エタール射と滑らかな射〜逆写像定理が使えない世界の局所同型
微分幾何の局所同相、複素解析の分岐のない被覆、整数論の不分岐拡大。この 3 つに対応する概念が、代数幾何ではエタール射です[1]。
なめらかな多様体のあいだの写像 について、接空間の写像が同型になる点をエタールな点といいます[1]。
すべての点でこれが成り立てば、 はエタールです。逆写像定理が使えそうな状況、と言いかえられます。
ところが代数幾何では、その定理が成り立ちません。ここが話の中心になります。
ヤコビ行列で判定する
から への写像なら、判定は行列式ひとつで済みます[1]。
接空間の写像がヤコビ行列そのものなので、階数が であることと同型であることが一致します。
一般の状況も同じ形に落ちます。 と書けているとき、ヤコビ行列式が消えないことがエタール性の条件です[1]。
例:1 変数の被覆
もっとも見やすい例を挙げます。 上で をとり、 と置きます[1]。
点 の上にある の点は、 の根 です。このとき が でエタールになるのは、 が単根のときに限ります。
重根のところで壊れる。重なった根は、動かすと分かれてしまうためです。
局所的には、エタール射はすべてこの形をしています[1]。標準エタールと呼ばれ、 が可逆になるように局所化した として書けます[3][5]。
から への射がその実例です。 以外では 2 対 1、原点だけで 2 枚がぶつかります[1]。
複素数の上でリーマン面として見ると、2 枚の面が 1 点でつながった形になる。動きながら 1 周すると、別の面へ移ってしまいます[1]。
逆写像定理が成り立たない
微分幾何なら、エタールな点のまわりで写像は局所同相になります。ザリスキ位相では、これが破れます[1][2]。
、 を標数 でない体で考えます。ヤコビ行列は なので、 ではエタールです。
それでも、同型を与える空でない開集合の組は存在しません。もし存在すれば関数体の同型が出ますが、 は関数体の同型ではないためです[1]。
原因はザリスキ位相の粗さです。開集合が大きすぎて、平方根を定めるだけの小ささを持てない[2]。
エタールなら局所同相。逆関数がその場で作れる
エタールでも局所同型とは限らない。開集合が大きすぎる
この不便さへの答えが、エタール位相です。開集合による被覆のかわりにエタール射による被覆を許すと、局所同相に近い議論が戻ってきます[2]。
不分岐・平坦・エタール
エタールは、なめらかな射のうち相対次元が のものとしても書けます[2]。有限型の射なら、なめらかかつ準有限であることと同値です[4]。
不分岐(Ω が消える)
平坦を足す
エタール
不分岐だけでは足りません。1 点をとり出す閉埋め込みは不分岐ですが、平坦でないのでエタールになりません。
なめらかな射
なめらかさは、次の 3 条件で定義されます[4]。
なめらかな多様体の平坦な族、という言い方がそのまま定義になっています。相対次元が ならエタールです。
微分の言葉でも書けます。平坦であって が相対次元と同じ階数の局所自由層になることが、なめらかであることと同値です[4]。
ヤコビ判定法もあります。 と書けているとき、 次の小行列式が生成するイデアルが 全体になればなめらかです[4]。

エタール射の例と性質
開埋め込みはエタールです。分離的な有限体拡大もエタールで、 が可逆なときの 乗根をとる被覆もそうなります[2]。
| 開埋め込み | いつでもエタール |
| 分離的な有限体拡大 | エタール |
| ( が可逆) | を除いてエタール |
| 1 点への閉埋め込み | 不分岐だが平坦でない |
| (標数 ) | どこでもエタールでない |
エタール射は合成で閉じ、基底変換で保たれ、しかも開写像になります[3]。平坦性から開性が出るためです。
支配的な射については、関数体が有限分離拡大なら、空でない開集合の上でエタールになります[1]。生成点のあたりでは行儀がよい、という主張です。
局所座標系との関係
なめらかな点 のまわりでは、局所パラメータの組をとると、そのままエタール射が作れます[1]。
は次元で、 は極大イデアルを生成する関数です。座標を選ぶという操作が、アフィン空間へのエタール射を作る操作として書けている。
局所同型にはなりませんが、完備化まで進むと同型になります。なめらかな点の完備局所環は形式的べき級数環と同型で、テイラー展開に対応する言い方が手に入ります[1]。
未解決の問題
から へのエタール射がいつでも同型になるか。これはヤコビ予想と呼ばれ、いまも解けていません[1]。
ヤコビ行列式がどこでも消えないなら、それは零でない定数になります。そこから逆写像の存在まで進めるかどうかが問われている。
複素数体で の場合すら決着していません。証明が何度も発表されては誤りが見つかっており、見た目より難しい問題として知られています[1]。









