ハウスドルフ空間でない位相空間の例|密着位相からザリスキー位相まで
ハウスドルフ空間とは、異なる 2 点を交わらない開集合で分けられる空間のことです。
この条件を満たさない空間は珍しくありません。位相を粗くすれば開集合が足りなくなりますし、貼り合わせや商を取る操作でも簡単に壊れます。
以下では非ハウスドルフの例を、粗い位相から自然に現れるものまで順に並べ、そのうえで何が壊れるのかを確かめます。
例:密着位相
いちばん単純な例は、開集合が と全体しかない空間です。
に対して開集合の族を とします。 を含む開集合は だけ、 を含む開集合も だけです。
交わらない 2 つを選びようがないので、ハウスドルフではありません。それどころか、 と を区別する開集合すら存在しません。
2 点を位相の言葉で区別できないこの状態を、 公理が破れているといいます。
例:シェルピンスキー空間
区別はできるが分離はできない、という中間の例があります。
に対して、開集合の族を とします。 を含む開集合には がありますが、 を含む開集合は だけです。
は を含まないので、2 点は位相的に区別できます。しかし の近傍が しかないので、分離はできません。
この空間はシェルピンスキー空間と呼ばれ、 ではあるがハウスドルフでない最小の例になっています。
例:有限補位相
もっと自然な形の例に移ります。無限集合の上で、閉集合を有限集合と全体に限る位相です。
とします。開集合は と、有限個の点を除いた集合です。
1 点集合は有限なので閉集合です。したがってこの空間は を満たします。
ところが異なる 2 点 を取ると、 を含む開集合 も を含む開集合 も、有限個を除いた無限集合です。無限集合から有限個ずつ取り除いても交わりは残ります。
でありながらハウスドルフでない、という例になっています。分離公理の階層で、ちょうど 2 つの段の間に入ります。
異なる 2 点それぞれについて、一方だけを含む開集合が取れる。1 点集合が閉であることと同値
異なる 2 点を、交わらない 2 つの開集合で分けられる。 より真に強い
例:ザリスキー位相
代数幾何で使う位相も、ハウスドルフではありません。
アフィン直線 を複素数全体と見ます。ザリスキー位相では、閉集合を多項式の零点集合、つまり有限集合と全体に取ります。
これは有限補位相そのものです。したがって前の節と同じ理由で、ハウスドルフになりません。
高次元でも事情は変わりません。 の空でない開集合は稠密なので、2 つ取れば必ず交わります。
代数幾何がハウスドルフ性を要求しないのは、この位相を使う以上どうにもならないからです。分離の議論は、別の条件に置き換えて行われます。
例:原点を 2 つ持つ直線
貼り合わせで壊す例に移ります。直線の原点だけを 2 つに増やします。
集合として と置きます。開集合は次の 2 種類です。
各点は閉なので です。ところが の近傍と の近傍を取ると、どちらも を抜いた同じ区間を含みます。
したがって交わりは空になりません。 と は分離できません。
<svg viewBox="0 0 460 220" width="100%" style="max-width:460px;display:block;margin:0 auto">
<line x1="70" y1="120" x2="225" y2="120" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1.5"></line>
<line x1="245" y1="120" x2="400" y2="120" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1.5"></line>
<line x1="175" y1="120" x2="225" y2="120" stroke="#9a9a9a" stroke-width="3"></line>
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<circle cx="235" cy="100" r="4" fill="#1b81e0"></circle>
<circle cx="235" cy="140" r="4" fill="#d0562a"></circle>
<text x="55" y="26" font-size="11" fill="#1f1f1f">原点だけを 2 つに増やした直線</text>
<text x="302" y="96" font-size="11" fill="#1b81e0">一方の原点の近傍</text>
<text x="302" y="152" font-size="11" fill="#d0562a">もう一方の原点の近傍</text>
<text x="244" y="104" font-size="11" fill="#1b81e0">原点 1</text>
<text x="244" y="144" font-size="11" fill="#d0562a">原点 2</text>
<text x="55" y="196" font-size="11" fill="#9a9a9a">太い部分は両方の近傍に入る。交わりは空にならない</text>
</svg>この空間は、各点のまわりが直線と同じ形をしています。多様体の定義からハウスドルフ性を外すと、こういうものが入ってきてしまいます。多様体の定義にハウスドルフ性を書き込むのは、これを排除するためです。
例:平面の 1 本の直線を 2 本にする
同じ操作を平面で行います。 軸だけを 2 枚に増やします。
を 軸とし、集合として と置きます。軸を外した部分は 1 つだけで、2 枚に増やすのは軸そのものだけです。
の点 の近傍は、 のまわりの円板から軸を抜いたものに、 の側の線分を足したものとします。
の近傍と の近傍は、どちらも軸を抜いた円板の部分を共有します。したがって分離できません。
2 枚の半平面を境界で貼り合わせただけでは、この現象は起きません。軸から離れた点まで共有していることが効いています。
例:商空間はすぐ壊れる
商を取る操作は、ハウスドルフ性を保ちません。極端な例を作ります。
の上で、差が有理数である 2 点を同一視します。商集合を と書きます。
商位相で開になるのは、もとの空間の開集合のうち、同一視で閉じているものの像です。 の空でない開集合は区間を含み、そこに有理数を足していくと 全体になります。
したがって商空間の開集合は と全体だけです。密着位相になり、 ですらありません。
もとの は距離空間で、分離公理をすべて満たします。それでも商を取ると何も残りません。
有限集合の上ではほとんど起きない
逆に、有限集合の上ではハウスドルフ性が強すぎる条件になります。
命題。有限なハウスドルフ空間は離散空間です。
証明。 を固定します。各 について、 を含む開集合 と を含む開集合 で交わらないものを取ります。
が有限なので は有限個です。有限個の開集合の交わりは開なので、次の集合は開です。
は を含みます。各 について なので、 です。したがって となり、1 点集合が開になります。
すべての 1 点集合が開なら、あらゆる部分集合が開です。つまり離散空間です。
離散でない有限空間はすべてハウスドルフでない、ということになります。シェルピンスキー空間はその最小の例でした。
何が壊れるのか:極限が一意でなくなる
ハウスドルフ性が効いているのは、極限の一意性です。
原点を 2 つ持つ直線で、数列 を考えます。 のどの近傍もこの数列の項をいずれ全部含むので、 です。
同じ理由で も成り立ちます。1 つの数列が 2 つの点に収束しています。
ハウスドルフ空間なら、こうはなりません。極限の候補が 2 つあれば交わらない近傍で分けられ、数列がその両方に入ることはできないからです。
「極限は 1 つに決まる」という当たり前に見える性質は、ハウスドルフ性に支えられています。
何が壊れるのか:コンパクトでも閉とは限らない
もう 1 つ壊れるのが、コンパクト集合が閉であるという性質です。
有限補位相を入れた を考えます。任意の部分集合 はコンパクトです。開被覆から 1 枚選べば有限個の点しか残らず、その各点を 1 枚ずつ足せば有限部分被覆になるからです。
ところが が無限の真部分集合なら、閉集合ではありません。この位相の閉集合は有限集合と全体に限られるからです。
ハウスドルフ空間では、コンパクト集合は必ず閉になります。証明にはまさに分離が使われます。
収束先は 1 つに決まる。コンパクト集合は閉である。コンパクト集合と交わらない点は、開集合で分けられる。
数列が複数の点に収束しうる。コンパクトでも閉とは限らない。極限を取る議論が、そのままでは通らなくなる。
対角線による言い換え
ハウスドルフ性は、積空間の言葉で 1 行にまとまります。
命題。 がハウスドルフであることと、対角線 が の閉集合であることは同値です。
証明。 が閉であることは、補集合が開であることと同じです。補集合が開とは、 となる各点 に対して、 と交わらない基本開集合 が取れることです。
が と交わらないことは、 と同じです。したがって条件全体が、ハウスドルフの定義そのものになります。
分離という点ごとの条件が、積空間の 1 つの集合が閉であるという条件に化けます。この言い換えは、写像の一致集合が閉であることを示すときによく使われます。
有限補位相を入れた について、正しいものはどれですか。
- でもハウスドルフでもない
- だがハウスドルフでない
- ハウスドルフだが正規でない
保たれる操作と保たれない操作
ハウスドルフ性は、部分空間と直積では保たれます。商では保たれません。
部分空間の場合は、もとの空間で分離する開集合を交わりに落とせば済みます。直積の場合は、片方の座標で分離しておいて、その逆像を取ればかまいません。
商が保たない理由は、開集合を減らす操作だからです。同一視で閉じた開集合しか残らないので、分離に使える材料が減ります。
商空間がハウスドルフになる条件は別に調べる必要があります。同値関係のグラフが積空間で閉であることが、必要条件として知られています。










1 点集合は有限なので閉であり、T1 を満たします。一方で 2 つの空でない開集合はどちらも有限個の点しか除いていないので、必ず交わります。