極限値を知らないまま収束を言う、コーシー列と完備性
が収束することは、極限値 を知らなくても言えます。
収束の定義は「各項が極限値 に近づく」という形なので、 を先に用意しなければ使えません。ところが項どうしの距離だけを見る条件があり、それだけで収束が保証されます[1]。
任意の に対してある があり、 ならば 。これがコーシー列です。
行き先を指さない条件
つの定義を並べると、何を測っているかの違いがはっきりします。
各項と極限値 の距離を測る。 を先に知っている必要がある
項どうしの距離を測る。行き先には触れない
コーシー列の条件は「十分先の項が互いにいくらでも近づく」ことだけを要求します。どこへ向かうかは言っていません。
収束すればコーシー列
こちらの向きは三角不等式だけで済みます。 が に収束するとします。
に対し、 で となる をとる。 なら次が成り立ちます。
を経由して つの項をつないだだけ。定石は、 を つ用意しておくことです。
逆は空間による
コーシー列が必ず収束するかどうかは、数列が住んでいる空間で決まります。実数なら収束し、有理数なら収束しないことがあります。
問題 1:有理数の中で収束しない例
、 で定まる数列が、有理数の範囲では収束しないことを説明せよ。
解答 1
各項は有理数どうしの四則で作られるので、すべて有理数です。
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差は急速に縮み、コーシー列の条件を満たします。ところが極限は で、有理数ではありません。
有理数の世界には行き先がない。数列は隙間へ向かって進んでいます。
完備性
すべてのコーシー列が空間の中の点へ収束するとき、その空間を完備といいます[2]。
距離空間 が 完備 であるとは、 内の任意のコーシー列が 内の点に収束することです。
空間に隙間がなく、コーシー列の行き先がすべて中に収まっている状態。
実数 は完備、有理数 は完備ではありません。デデキントの切断による実数の構成も、コーシー列による構成も、有理数の隙間を埋めて完備な空間を作る操作にあたります[2]。
実数の完備性の証明
段に分かれます。有界であることを言い、部分列をとり、全体へ広げる流れです。
まず有界であること。 に対する をとると、 で です。
前半は有限個なので最大値がとれます。これで全体が有界になりました。
次にボルツァーノ・ワイエルシュトラスの定理から、収束する部分列 をとる。その極限を とします。
最後に全体を へ寄せます。コーシー条件から 、部分列の収束から となる を選べます。
コーシー条件が「項どうしが近い」ことを、部分列が「行き先の候補」を出す。 つを合わせて初めて収束が言えます。
コーシー列は有界
有界なら収束する部分列がある
コーシー条件で全体を部分列に寄せる
全体が収束する
問題 2:コーシー列かどうかを判定する
はコーシー列か。
解答 2
をとって差を見ます。
どれだけ を大きくしても、差が 以上になる組が残ります。 で条件が破れる。
コーシー列ではありません。調和級数が発散することの、もっとも短い証明でもあります。
隣どうしの差 は へ行きます。隣だけを見て判定してはいけない例です。
問題 3:隣の差だけでは足りない
ならコーシー列になるか。
解答 3
なりません。問題 の調和級数がそのまま反例です。
コーシー条件は と を独立に大きくとったときの差を要求します。 に固定した条件は、ずっと弱い。
差が縮んでも、少しずつ足し続ければどこまでも遠くへ行けます。
問題 4:等比で押さえられる場合
()ならコーシー列になることを示せ。
解答 4
として、途中の差を順につなぎます。
右辺は で へ行くので、コーシー列です。
差が等比級数で押さえられるかどうか。これが実際の判定でいちばんよく使う形になります。
完備性と同値なもの
実数の完備性は、解析の基本的な性質のいくつかと同値です。どれを公理にとるかで、どれが定理になるかが変わります。
空でなく上に有界な実数の部分集合は上限を持つ。
有界な実数列は収束する部分列を持つ。
長さが へ行く閉区間の減少列の共通部分は、ちょうど 点になる。
上に有界な単調増加数列は収束する。
述べていることはどれも同じで、実数に隙間がないという 点です。
完備でない空間
開区間 は完備ではありません。 はコーシー列ですが、極限 が中に入っていない。
閉区間 なら完備です。端点を含むかどうかが分かれ目になります。
関数の空間でも同じことが起きます。連続関数の空間 に上限ノルムを入れると完備ですが、 ノルムを入れると完備ではありません。連続関数の列が不連続な関数へ収束してしまうためです。
問題 5:完備でない例を作る
上限ノルムを入れた多項式全体の空間が完備でないことを説明せよ。
解答 5
上で とします。各 は多項式です。
のとき で、右辺は へ行く。コーシー列です。
極限は で、多項式ではありません。多項式全体は隙間だらけの空間になります。
閉じていない部分空間は完備になりません。完備な空間の中で閉じている部分だけが、完備性を受け継ぎます[2]。
縮小写像の原理
完備性がそのまま道具になる場面があります。完備距離空間 上の写像 が、ある に対して次を満たすとします[3]。
このとき はただ つの不動点を持ちます。任意の から で作った列がコーシー列になり、完備性からその極限が存在する、という筋です。
距離が毎回 倍に縮むので、差は等比で押さえられます。問題 がそのまま効きます。
問題 6:縮小写像であることを確かめる
が 上で縮小写像であることを確かめよ。
解答 6
です。 で 、 で 。
区間上で なので、平均値の定理から です。
で縮小写像。 は閉区間なので完備で、不動点 がただ つ存在します。
問題 の数列がこの の反復です。有理数の中では行き先がなくても、実数の中では 点に決まります。
有理数 上のコーシー列について正しいのはどれですか。
- 必ず有理数に収束する
- 有理数に収束するとは限らない
- そもそもコーシー列になれない
極限値を用意せずに収束を言う。その代わりに、空間が完備であることを先に確かめておく。分業はこの形になっています。











Q は完備ではないため、Q 内のコーシー列が Q 内の点へ収束するとは限りません。2 に近づく有理数列がその例です。実数の中で見れば収束しています。