平面をつないでも曲面にならない、フロベニウスの定理と葉層
各点に平面を 1 枚ずつ配ると、その平面を接平面とする曲面が見つかることもあれば、どうやっても見つからないこともあります。
分かれ目は 1 つだけ。平面に沿う 2 つのベクトル場のリー括弧が、同じ平面の中に残るかどうかで決まります[1]。
残れば空間全体が曲面の層に分かれ、残らなければ 1 枚も作れない。これがフロベニウスの定理です。
各点に部分空間を配る
次元多様体 の各点 に、接空間 の 次元部分空間 を 1 つずつ与えます。点を動かしたときに滑らかに変わるものを 次元の分布といいます[1]。
滑らかというのは、各点のまわりでベクトル場 がとれて、どこでも を張るという意味です。接束の部分束になっている、と言ってもいい。
なら各点に直線を 1 本ずつ置いたもの。 なら超平面を 1 枚ずつ置いたものになります。
積分多様体
部分多様体 がどの点でも を満たすとき、 を の積分多様体といいます。分布に接する曲面のことです。
どの点を通る積分多様体も局所的にとれるとき、分布は可積分だといいます[1]。
なら常微分方程式の解がそのまま積分曲線になります。初期値問題が解けるので、1 次元の分布はいつでも可積分。
問題は からです。ここで、解ける場合と解けない場合に分かれます。

例:平面が層になる場合
で とします。 を止めた水平面が、そのまま積分多様体です。
空間全体が 一定の平面で埋まります。1 点を通る積分多様体は、その点を含む水平面ただ 1 枚。
もう少し曲がった例もあります。 関数 に対して とおくと、グラフ の族が積分多様体になります[2]。
を動かせば空間全体が覆われる。どのグラフも交わらず、平行にずれていくだけです。
例:どこにも面がない場合
同じ で、各点に と が張る平面を置きます。見た目は前の例とほとんど変わりません。
それでも、この平面の場に接する曲面は 1 枚も存在しない[2]。
理由は道をたどると見えます。 平面で辺の長さが と の長方形を 1 周し、そのあいだ平面に接したまま高さを変えていく。
戻ってきたとき、高さは だけずれています。出発点に帰れないので、閉じた曲面には乗せられません。
ずれは囲んだ面積そのもの
このずれは正確に測れます。平面の場を 1 形式 の核として書くと、接する条件は になる。
道 に沿って積分すると、高さの変化が影の面積で表せます[3]。
は 平面へ落とした影です。閉じた道では、高さのずれが囲んだ符号つき面積そのものになります。
面積が でない道を選べば必ずずれる。曲面に乗るには、どんな閉じた道でもずれが でなければならず、そうはなりません。
リー括弧が測っているもの
1 周のずれを式で拾う道具がリー括弧です。 の流れで進み、 の流れで進み、それぞれ逆にたどって戻る。帰り着かないぶんが です。
さきほどの例で計算します。、 とおくと、次のようになる。
は に入っていません。平面からはみ出した方向が、そのまま高さのずれの向きになっています。
水平面の例では 。グラフの例でも の 2 階偏導関数が交換するので括弧は消え、どちらもはみ出しません。
対合的という条件
の切断どうしのリー括弧が、また の切断になるとき、 は対合的だといいます[4]。
確かめるのは枠だけで足ります。 を張る について がすべて に入れば、任意の切断でも成り立つ。
括弧が の外へ出る方向を持たない。条件はそれだけです。
括弧が中に残る。空間が曲面の層に分かれ、1 点を通る葉が 1 枚に決まる
括弧が外へ出る。接する曲面は 1 枚もなく、閉じた道をたどると高さがずれる
フロベニウスの定理
主張はこうです[1,4]。分布 が可積分であることと、 が対合的であることは同値である。
一方は曲面が存在するという幾何の言明で、もう一方は括弧を計算するだけの代数の条件。存在の問題が、有限回の微分で片づきます。
1877 年に Frobenius が証明しました[5]。Pfaff の問題を、ある行列式が消える場合について扱った論文です。
平らな座標に化ける
可積分な分布は、座標をうまくとると完全に平らになります[1]。点 のまわりに座標 がとれて、次の形になる。
この座標では、 を止めた集合がそのまま積分多様体です。曲がって見えていた平面の場が、座標を替えるだけで水平な板の重なりになります。
定理の実質はこの正規形にあります。可積分という言葉が、座標の存在に置きかわった。
易しいほうの向き
可積分なら対合的、という向きは短く済みます。平らな座標で書けば終わり[1]。
、 を の切断とすると、和は の範囲だけです。
現れる も に限られます。だから はまた の切断。
難しいほうの筋
対合的なら可積分、という向きが本体です。山は、交換する枠を作れるかどうかにあります[1]。
を張る枠 を、たがいに交換するように選び直す。 にできます。
交換する場が選べたら、流れ もたがいに交換します。そこで写像を組みます。
は を補う向きへの写像です。 が局所的に微分同相になり、その逆写像が求める平らな座標を与えます。
例:交換する枠にとり替える
枠を選び直せる理由を見ます。 を補う向きの座標 をとり、 となるように を決める[1]。
対合性から と書けます。両辺に を当てると、係数が計算できる。
が定数だからです。係数がすべて消えて、枠は交換するものになりました。
対合性がここで効いています。括弧が の中に留まるからこそ、係数 という形に書けて、それが だと分かる。
外へ出る成分があると、 を当てた値が残ってしまい、枠を交換するようには選べない。
微分形式で書きかえる
余次元 の分布は、1 形式 の共通の核として書けます。対合性は、この形式の言葉に翻訳できる[4]。
外微分が、もとの形式が生成するイデアルの中に落ちるという条件です。ベクトル場を持ち出さずに判定できます。
余次元 ならもっと簡単になります。 が可積分であることと が同値[3]。
例:余次元 1 で判定する
をとります。外微分は で、 の上で消えません。
可積分ではありません[3]。長方形のずれと同じことを、別の言葉で言っています。
比べる相手として を見ます。 なので可積分で、葉は が一定の面。
判定に使ったのは だけです。式を 1 回微分すれば答えが出る。
分布を張る枠をとる
たがいの括弧を計算する
分布の中に残るかどうかを見る
空間が葉に分かれる
可積分な分布は、多様体を葉層に分けます。葉層とは、 を交わらない連結な部分多様体で覆う分け方のこと[6]。
平らな座標の中では、板がきれいに積み重なって見えます。この 1 枚ずつをプラークと呼ぶ。
プラークをつなげてできる極大の連結部分が葉です。葉は の中で単射はめ込みになりますが、埋め込みとは限りません[1]。
例:トーラスの傾いた葉層
を傾き一定の直線で埋め、 でトーラスへ落とします[6]。
傾きが有理数なら、直線は 1 周して閉じます。葉はすべて円周になる。
傾きが無理数だと、曲線は決して閉じません。葉は 1 本ずつが の複製で、しかもトーラスの中で稠密です[6]。
葉としては 1 次元多様体でも、部分空間の位相を入れると多様体になりません。埋め込みでない例がここに出ます。
例:球面に余次元 1 の葉層はない
を曲線の族に分けることはできません[1]。
葉層があれば、葉に接する消えないベクトル場が作れます。ところが なので、そんな場は存在しない。向き付けできない葉層なら、向き付け被覆へ持ち上げれば同じ話になります。
可積分性は各点のまわりだけの条件です。それでも、葉層が全体として存在するかどうかは大域の問題になります。
例:3 次元多様体にはいつでもある
次元を 1 つ上げると事情が変わります。閉じた向き付け可能な 3 次元多様体は、どれも余次元 1 の葉層を持ちます[6]。
作り方の鍵はリーブ葉層です。中身の入ったトーラス を、境界のトーラス 1 枚と、無限に積み重なる面で分ける。
は中身の入ったトーラス 2 つの貼り合わせなので、両方をリーブ葉層で分ければ の葉層ができます[6]。
存在するだけでは何も分からない、という状況です。葉層から情報を引き出すには、リーブ成分を持たないなどの条件を足すことになります。
反対の極端
対合性を最大限に破る分布もあります。 を満たす 1 形式 の核は接触構造と呼ばれ、極大に非可積分といわれる[3]。
の がその標準形です[3]。積分曲面が 1 枚もないだけでなく、どの方向へずらしても面に近づけません。
括弧が完全に中へ残る場合と、完全に外へ出る場合。分布はこの両端のあいだに並びます。
で とします。この分布について正しいのはどれですか。
- 対合的なので、空間が曲面の層に分かれる
- 対合的でないので、接する曲面が 1 枚もない
- 対合的かどうかは点によって変わる
よくある誤り
括弧が外へ出るか、中に残るか。1 回の計算で、曲面が存在するかどうかが決まります。










dω=dx∧dy なので ω∧dω=dz∧dx∧dy=0 です。枠でも同じで、∂x と ∂y+x∂z の括弧が ∂z になり、分布の外へ出ます。対合性は式で決まるので、点によって変わることもありません。