群を距離空間として見る〜Cayley グラフと球の育ち方
群の元を点に、生成元を掛ける操作を辺にすると、群が図形になります[1]。
は直線、 は方眼、 は輪、 生成の自由群は木。図形の形を見ると、群の性質が距離や広がり方として現れます。
定義
群 と部分集合 に対し、次の有向グラフを作ります[1]。
が を生成するとき、これを に関するケイリーグラフといいます[1]。
は長さ の輪、 は両側に無限に伸びる道です[1]。
は方眼になります。 生成の自由群では、生成元と逆元の 4 方向へ枝分かれし続ける木になる。
生成系で形が変わる
同じ群でも、生成系を替えると別の形になります[1]。
を で見れば長さ の輪です。 を使うと、向かい合う頂点を結ぶ辺が増えます[1]。
を で見れば直線ですが、 で見ると幅を持ったはしごのような形になります。生成系は群が決めるものではないので、形は 1 つに定まりません。
群が自分のグラフに作用する
を左から掛ける操作は、ケイリーグラフの自己同型です。辺 が辺 へ移るためです。
この作用は可移で自由です。 となるのは のときだけ。
だからケイリーグラフは、どの頂点から見ても同じ形をしています。原点にあたる単位元に特別な役目はありません。
グラフの側からも同じことが言えます。群が自己同型として自由かつ可移に作用するグラフは、その群のケイリーグラフになる。図形と群が対応します。
語が閉じた道になる
生成元の語は、単位元から出発する道に対応します。 という語は、辺を 本たどる道です。
語が単位元を表すことは、道が出発点へ戻ることと同じ。だから群の関係式は、グラフの閉じた道として見えます。
自由群のケイリーグラフが木になるのは、閉じた道がないからです[1]。関係式がないことが、図形の側では「輪がない」という形で現れます。
語の距離
グラフに距離を入れます。 の語ノルム を、 を表す最短の語の長さとします[2]。
これが群の上の距離になります[2]。 から三角不等式が出て、 は と同じ。
同じものを、ケイリーグラフの各辺に長さ を与えて測っても得られます[2]。頂点どうしの距離は、それらを結ぶ道の長さの最小値です。
3 つの性質が成り立ちます[2]。左から掛ける操作が等長になること。任意の 2 点の距離が実際の道で実現されること。 が有限なら、半径を決めた球に有限個の元しか入らないこと。
生成系を替えても比は有界
距離は生成系に依存します。それでも、2 つの有限生成系から来る距離は定数倍の範囲に収まります[2]。
と を有限生成系とします。各 は 上の語で書けるので、その長さの最大値を と置きます。
上のどんな語も 上の語に書き換えられ、長さは高々 倍になる。だから です[2]。
逆向きも同じ議論で出ます。 をとれば
が成り立ちます[2]。細かい形は生成系で変わっても、大きく見たときの形は変わらない。この考え方が幾何学的群論の出発点になります。
球の育ち方
単位元を中心とする半径 の球の大きさを と書き、増大度関数といいます[2]。
では です。 で 、 で 、 で と、 の速さで増えます。
生成の自由群では、半径 の球面が 個。合計すると で、指数関数の速さです。
増大度の型も生成系によりません[2]。ある生成系で多項式なら、どの生成系でも同じ次数の多項式になります。
だから「多項式増大」「指数増大」は群の性質として意味を持ちます[2]。
グラフの形そのもの、辺の本数、距離の値
距離の比が有界であること、増大度の型、群が図形として持つ大きな構造
多項式増大の正体
有限生成の冪零群は多項式増大です。Wolf が 1968 年に示しました[2]。
逆も成り立ちます。Gromov が 1981 年に、多項式増大の有限生成群は概冪零だと証明しました[2]。有限指数の冪零部分群を持つ、という意味です。
「概」を落とせません[2]。冪零でないのに冪零な有限指数部分群を持つ群があるためです。
増大度という幾何の量が、冪零性という代数の性質を言い当てる。ケイリーグラフを見ることに意味がある、といういちばん強い例になっています。
あいだの速さ
多項式と指数のあいだはあるのか。Milnor が立てたこの問いは、長く開いていました[2]。
線型群では中間はありません。Tits の二者択一からです[2]。可解群でも中間はなく、Milnor と Wolf の結果から多項式か指数のどちらかになります[2]。
Grigorchuk が 1983 年に、中間増大の群を作りました[2]。多項式より速く、指数より遅い。
Dehn の Gruppenbild
この図形を最初に使ったのは Dehn です[3]。判定問題を考えるときに、Gruppenbild と呼ぶ図を描いていました[3]。
いまの言葉でのケイリーグラフです。頂点が群の元、辺が と を結ぶもので、辺には色が付けられます[3]。
Dehn は曲面群の語の問題を、この図の上で解きました。代数の問題を図形の問題に置き換える、という方針がすでにここにあります。
群 の 2 つの有限生成系 と から作った語の距離について、正しいのはどれですか。
- 生成系が違えば距離は無関係なので、比べられない
- ある定数 があって、比が 倍の範囲に収まる
- 生成系によらず距離はまったく同じになる
ケイリーグラフは、群を距離空間として扱うための入口です。生成系を選ぶと形が決まり、選び直すと形は変わる。それでも定数倍の範囲でしか変わらないので、大きく見たときの性質だけが群の不変量として残ります。












S の各元を T 上の語で書いたときの長さの最大値を C1 とすると、S 上の語は高々 C1 倍の長さの T 上の語に書き換えられます。逆向きも同じなので、2 つの距離は定数倍の範囲に収まる。値そのものは一致しませんが、大きく見たときの形は変わりません。