リー群の掛け算はリー代数の括弧と指数写像でほぼ復元できる
回転の全体 は 次元の曲がった空間ですが、その形をほとんど決めているのは単位元での接空間、たった 次元のベクトル空間です。
そこに掛け算はありません。代わりに括弧 という積が 1 つ入るだけ。それでも群のかなりの部分が復元できます[1]。
曲がった対象を平らな対象に置き替える仕掛けを、左移動から順に見ていきます。
群であり多様体でもある
が群であり、同時に多様体であって、積 と逆元 が滑らかなとき、 をリー群といいます[1]。
最初の例は一般線型群 です。 が連続なので、これは の開集合。
円周 は複素数の絶対値 の全体で、掛け算について群になります。トーラス はその直積。
回転群 、ユニタリ群 、行列式 の も同じ枠に入ります。どれも の閉部分群です。
左移動で全体が単位元に重なる
を固定して、 と を考えます。どちらも微分同相で、逆写像は と [1]。
微分をとると、接空間どうしの同型 が得られます。ここで と書きました。
これを全点で集めると、接束そのものが直積になります。
左自明化と呼ばれる同型です。リー群の接束はいつでも自明で、どのリー群も平行化可能。

左不変ベクトル場
ベクトル場 が、すべての について左移動と可換なとき、 を左不変といいます[1]。
左不変な場は、単位元での値だけで決まります。 と書けるので、 が全単射になる。
逆に から左不変な場 が 1 つ決まります。無限次元だったベクトル場の空間が、有限次元に落ちました。
括弧が閉じる
左不変な場どうしのリー括弧は、また左不変です[1]。関係づけられた場の括弧が、また関係づけられているからです。
だから は の部分リー代数になります。上の全単射で へ移せば、 自身に括弧が入る。
こうして得た を、 のリー代数と呼びます。有限次元のベクトル空間に、双線型で反対称、ヤコビ律を満たす積が 1 つ載った形です。
右不変な場で同じことをすると、符号だけが変わった括弧が出ます[1]。
例:行列群の括弧は交換子
なら、括弧は行列の交換子そのものになります[1]。
理由は群の交換子を展開すると見えます。 を行列の指数関数として、4 つを掛けてテイラー展開する。
次の項は打ち消し合い、 次で交換子が残ります。群として交換するかどうかのずれが、括弧としてそのまま現れる。
1 パラメータ部分群
リー群の射 を パラメータ部分群といいます[1]。単射である必要はありません。
左不変な場には、うれしい性質があります。 はいつでも完備で、 を通る積分曲線 がちょうど パラメータ部分群になる[1]。
流れは右移動で書けます。 という形です。
逆向きも成り立ちます。 パラメータ部分群はすべて、ある の の形をしている[1]。 をとればよい。
指数写像
が成り立つので、 と書き直せます。直線 が群の中の道に化ける。
平らなベクトル空間から曲がった群への写像です。リー代数から群を復元する道具になります。
例:行列群では行列の指数関数
のとき、この はよく知られた級数と一致します[1]。
で確かめれば十分です。この級数が パラメータ部分群を与え、 での微分が になる。
部分群への制限は、包含写像に の関手性を当てれば出ます。行列の指数関数が を の中へ送る、という主張にもなっています[1]。
例:回転群で計算する
のリー代数は の反対称行列全体です。基底を 1 つとります。
なので、級数が三角関数の級数に分かれます。角度 の回転が出てきました。
でも同じで、反対称行列が回転の軸と速さを表します。括弧はベクトルの外積に対応する。
原点のまわりでは微分同相
の での微分は恒等写像です[1]。
計算は 1 行で済みます。 が定義そのものだからです。
逆関数定理から、 のまわりの近傍 で が微分同相になる。 の座標をそのまま群の座標に使えます[4]。
これが標準座標です。単位元のそばでは、群がリー代数と区別できません。
例:遠くでは全射とは限らない
から離れると事情が変わります。 は全射ではありません[1]。
この行列は像に入りません。 の形なら の固有値がどうなるかを追うと、矛盾が出ます。
一方で 、、 では全射になります[1]。コンパクトで連結なリー群なら、いつでも全射です。
| 群 | リー代数 | exp が全射か |
|---|---|---|
| 全射(単射でない) | ||
| 全射 | ||
| 全射でない | ||
| 全射 |
コンパクトかどうかで結果が分かれています。曲がった空間を平らな空間から覆いつくせるかどうか、という問題です。
交換すれば足せる
指数法則は無条件には成り立ちません。成り立つのは括弧が消えるときだけ[1]。
括弧が なら流れが交換し、合成した流れが の流れになる。だから足し算がそのまま積に移ります。
交換しない場合は、細かく刻めば近づきます。リーの積公式です[1]。
括弧が消えないと足し算が壊れる。ここが 非可換性が幾何に現れる最初の場所 です。
次の項として交換子が残り、それが群の曲がり具合にそのままつながっていく。
随伴表現
群が自分自身に共役で作用します。 は微分同相で、単位元を単位元へ送る[5]。
そこで単位元での微分をとると、リー代数の線型変換が得られます。
が成り立つので、 は群の準同型。これを随伴表現といいます[2,5]。
ad は括弧そのもの
をもう一度微分すると、リー代数の側の作用が出ます[2]。
括弧そのものが です。 の核は中心を含み、 の核はリー代数の中心になります[5]。
はヤコビ律から微分になります。この視点だと、リー代数の構造がそのまま自己準同型の言葉に翻訳される[1]。
部分リー環から部分群を作る
リー代数の部分環 をとります。 が生成する部分群 には、リー群になる多様体構造がただ 1 つ入ります[3]。
作り方はフロベニウスの定理です。 で分布を作ると、 が部分環であることが対合性そのもの。
だから は葉層を定め、単位元を通る葉が になります。部分環と連結部分群が 1 対 1 に対応する[3]。
は単射はめ込みですが、埋め込みとは限りません。 で に入る部分群は、 が無理数なら稠密になります[1]。
閉じていれば埋め込み
逆に、位相として閉じている部分群なら話が単純になります[1]。
リー群 の閉部分群 は、埋め込まれた部分多様体であり、リー部分群である。閉部分群定理と呼ばれます。
準同型の核、中心、正規化群、中心化群はどれも閉部分群です。だから確かめなくてもリー部分群になっている[1]。
連続性についても同じ形の主張があります。リー群のあいだの群準同型は、連続でありさえすれば自動的に滑らか[1]。
両側不変な計量
に内積を 1 つ入れ、左移動で全体へ配ると左不変な計量ができます。それが右移動でも不変になる条件は、内積が 不変であること[2]。
コンパクトな行列群では必ず作れます。 が の部分群で 不変になるためです[2]。
両側不変な計量があると、レビ・チビタ接続が括弧だけで書けます。
左不変な場 については 。つまり の積分曲線が測地線になります[2]。
2 つの指数写像が一致する
多様体には測地線から決まる指数写像もありました。リー群では、群の指数写像と一致するとは限りません[2]。
一致するのは計量が両側不変なときです。そのとき測地線は の形に限られます[2]。
左不変なだけでは足りません。 に左不変計量を入れた例では、 パラメータ部分群が測地線にならない場合があります[2]。
断面曲率が括弧で書ける
両側不変な計量では、曲率テンソルまで括弧で表せます[2]。
と が平面 の正規直交基底なら、断面曲率が次の形になる。
いつでも 以上です。両側不変な計量を持つリー群に、負の断面曲率は現れません[2]。
例:SU(2) は半径 1 の球面
の基底 を 、、 となるようにとります[2]。
これを正規直交基底とする計量は両側不変です。上の公式に入れると、どの平面でも 。
すべての断面曲率が なので、標準的な と等長です。群としての構造から、球面の計量がそのまま出てきました[2]。
括弧が大きいほど曲率が大きい。可換群では括弧が消えて、曲率も になります。
可換な連結リー群の断面曲率について、正しいのはどれですか。
- 正になる
- すべて になる
- 群によって符号が変わる
補足:どこまで戻せるか
リー代数から群を復元する向きには、条件が付きます。
有限次元の実リー代数に対して、それをリー代数とする連結かつ単連結なリー群がただ 1 つ存在します[1]。リーの第 3 定理です。
単連結でないと対応が崩れます。リー代数の表現はまず普遍被覆の表現になり、もとの群まで降りるとは限らない[1]。
の 上の定義表現がその例です。括弧の計算では何も起こらないのに、群の側で降りません[1]。
行列を並べて交換子をとる。それだけの計算で、曲率まで届きました。










可換なら括弧が恒等的に 0 です。両側不変な計量で K(σ)=41∥[ξ,η]∥2 が成り立つので、断面曲率はすべて 0 になります。可換なリー群に入る両側不変な計量は、どれも平坦です。