二重級数と積の順序交換(トネリの定理)
二重に並んだ数の和 を計算するとき、「先に で足してから で足す」のと「先に で足してから で足す」のとで結果が変わることがあります。和の順序交換が許される条件を与えるのがトネリの定理であり、その背景には絶対収束の概念があります。
二重級数とは
二重添字 を持つ数列 に対して、二重級数とは
のように、2 つの添字についての無限和を逐次的に実行するものです。前者は「各 に対して で足した結果をさらに で足す」、後者はその逆の順序で足します。有限和であれば足す順序は関係ありませんが、無限和ではそうとは限りません。
順序交換が失敗する例
次の二重数列を考えます。
実際にはすべての にわたる無限配列で、対角線上が 、その一つ右が 、他は です。
先に で足すと、各 に対して なので
先に で足すと、 のとき 、 のとき なので
同じ数の配列でも、足す順序を変えるだけで結果が と で異なります。この例では が発散しており、絶対収束していないことが原因です。
絶対収束と順序交換
二重級数の順序交換が保証される最も基本的な条件は絶対収束です。
定理(非負項の二重級数): のとき、
が成り立つ(両辺が同時に有限値をとるか、同時に になる)。
これは非負項の場合に和の順序が自由に交換できることを述べています。非負であれば打ち消し合いが起こらず、部分和が単調増加するため、上限として極限が一意に定まるからです。
一般の(符号が混在する)場合には、絶対値を取った級数の収束を要求します。
定理: ならば、
が成り立ち、両辺は絶対収束する。
トネリの定理とフビニの定理
二重級数の順序交換は、測度論の枠組みではトネリの定理とフビニの定理として定式化されます。数え上げ測度のもとでの積分が級数に対応するため、二重級数は二重積分の離散版と見なせます。
被積分関数(数列)が非負のとき、積分(和)の順序を自由に交換できる。
被積分関数が絶対可積分(絶対収束)のとき、積分(和)の順序を交換できる。
トネリの定理は非負関数に対して無条件に順序交換を許し、フビニの定理は一般の関数に対して絶対可積分性を条件として順序交換を許します。実際の運用では「まずトネリの定理で の和が有限か確認し、有限ならフビニの定理で の和の順序を交換する」という 2 段階の手順を踏みます。
の二重級数を考える
トネリの定理で を確認
フビニの定理により の和の順序交換が正当化される
具体例:
非負項の二重級数の例として
を計算します。各項が非負なのでトネリの定理から順序交換は自由です。内側の和を先に計算すると
外側の和は
これは に一致します。一般に、 が絶対収束のもとで成り立ちます。
具体例:順序交換による級数の計算
順序交換が計算の道具として有効に使える例を見てみます。
部分分数分解で直接計算することもできますが、ここではベータ関数的な積分表示を経由する方法を紹介します。(ベータ関数の関係式から)を利用すると、
被積分関数が非負なのでトネリの定理により と を交換できます。
級数と積分の順序交換で幾何級数の公式が使える形に持ち込み、計算が劇的に簡単になっています。
コーシー積と絶対収束
2 つの級数 と のコーシー積(Cauchy product)は
で定義されます。 と がともに絶対収束するとき、コーシー積 も絶対収束し、
が成り立ちます(メルテンスの定理では片方の絶対収束で十分です)。
コーシー積の収束は、二重級数 の対角線方向の集約と見なせます。絶対収束の仮定は、この対角線方向の足し上げと縦横の逐次和が一致することを保証しています。
フビニの定理の離散版を、添字の和 による分割に適用したもの。
べき級数の積 が収束円の内部で成り立つのは、べき級数が収束円内で絶対収束するためです。
二重級数と無条件収束
絶対収束する二重級数には、より強い性質があります。 のとき、 の元をどのような順序で並べて一重の級数にしても、同じ値に収束します。
和の順序を変えると値が変わりうる。リーマンの再配列定理により、条件収束する級数は任意の値に再配列できる。
和の順序によらず同じ値に収束する。二重級数の行・列の入れ替えや対角線方向の集約もすべて同じ結果を与える。
一変数の級数でリーマンの再配列定理が示すように、条件収束では並べ替えで値が変わります。二重級数の順序交換問題は、この現象の二次元版にあたるわけです。
に対して、 の順序交換は無条件に可能ですか?
- 可能。 があるので条件収束し、順序交換できる
- 可能。交代級数なので常に収束する
- 不可能な場合がある。 で絶対収束しない
- 二重級数自体が定義できない
∣amn∣=m+n1 について ∑m,nm+n1 は発散します(m+n=k となる項が k−1 個あり、∑kkk−1 が発散)。絶対収束しないため、フビニの定理の条件を満たさず、順序交換の正当性は保証されません。