質|線形空間との違い・基底がとれない例・構造定理
可換環 とアーベル群 があり、 の元と の元に積 が定まっているとします。この積が次の 4 つを満たすとき、 を 加群という。
ここで と は の元、 と は の元です。はじめの 3 つは分配則と結合則、最後の 1 つは単位元が何もしないという約束。
環が単位元を持たないときは 4 つ目を落とす。単位元があって 4 つ目まで満たすものを単位的加群と呼び分け、この記事では単位元のある可換環だけを扱う。
見た目は線形空間の定義とまったく同じです。違うのは係数の集まりが体ではなく環だという一点だけ。その一点が、このあと何度も効いてくる。
環が体なら線形空間に戻る
が体のとき、 加群は線形空間そのものです。公理に足すものも削るものもない。
体では でない元がすべて逆元を持つ。ここから、基底がかならずとれる、次元が一つに定まる、部分空間には補空間がある、といった性質が芋づる式に出てきます。
環には逆元がないので、その芋づるが途中で切れる。何が残って何が消えるのかを先に並べておくと、加群を読むときの見当がつきます。
基底がかならずとれる。次元が一つに定まり、部分空間はいつでも直和因子になる
基底があるとは限らない。階数の定まらない環もあり、部分加群が直和因子になるとも限らない
消えるものが多いように見えて、実際には計算の道具がほとんど残ります。準同型も剰余も生成も、線形代数と同じ形で使える。
整数環の上の加群はアーベル群
を整数環 にとると、加群という言葉の広さが見えてくる。アーベル群 には、整数倍がはじめから備わっているからです。
が正なら を の 個の和と定め、、 が負なら とする。この定め方は 4 つの公理をすべて満たします。
しかも、これ以外の定め方はない。 と分配則から が決まり、あとは順に値が押し出されていくためです。
つまり 加群とアーベル群は同じもの。加群の言葉で示した事実は、そのままアーベル群の事実になる。
環は自分自身の上の加群
自身も 加群です。環の積をそのまま係数倍と見るだけで、公理は分配則と結合則からただちに従う。
この見方をすると、 の部分加群がちょうど のイデアルになる。イデアルとは、 を 加群と見たときの部分加群のことです。
同じ集合でも、どの環の上の加群と見るかで景色が変わる。よく出てくる組み合わせを並べておきます。
| 係数の環 | その上の加群 | 別の呼び名 |
|---|---|---|
| 体 | 加群 | 線形空間 |
| 加群 | アーベル群 | |
| 加群 | 線形写像つきの空間 |
いちばん下の行は少し唐突に見えるので、理由はあとで見る。係数として何を許すかを変えるだけで、扱える対象が入れかわるところが加群の使いどころです。
部分加群
の部分集合 が加法について部分群であり、さらに と について を満たすとき、 を部分加群という。
確かめる条件は 2 つだけ。空でないこと、そして差と係数倍で外へ出ないことです。
自身と はいつでも部分加群になる。 でない加群で、この 2 つしか部分加群を持たないものを単純加群といいます。
部分加群を集めると、包含について束をなす。共通部分はまた部分加群になり、和 も部分加群です。
例:整数環の部分加群を数え上げる
を 加群と見たときの部分加群は、すべて書き出せます。
を でない部分加群とし、 に入る正の整数のうち最小のものを とする。 の任意の元 を で割ると、商と余りが 、 の形で得られます。
は の元。 の最小性と から が従い、 は の倍数になる。
部分加群は の形に限られます。 とすれば も同じ形に収まり、これらは のイデアルとぴたりと重なる。
生成される部分加群
の部分集合 を含む最小の部分加群を、 が生成する部分加群という。中身は の元の係数倍を有限個だけ足したもの全部です。
右辺が部分加群になることは、足し算と係数倍で形が変わらない点から分かる。 を含む部分加群はこの形の元をすべて含むので、最小であることも同時に出ます。
有限和に限る点が大事。無限個を足す操作は、環にも加群にも用意されていない。
有限生成と巡回加群
有限個の元 で 全体が生成されるとき、 は有限生成であるといいます。生成元が 1 個で足りるものが巡回加群。
有限生成は、 から への全射準同型が存在することと同じ意味になる。 の第 成分だけが の元を へ送れば作れます。
巡回加群は の形にかならず書ける。生成元 について という写像を考えると全射になり、その核 で割ればよいからです。
有限個の元で全体が生成される。 からの全射準同型があることと同じ意味になる。
1 個の元で生成される。かならず の形に書ける。
基底を持つ。生成するだけでなく、一次独立でもある集合がとれる。
3 つは順に強い条件。自由なら有限生成とは限らず、逆に有限生成でも自由とは限らない。
例:多項式環を加群として見る
を と関係のない文字とし、 を係数とする の多項式全体を と書きます。
足し算は同じ次数どうしの係数を足すだけ、係数倍はそれぞれの係数に掛けるだけ。これで は 加群になる。
加群としての は有限生成にならない。有限個の多項式を選ぶと次数に上限ができ、それを超える次数の多項式が線形結合では作れなくなるからです。
生成元は と無限に要ります。この無限個は一次独立なので、 は階数が無限の自由加群になる。
直和と直積
加群の族 について、直積は成分ごとに演算を入れたものです。直和はそのうち、 でない成分が有限個しかない元だけを集めた部分加群。
族が有限個なら 2 つは一致する。差が出るのは無限個のときで、自由加群を組み立てるのに要るのは直和のほうです。
部分加群 と が と を満たすとき、 は内部直和 に分かれる。この分かれ方は、線形空間ほど気軽には起きません。
は の部分加群ですが、 となる がとれない。
でない部分加群は の形なので、かならず と交わってしまうためです。
自由加群と基底
生成もして一次独立でもある集合を、基底という。基底を持つ加群が自由加群です。
一次独立とは、 から が従うこと。線形空間のときと文言は一字も変わらない。
自由加群は のコピーの直和と同型になります。有限個なら で、これを階数 の自由加群と呼ぶ。

でない可換環では、2 つの基底の濃度がかならず一致します。この性質を不変基底数といい、これがあるおかげで階数が一つに決まる。
例:余りの加群には基底がない
を 加群として見ます。 でない元を一つ選び、 とおく。
このとき が成り立ちます。係数の は でないのに関係式ができてしまい、 ひとつでは一次独立にならない。
元をいくつ集めても事情は変わらない。どの元にも を掛ければ になるので、一次独立な部分集合は空集合しかありません。空集合は全体を生成しないので、基底は存在しない。
を 加群として見たとき、一次独立な元はいくつありますか。
- ちょうど 1 個
- ちょうど 2 個
- 1 個もない
- ちょうど 6 個
有限生成でありながら自由でない加群は、こうしていくらでも作れます。線形空間ではありえなかった状況。
ねじれ元とねじれ部分加群
に対し、 となる でない があるとき、 をねじれ元という。さきほどの の元は、 を含めてすべてねじれ元です。

が整域であれば、ねじれ元の全体は部分加群になる。 と から が出て、 が でないことに整域性を使います。
整域でない環では、この集合が部分加群にならないことがある。零因子どうしを掛けると になり、係数が消えてしまうためです。
基底を持つ加群にねじれ元はない。 を基底として を でない で消すと、 がすべての で成り立ち、整域なら が従うからです。
例:有理数全体は階数を持たない
を 加群として見ます。ねじれ元は しかないので、さきほどの障害は起きない。
それでも基底はとれません。 でない つの有理数 と をとると、整数 と で となるものがある。
は自明でない関係式なので、 個以上の元は一次独立になりません。かといって 個では生成できない。
の整数倍だけでは分母の増えた数に届かないからです。一次独立な集合は 元集合に限られ、そのどれもが生成の役目を果たせない。
同じ現象は十進小数の全体でも起きる。英語版の Module (mathematics) では、基底も階数も持たない例として挙げられています。
例:生成元が 2 つ要るイデアル
の中で、定数項が偶数の多項式全体を とします。 と書ける のイデアルで、 加群と見れば部分加群。
は 1 個では生成できない。 とすると は を割るので か ですが、 なら となって定数項が奇数になり、 なら を作れないからです。
では 2 個なら基底になるかというと、そうはいかない。 の でない元 と には という関係式があり、係数の と は でないためです。
は整域なので、 にねじれ元はない。ねじれがなくても自由とは限らない例で、英語版の Free module では単項イデアル整域でない環のイデアルとして挙げられています。
準同型と剰余加群
加群 から への写像 が を満たすとき、 を準同型という。線形写像と同じ条件です。
核 は の部分加群、像 は の部分加群になる。確かめる作業は線形代数のときと変わりません。
部分加群 があれば、剰余加群 が作れる。加法群としての剰余群に で係数倍を入れるだけで、代表元のとり方によらないことも分配則から出ます。
準同型定理も同じ形。
群のときと同じ道具立てが、係数倍のぶんだけ増えて動く。これが加群を扱いやすくしている理由です。
例:多項式環上の加群は線形写像そのもの
体 上の線形空間 と、その上の線形写像 を用意します。この組から 加群が作れる。
多項式 と に対して と定めるだけ。 であり、 を掛けることが を施すことにあたります。
逆に 加群 があれば、 は に含まれるので は 線形空間になり、 を掛ける操作が線形写像 を与える。
この行き来は一対一で、組 と 加群は同じものを別の言葉で言っただけです。線形写像の分類を加群の言葉に翻訳できるので、標準形の議論を環の構造から導ける。
有限生成でも部分加群は有限生成とは限らない
線形空間では、部分空間の次元が全体を超えることはありません。加群ではこの安心が失われる。
可算無限個の変数を持つ多項式環 をとります。 自身は で生成されるので、 加群として有限生成。
定数項が の多項式全体を とすると、 は の部分加群になる。ところが は有限生成ではありません。
有限個の多項式に現れる変数は有限個なので、そこに出てこない を作れない。この例は 英語版の Finitely generated module に挙げられています。
すべての部分加群が有限生成になる環をネーター環といい、この はネーター環ではない。逆にネーター環の上でなら、部分加群の有限生成性が保証されます。
単項イデアル整域の上では見通しがよい
係数の環を絞ると、状況は一気に整理されます。
係数の環が 単項イデアル整域 であれば、有限生成加群の形はすっかり決まります。整数環と、体上の一変数多項式環がその例です。
すべてのイデアルが 1 個の元で生成される整域のこと。
このとき有限生成加群 は、自由な部分とねじれの部分の直和に分かれる。
はねじれ部分加群で、有限個の の直和になります。 は自由な部分の階数。
英語版の Torsion (algebra) にあるとおり、この環の上では有限生成でねじれのない加群がかならず自由になる。 や のような例は、ここでは起きません。
に当てはめると、有限生成アーベル群の形が読める。 と有限巡回群の直和という、群論でよく見る形です。
に当てはめれば、線形写像の標準形が出てくる。同じ定理が、係数の環をとりかえるだけで別々の主張になります。










どの元 e にも 6e=0 が成り立ちます。係数が 0 でないのに関係式ができるので、一次独立な元は存在しません。