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極限を使わずに微分をつくる、ケーラー微分の加群

代数幾何には極限がありません。それでも微分は使いたい。そこで微分の性質だけを書き出し、それを満たす最小の道具を作ります[1]。

必要な性質は 3 つです。和を保つこと、係数を消すこと、積でライプニッツ則を満たすこと。

これを満たす を 上の微分といいます。行き先として最も一般的な加群がケーラー微分の加群で、 と書きます。

生成元と関係式で作る

素直な作り方は、記号を並べて関係式で割るものです[1][3]。

の元 ごとに記号 を用意し、 上の自由加群を作ります。そこを次の 3 種類の関係式で割る。

、ただし

関係式は、上に並べた微分の性質をそのまま書き写しただけです。作りたい性質を関係式にして割る、というのは環論でよく使う手口になります。

普遍性

この作り方から、次の対応がただちに出ます[1][5]。

への微分を作る仕事が、 からの準同型を作る仕事に置きかわりました。微分をひとつ作るたびに定義を確かめる手間が消えます。

普遍性で決まるので、 は同型を除いてただ 1 つです。作り方が別でも、同じものが出てくる。

対角線から作る

もう 1 つの作り方は、幾何的な見通しがよいものです[3][4]。掛け算の写像の核を使います。

は積のスキームにあたり、 は対角線を定めるイデアルです。 を で割ると、対角線の 1 次の近傍だけが残ります[3]。

2 点が限りなく近づく状況を、 を捨てることで書いている。極限のかわりに「2 次以上を無視する」という操作を置いた形です。

割り算をしないで接線を作る

微分係数を極限で定めるとき、 点を近づけて割り算をします。 の作り方は、この割り算を避けて同じ情報を拾います。

は 2 点が一致する場所を測る量、 はその 2 乗ぶんのずれです。差の 1 次の項だけを残すと、接線の情報が出てきます。

スキームに移すときも、この見方がそのまま効きます。 は対角射の余法束にあたり、そこから準連接であることが従います[2]。

例:多項式環

いちばん基本の計算です。 なら、 は階数 の自由加群になります[3][4]。

一般の多項式については、偏微分係数を並べた形で書けます。

微積分で習う式と同じものが、極限を 1 度も使わずに出ました。関係式だけで組み立てたので、係数がどんな環でも同じ式が成り立ちます。

商をとると関係式が現れる

のように関係式で割った環では、その関係式の微分が効いてきます[1][3]。

左端の写像は です。図形を定める式を微分したものが、そのまま微分の側の関係式になります。

円 で確かめます。 は と で生成され、関係式が 1 本入ります。

か の少なくとも一方は可逆なので、局所的には階数 の自由加群です。曲線の次元と一致しました。

特異点があると事情が変わります。 の原点では関係式が退化し、局所自由でなくなる。 の壊れ方が、そのまま特異性の目印になります。

合成についての完全列

環の列 があると、次の完全列が出ます[1][3]。

途中の環で測った微分と、全体で測った微分の差が右端に出ます。連鎖律を加群の言葉で書いたものです。

左端が単射になるとは限りません。単射になる条件を調べることが、なめらかさの判定に直結します。

例:標数 p では微分が消える

標数 の体の上で を微分します。ライプニッツ則から となり、係数の が なので式全体が消えます。

に を満たす を添加した拡大では、 が で生成される 1 次元の空間として残ります。代数拡大なのに微分が消えない。

分離拡大なら になります。 が消えるかどうかで、分離的かどうかを判定できる。

標数 で有限生成な拡大 については、 の次元が超越次数と一致します[4]。

分離代数拡大
非分離拡大
超越次数 の拡大(標数 0)

なめらかさとのつながり

であることと、不分岐であることが対応します[3]。微分の自由度がまったく残らない状況です。

有限型の射については、平坦であって が正しい階数の局所自由層になることが、なめらかであることと同値になります[3]。

Ω が消える

不分岐

平坦を足せばエタール

閉点で のファイバーをとると、余接空間が出ます。なめらかな点では次元が図形の次元に等しく、特異点では大きくなる。

なめらかなら は局所自由層、つまり束です。余接束と呼ばれるものがこれにあたります。曲線の場合、その最高次外冪が標準束になり、種数の計算に効いてきます。

層としての性質

スキームの射 に対しても、同じ普遍性で が定まります[2]。

が局所有限型なら は有限型、局所有限表示なら有限表示になります[2]。基底変換とも素直に交換します。

局所化とも交換するので、アフィンでの計算がそのまま貼り合わさります[5]。環のレベルで計算しておけば、スキームの上の話へ持ち上がる。

計算の道具としても扱いやすい。生成元と関係式が具体的なので、定義式さえ書ければ は手で求まります。

よくある誤り

を関数の傾きと思う。値ではなく、加群への写像として定まる
をいつでも自由加群と思う。自由になるのは多項式環のような場合だけ
係数環 を書かずに済ませる。 を変えれば も変わる
を「定数関数しかない」と読む。不分岐という条件であって、関数の個数の話ではない
標数 でも と思う。係数の が消えるので になる
がいつでも単射と思う。単射性はなめらかさに関わる条件
余接空間の次元をいつでも図形の次元と思う。特異点では大きくなる

参考文献

The Stacks Project, Tag 00RM: Kähler differentials(微分・普遍性・基本完全列)
The Stacks Project, Tag 01UM: Modules of differentials(スキーム上の微分の層と対角射の余法束)
Kähler differential - Wikipedia
Kähler-Differential - Wikipedia(ドイツ語)
Différentielle de Kähler - Wikipédia(フランス語)
代数幾何には極限がありません。そこで和を保つ・係数を消す・ライプニッツ則を満たすという 3 つの性質だけを関係式に書き写し、それを満たす最小の加群を作ります。掛け算の写像の核を 2 乗で割る作り方をとると、対角線の 1 次の近傍を見ていることがはっきりする。多項式環での計算、定義式の微分が関係式として現れる仕組み、標数 p で微分が消える例、不分岐や滑らかさとの対応まで扱います。