距離がなくても「近い」は決められる - 位相空間の定義と例
集合 の部分集合をいくつか選び、「これを開集合と呼ぶ」と宣言する。選び方が 3 つの条件を満たすとき、その族を の位相と呼びます[1]。
距離は出てきません。にもかかわらず、連続写像も収束も閉包も、この 3 条件だけで語れる。何を近いと見なすかを、距離ではなく開集合の選び方で決める仕組みです。
位相とは開集合の族のこと
の部分集合からなる族 が次を満たすとき、 を 上の位相といいます。
の元を開集合、組 を位相空間と呼びます[1]。
和のほうは無限個でもよく、交わりのほうは有限個まで。この非対称が定義の要になります。
有限交叉に限る理由
無限個の共通部分まで許すと、開集合であってほしくないものが開集合になってしまいます。
実数直線で をとります。どれも開区間なので開集合です。
一点集合 が残る。ところが は開区間を含まないので、実数直線の開集合ではありません。
有限個なら、いちばん狭い区間がそのまま共通部分になるので開集合のまま。無限個だと「いちばん狭い」が存在しません[1]。
例:3 点集合に入る位相
で、どの族が位相になるかを見ます。 と は必ず入れておく。

が落ちるのは、 が族にないためです。
も落ちる。共通部分の が足りません。
点が 3 つでも位相の入れ方は何通りもあります。有限集合の上に何個の位相が入るかは、小さい についてしか分かっていない[1]。
例:離散位相と密着位相
どんな集合にも、両極端の位相が 2 つ入ります。
すべての部分集合を開集合とすると離散位相。どの点も単独で開集合になるので、点どうしはすべて離れています。
と だけを開集合とすると密着位相。開集合が粗すぎて、2 点を区別する手立てがありません。
開集合はべき集合すべて。どの 2 点も引き離せる
開集合は と の 2 つだけ。どの 2 点も引き離せない
この 2 つのあいだに、ほかのすべての位相が並びます。
距離があれば位相が決まる
距離空間 では、開球 が使えます。
が開集合であるとは、 のどの点 に対しても、 となる があること。

こうして集めた族は 3 条件を満たします。距離が位相を誘導するという言い方をする[1]。
ユークリッド空間 の標準的な位相も、この手順で作られたものです。
距離は位相からは戻らない
距離から位相は作れますが、位相から距離は復元できません。
と は違う距離ですが、開球の族が生む開集合は同じ。同じ位相を与える距離はいくらでもあります[1]。
距離は「どれだけ近いか」を数で答え、位相は「近いか離れているか」だけを集合の形で答えます。
数の情報を捨てているので、位相から距離へ戻る道はふさがっている。
距離が入らない位相もある
に を入れます。シェルピンスキー空間と呼ばれる 2 点空間です[1]。
は開集合ではありません。 を含む開集合は だけなので、 のどんな近くにも が入ってしまう。
距離空間なら として が開集合になるはず。ならないので、この位相を生む距離は存在しません。
密着位相も同じ理由で距離化できない。位相空間のほうが距離空間より広い枠組みだと分かります。
閉集合は補集合で決まる
が閉集合であるとは、 が開集合であることをいいます。
補集合をとる操作で、開集合の 3 条件はそのまま裏返る。閉集合は無限個の共通部分について閉じ、有限個の和について閉じます。
開集合は無限個の和で閉じる
補集合をとる
閉集合は無限個の交わりで閉じる
どちらの言葉で位相を定めても同じものが決まります。開集合の族を与えるか、閉集合の族を与えるかは書き方の違い。
開かつ閉があってよい
と は、いつでも開集合であり閉集合でもあります。日常語の「開いている」「閉じている」とは違う使い方です。
離散位相では、すべての部分集合が開かつ閉。開集合と閉集合は反対語ではありません。
開かつ閉の集合が と の 2 つだけしかない空間を、連結な空間と呼びます。数え上げるとそのまま連結性の判定になる。
近傍が「近い」を運ぶ
点 を含む開集合を、 の近傍と呼びます。位相が与える情報は「どの集合が の近傍か」に尽きます[3]。
の近傍がどれも と交わるなら、 は にくっついている。この言い方で閉包も収束も定義できます。
位相空間を最初に公理化したのは 1914 年のハウスドルフで、開集合ではなく近傍のほうに条件を課す形でした[2]。開集合を先に置く現在の書き方は、そのあとに定着したものです[3]。
距離空間なら「半径 の球」という細かさの目盛りがありますが、一般の位相空間には目盛りがない。あるのは近傍の入れ子関係だけです。
位相の細かさを比べる
同じ 上の 2 つの位相 について、 を細かい、 を粗いといいます[3]。
細かい位相は開集合を多く持つので、点を区別する力が強い。いちばん細かいのが離散位相、いちばん粗いのが密着位相です。
| 位相 | 開集合の個数() | 点の区別 |
|---|---|---|
| 密着 | 2 | できない |
| 3 | 一部だけ | |
| 離散 | 8 | すべてできる |
包含で比べるので、どの 2 つの位相も比較できるとは限りません。細かさの順序は半順序どまり。
例:余有限位相
を無限集合とし、 が開集合であることを「 が有限集合、または 」と定めます[1]。
和も有限交叉も条件を保つので位相になります。閉集合はちょうど有限集合と 全体。
この位相では、空でない開集合はどの 2 つも交わります。有限集合を 2 つ除いても無限個の点が残るためです。
で、 は位相ですか。
- 位相である
- 和集合の条件が破れるので位相でない
- 共通部分の条件が破れるので位相でない
開集合を選ぶという一手だけで、近さの言葉が全部使えるようになる。距離を持たない対象にも幾何を持ち込めるところが、この定義の効き目です。











{a}∪{b,c}=X で族の中にあり、{a}∩{b,c}=∅ も族の中にあります。∅ と X も入っているので 3 条件をすべて満たす。この位相では {a} と {b,c} がどちらも開かつ閉になり、空間は連結ではありません。