正規部分群と商群とは?定義・例・直感をわかりやすく解説
正規部分群は、群を「粗く見る」ための商群を作れるかどうかを分ける、特別な部分群である。ふつうの部分群では、剰余類に自然な積を入れようとしても矛盾が生じてしまう。ところが正規部分群なら、その障害が消え、剰余類全体がふたたび一つの群になる。この商群を通して、大きな群を小さな群へ潰して眺めたり、群を単純な部品へ分解したりできる。正規部分群と商群は、群の構造を解析する道具立てのなかで、もっとも基本的な一組である。
剰余類と「粗く見る」
部分群 が与えられると、 は による剰余類 たちにきれいに分割される。異なる剰余類は交わらず、どの元もちょうど一つの剰余類に属す。剰余類 を一つのかたまりとみなし、その中の違いを無視してしまえば、群を粗い解像度で眺めることになる。この粗視化を演算ごと引き継いだものが商群である。
いちばんなじみ深い例が 、すなわち時計の計算である。整数全体 を の倍数の集合 で分割すると、 で割った余りが同じ整数どうしが一つのかたまりになる。 時間の時計なら、 時も 時も 時も「 時」という同じ剰余類に落ちる。 の倍数の違いを無視する、というのがまさに粗く見る操作で、その結果が位数 の商群 である。問題は、どんな部分群でもこの粗視化が演算とうまく両立するとは限らない、という点にある。
正規部分群の定義
部分群 が正規部分群であるとは、任意の に対して が成り立つことをいう。 と書く。ここで は、 の各元を で共役した集合である。
同値な言い方として、任意の と に対して という条件がある。つまり の元を、群のどの元で共役しても の外へ出ていかない、ということである。共役は別の元の視点から見たときの姿にあたるので、正規部分群とは、どの元から眺めても同じに見える部分群だと言える。
なぜ「正規」でなければならないか
なぜこの条件が必要なのかは、剰余類の積を定めようとするとわかる。二つの剰余類 と の積を と決めたいが、 という同じかたまりは 以外の代表でも書ける。代表の取り方を変えても積が同じかたまりに落ちてくれなければ、演算として意味をなさない。
この代表によらないという条件が、ちょうど正規性と一致する。、すなわち任意の で が成り立つとき、左剰余類と右剰余類が一致し、代表をずらしても積の行き先が変わらないことが保証される。正規でない部分群では左右の剰余類がずれてしまい、積が代表の取り方に依存して定まらない。正規性は、粗視化を演算ごと矛盾なく行うための、ぎりぎり必要な条件なのである。
同値な条件
正規部分群には、見かけの違う言い換えがいくつもある。次の条件はすべて同値である。
条件 2 は、左剰余類と右剰余類が集合として一致することを述べている。条件 3 は、定義の等号を包含だけに弱めたもので、有限群では両者が同値になる。とくに重要なのが条件 4 で、正規部分群とは何かの準同型の核にほかならない、という事実である。核は必ず正規で、逆にどんな正規部分群もある準同型の核として現れる。この視点は後の自然な準同型の節で効いてくる。
正規部分群の例
正規部分群の例は、身近なところにいくらでもある。まず、可換群ではすべての部分群が正規である。 と、共役しても元が動かないからである。だから や の部分群は、考えるまでもなく正規になる。
非可換群でも、標準的な正規部分群がたくさんある。対称群 の中の交代群 は、符号写像の核 なので正規である。一般線型群 の中の特殊線型群 も、行列式という準同型の核として正規になる。どんな群でも、その中心 は正規部分群であり、そもそも準同型の核はつねに正規である。核として現れる部分群を探せば、正規部分群はいくらでも見つかる。
正規でない部分群の例
いっぽう、正規でない部分群もふつうに存在する。もっとも小さな例が、三次対称群 の中の である。これが正規かどうかは、 の元を他の元で共役してみればわかる。 で を共役すると、次のようになる。
結果の は に入っていないので、 は正規部分群ではない。 を の視点から眺めると別の部分群 に見えてしまう、というわけである。正規かどうかで、部分群の様子はこれだけ変わる。
どの元で共役しても自分自身に戻る。左右の剰余類が一致し、商群を作れる。 の が例。
ある元で共役すると別の部分群に化ける。左右の剰余類がずれ、商群を作れない。 の が例。
指数 2 の部分群は正規
正規性を確かめる強力な近道が、指数の議論である。部分群 の指数 が なら、 は自動的に正規部分群になる。理由は剰余類の数え方にある。指数が なら左剰余類は と、残り全部を集めた の二つしかない。右剰余類も同じく と の二つで、両者は完全に一致する。左右の剰余類がそろうので、 は正規である。
この事実だけで、多くの正規部分群がただちに説明できる。交代群 は の中で指数 、すなわち偶置換と奇置換の二分なので正規、正 角形の二面体群 の中の回転群も指数 、回転と鏡映の二分なので正規である。共役を一つずつ計算しなくても、半分を占める部分群は必ず正規だ、と言い切れる。
商群の構成
が正規なら、剰余類全体に演算を入れて群にできる。剰余類の集合 に、次の積を定める。
この積のもとで は群になり、これを の による商群という。単位元は 自身()、 の逆元は である。もとの群 の演算を、剰余類というかたまりの上へそのまま持ち上げた形になっている。
演算が矛盾なく定まる理由
この積が代表の取り方によらないことを、正規性を使って確かめる。、 のとき、 を示せばよい。、()と書ける。
ここで が正規なので であり、 とあわせて となる。したがって は に の元をかけたものなので、 が成り立つ。正規性がちょうど の一点で効いていることに注目したい。ここが崩れると、積は代表に依存して定まらなくなる。
商群を計算する
具体的な商群をいくつも計算してみる。もっとも基本的なのが で、 を正規部分群 で割ったもの、すなわち で割った余りの世界である。位数は になる。
対称群では が成り立つ。剰余類は偶置換の集まり と奇置換の集まり の二つで、偶と奇の掛け算の規則がそのまま位数 の群を与える。もう少し込み入った例では、 の中のクラインの四元群 が正規で、商群 は位数 の と同型になる。連続群でも同じ発想が働き、 は行列式が乗法群 を動くことに対応し、実数の加法群を整数で割った は一周の長さ の円周群になる。
商群の位数
商群の大きさは、もとの群と部分群の大きさから決まる。剰余類の個数がそのまま位数なので、次が成り立つ。
たとえば 、、 である。ラグランジュの定理から は を割り切るので、この商はつねに整数になる。粗く見ることで群が何分の一に縮むかが、この一本の式で読める。
理解の確認
の部分群 は正規部分群だろうか。
- 正規である。位数 の部分群はつねに正規だから
- 正規でない。 が の外に出るから
- 正規である。 は位数が小さく単純だから
自然な準同型と核
商群には、もとの群からの自然な写像がついてくる。 を で定めると、これは全射準同型であり、その核は になる。この を標準射影、あるいは自然な準同型という。粗視化 が、そのまま準同型になっているわけである。
この事実は、同値条件の四つ目と表裏一体である。どんな正規部分群 も、自然な準同型 の核として実現される。逆に準同型の核は必ず正規だった。したがって、正規部分群であることと、ある準同型の核であることは、完全に同じことなのである。正規部分群を探すことは、 から出ていく準同型を探すことと言い換えられる。
第一同型定理への入り口
正規部分群・商群・準同型の三つを一本に束ねるのが、第一同型定理である。準同型 があると、その核 は の正規部分群で、像 は の部分群になる。このとき次の同型が成り立つ。
言葉でいえば、 で潰れてしまう部分である核を先に割ってしまえば、残りはちょうど像とぴたり一致する、ということである。たとえば符号写像 に当てはめると、核が 、像が なので がただちに出る。行列式 なら である。個別に確かめた商群の同型が、すべてこの一つの定理から流れ出てくる。
中心と交換子群
群には、自然に現れる正規部分群がいくつもある。代表的な三つを挙げておく。
すべての元と可換な元の全体 。共役で動かないので必ず正規になる。
の形の元が生成する部分群。群の非可換性を測る部分群で、つねに正規になる。
任意の準同型 の核 。正規部分群はすべてこの形で得られる。
とりわけ交換子群は、商群 を作ると必ず可換群になるという、際立った性質をもつ。この商をアーベル化といい、 を可換群として見たときのいちばん粗い姿を与える。非可換な群から可換な情報だけを取り出す標準的な方法として、いたるところで使われる。
正規部分群どうしの演算
正規部分群は、集合演算のもとでも閉じている。 ならば、共通部分 も、積 も、ともに の正規部分群になる。共役が各因子に分配されるので、正規性がそのまま保たれるからである。
部分群と正規部分群が混じる場合も、きれいな関係がある。 と に対して、積 は の部分群になり、 は の正規部分群になる。これらは、いくつかの正規部分群から新しい正規部分群を組み立てるときの基本操作であり、同型定理の証明でもくり返し使われる。
単純群
正規部分群を通して群を割っていくと、それ以上は割れない群にたどり着く。 が単純群であるとは、 の正規部分群が自明な と 自身の二つしかないことをいう。正規部分群がないので、これ以上まともに潰す余地がない、いわば群の原子である。
もっとも簡単な例は、素数位数の群である。位数が素数 の群は、ラグランジュの定理から自明な部分群しかもたず、したがって単純になる。非可換な単純群の代表が、五次以上の交代群 である。 が単純であることは、五次方程式が一般には冪根で解けないという、ガロア理論の核心的な事実の裏づけになっている。あらゆる有限群は、こうした単純群を部品として組み上げられており、単純群の分類は二十世紀の群論の一大事業となった。正規部分群と商群は、その分解をささえる、もっとも基本的な足場なのである。











H の元 (1 2) を (1 2 3) で共役すると (2 3) になり、これは H に入らない。共役で外へ出る元があるので H は正規ではない。位数が 2 でも指数は [S3:H]=3 なので、指数 2 の議論も使えない。指数 2 なら正規になるが、位数 2 は正規性とは無関係である点に注意したい。