近づくとはどういうことか?関数の極限とイプシロンデルタ論法
「 が に近づくと が に近づく」という説明は、近づくという言葉で近づくことを説明しています。絵としては分かっても、証明の材料にはならない。
- 論法はこの循環を切ります。動きを追いかけるのをやめ、 つの不等式の関係に置きかえる方法です[1]。
以下では定義を書き下し、量化子の順序がなぜ本質なのかを見ます。そのあと計算例を並べ、片側極限や無限大の場合、極限が存在しないことの示し方、数列による言いかえまで扱います。
定義
を の近くで定義された関数とします。 とは、次が成り立つことです[1,2]。
は出力側に許す誤差、 は入力側で確保する幅です。「 を から 未満に収めたいなら、 を から 未満に収めればよい」と読みます。
近づくという動きは出てきません。どんな精度を要求されても応えられる、という静的な条件に置きかわっています。
順序が本質
つの量化子が 、、 の順に並んでいます。この順序を入れかえると別の主張になる。
が より後ろにあるので、 は を見てから選べます。要求が厳しくなれば、それに応じて幅を狭めればよい。
逆に は より後ろです。いったん を決めたら、その範囲のすべての で不等式が成り立たなければなりません。
δ は ε の関数として作る
証明では を の式で書き下します。 が存在すればよいので、最良のものを探す必要はありません。
条件を満たす が つ見つかれば、それより小さい正の数もすべて条件を満たします。ゆるく見積もってかまわない。
実際の答案では、まず を の式で上から押さえます。押さえた式が 未満になるように を逆算する、という順序です。
a 自身を除く理由
条件の左側が になっています。等号を許さないので、 は範囲から外れる。
極限は の近くでの振る舞いを見るものであり、 での値とは関係しません。 が で定義されていなくても極限は考えられます[2]。
この関数は で定義されません。それでも では に等しいので、極限は です。
が定義されていて、しかも極限と一致するとき、 は で連続だといいます。極限と連続は別の条件になります。

例 1:1 次関数
を示します。差を の式に直すところから始める。
これが 未満になればよいので、 で足ります。 と置けば終わり。
次関数では傾きで割るだけです。傾きが急なほど は小さくなります。
例 2:2 次関数
では、差が そのものです。
と置くと、 から が出ます。平方根が現れるのは、差が 次で効いているからです。
例 3:中心が 0 でない 2 次関数
になると、ひと工夫が要ります。差を因数分解します。
が に依存するので、このままでは で割れません。そこで をあらかじめ 以下に制限します。
なら で です。よって と押さえられる。
で つの条件を同時に満たします。片方は押さえを作るため、もう片方は に合わせるためです。
例 4:分数関数
を示します。通分してから絶対値をとる。
分母の が小さくなると全体が大きくなるので、 を下から押さえます。 なら で です。
と置けば示せます。分数では分母を下から押さえる、が定石です。
例 5:平方根
では、有理化が効きます。
分母は でつねに 以上です。よって となり、 で足ります。
押さえが の範囲によらない場合は、 を使う必要がありません。
例 6:三角関数
は から出ます。 で終わり。
この不等式は単位円の弧と弦の長さを比べれば見えます。弦のほうが短いので、正弦の絶対値は弧長を超えません。
例 7:はさみうち
を示します。正弦は によらず 以下です。
で足ります。 は原点近くで激しく振動しますが、 が押さえ込んでいる。
例 8:3 次関数
も同じ手順です。因数分解して残りを押さえます。
なら で です。 と置けば示せます。
次数が上がっても手順は変わりません。 を で頭打ちにして残りの因子を数で押さえる、を繰り返すだけです。
片側極限
の片側からだけ寄る場合は、条件の左側を書きかえます[1]。
右側極限は 、左側極限は です。絶対値を外して向きを固定した形になります。
両側の極限が存在して一致することと、 が存在することは同値です。片方だけ存在しても全体の極限にはなりません。
は で示せます。負の側では定義されないので、右側極限しか考えられない。
無限大がからむ場合
が大きくなる側では、 の役目を大きな数 が担います。
なら と置けば示せます。
値のほうが発散する場合は、 の役目を大きな数 が担います。
は で示せます。「いくらでも大きくできる」を不等式に直した形です。
出力側の要求が 。誤差を小さくする向きの条件
出力側の要求が 。値を大きくする向きの条件
定義を否定する
極限が存在しないことを示すには、定義の否定を書きます。量化子をひっくり返す。
と が入れかわり、最後の含意が「前提が成り立つのに結論が成り立たない」の形になります。
こうして書くと、示すべきことがはっきりします。悪さをする を つ用意し、どんな に対しても反例の を作ればよい。
例 9:極限が存在しないことの証明
が存在しないことを示します。数列を 本つくると早い。
どちらも に収束します。ところが 、 で、行き先が割れる。
極限が だったとすると、両方の数列で の値が に近づかなければなりません。 と の両方には近づけないので、そんな は存在しない。

数列による言いかえ
いま使った議論は、定義の言いかえとして正式に通ります。ハイネによる特徴づけです[1,2]。
であることと、 に収束する任意の数列 (ただし )について となることは同値です。
- から数列の主張を出すのは簡単です。 をとり、数列が に収束することから番号を選べばよい。
逆向きは対偶で示します。極限が でないなら、否定の形から が つとれる。各 について に対する反例 を選ぶと、 なのに は に寄りません。
極限が存在しないことを示すときは、数列のほうが手軽です。 本つくって行き先を割れば済みます。
演算法則の証明
和については を半分ずつに割ります。、 とします。
それぞれの定義から と をとり、 と置きます。三角不等式で つに分ける。
積では を と分けます。 が の近くで有界になることを先に押さえる必要がある。
を何等分するかは、項がいくつ出るかで決まります。 項なら 等分、という具合です。
合成では成り立たない
極限は合成について素直に振る舞いません。 で が存在しても、 の極限については何も言えない[2]。
が の近くで値 をとってしまうと、 の定義から除かれていた点 が効いてきます。 が極限と食い違えばそこで壊れる。
が で連続なら大丈夫です。あるいは が の近くで を値にとらなければ成り立ちます。
連続関数どうしの合成が連続になるのは、この条件が自動的に満たされるからです。極限のまま扱うときだけ注意が要ります。
誰が作ったか
- の形をした定義は、ボルツァーノが 年に連続関数を定めるために書いたものが最初とされます[3]。
コーシーは 年の教程で極限と連続を扱い、 年には と の記号も使いました。ただし を の関数として指定することはしていません。
いまの形にまとまったのはワイエルシュトラスの 年の講義です。 の記号もこのときに導入されました[1]。
よくある誤り
答案の骨は毎回同じ。 を の式で押さえ、そこから を逆算する。この 手順に落とせば、関数が変わっても迷いません。
を示すとき、 のとり方として正しいものはどれですか。
参考文献
[1] が定義・片側極限・無限大の場合・数列による特徴づけと歴史、[2] がドイツ語での定義と合成の反例、[3] がボルツァーノからワイエルシュトラスまでの経緯、[4] がフランス語での定式化、[5] が連続性との関係です。











∣x2−4∣=∣x−2∣∣x+2∣ で、∣x−2∣<1 なら 1<x<3 から ∣x+2∣<5 です。δ を 1 で頭打ちにしてから 5ε と合わせます。