次元定理の応用|階数の不等式とシルヴェスター・フロベニウス
次元定理は等式ですが、使うときはたいてい不等式を作る道具になります。
写像を部分空間に制限してからこの等式を当てると、積や和のランクを上下から挟む評価が次々に出てきます。定理そのものの証明は核と像の記事にあるので、ここではその使い方だけを追います。
次元定理をどう使うか
行列で書くときは、列の本数が出発点の次元です。 を 行列とすると次の形になります。
この等式には が現れません。行き先がどれだけ広くても、効いているのは列の本数だけです。
そのまま使うと と の一方から他方が出るだけです。おもしろくなるのは、写像を部分空間に絞ってから当てたときになります。
部分空間に制限してから当てる
を線形写像、 を部分空間とします。 の行き先を の元だけに限った写像を考えます。
この制限写像の核は 、像は です。定義域は なので、次元定理はこの形になります。
以下の不等式はすべて、この 1 本の等式から出ます。あとは に何を選ぶかだけの違いです。
像はどれだけ痩せるか
上の等式の第 1 項は、核との重なりの大きさです。重なりは核そのものより大きくなれません。
移項すると、像の次元を下から押さえる形が出ます。
潰れる余地は核の分しかないので、それを引いた分は必ず残る、と読めます。
<svg viewBox="0 0 460 210" width="100%" style="max-width:460px;display:block;margin:0 auto">
<text x="230" y="24" font-size="11" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">核と重なった分だけ、像の次元が減ります</text>
<text x="115" y="46" font-size="12" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">U</text>
<rect x="70" y="55" width="90" height="35" fill="#f5f5f5" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></rect>
<rect x="70" y="90" width="90" height="75" fill="#1b81e0" fill-opacity="0.15" stroke="#1b81e0" stroke-width="1"></rect>
<text x="115" y="77" font-size="11" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">核と重なる分</text>
<text x="115" y="132" font-size="11" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">残る分</text>
<line x1="175" y1="72" x2="292" y2="72" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1" stroke-dasharray="4 3"></line>
<polygon points="292,68 300,72 292,76" fill="#c8c8c8"></polygon>
<text x="315" y="77" font-size="12" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">0</text>
<line x1="175" y1="127" x2="292" y2="127" stroke="#1b81e0" stroke-width="1"></line>
<polygon points="292,123 300,127 292,131" fill="#1b81e0"></polygon>
<text x="237" y="118" font-size="11" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">f</text>
<text x="355" y="81" font-size="12" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">f(U)</text>
<rect x="310" y="90" width="90" height="75" fill="#1b81e0" fill-opacity="0.15" stroke="#1b81e0" stroke-width="1"></rect>
<text x="230" y="197" font-size="11" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">重なりが大きいほど像は小さくなり、重なりがなければ次元は保たれます</text>
</svg>例:制限で像が痩せる様子を見る
を、第 3 成分を にする写像とします。核は第 3 軸で、次元は です。
まず を次の 2 本が張る平面とします。
の元 が第 3 軸に乗るのは のときだけです。核との重なりは 次元で、像は 次元のまま残ります。
こんどは を第 1 軸と第 3 軸が張る平面とします。こちらは第 3 軸をまるごと含んでいます。
重なりが 次元あるので、像は 次元まで痩せます。実際 は第 1 軸だけになります。
同じ 次元の平面でも、核との位置関係で行き先の大きさが変わりました。
積のランクを下から押さえる
を 、 を 行列とします。積のランクには、よく知られた上からの評価があります。
下からの評価も存在します。これをシルヴェスターの階数不等式といいます。
証明は前節の当てはめだけです。 の像は、 の像に を当てたものにほかなりません。
そこで として前節の不等式を使います。、 なので、右辺がそのまま目的の形になります。
<svg viewBox="0 0 460 185" width="100%" style="max-width:460px;display:block;margin:0 auto">
<text x="230" y="24" font-size="11" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">積のランクは上と下から挟まれ、範囲だけが決まります</text>
<rect x="240" y="92" width="80" height="28" fill="#1b81e0" fill-opacity="0.15" stroke="#1b81e0" stroke-width="1"></rect>
<line x1="60" y1="120" x2="400" y2="120" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<line x1="80" y1="120" x2="80" y2="126" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<line x1="160" y1="120" x2="160" y2="126" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<line x1="240" y1="120" x2="240" y2="126" stroke="#1b81e0" stroke-width="1"></line>
<line x1="320" y1="120" x2="320" y2="126" stroke="#1b81e0" stroke-width="1"></line>
<text x="80" y="142" font-size="11" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">0</text>
<text x="160" y="142" font-size="11" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">1</text>
<text x="240" y="142" font-size="11" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">2</text>
<text x="320" y="142" font-size="11" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">3</text>
<text x="240" y="80" font-size="11" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">下限</text>
<text x="320" y="80" font-size="11" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">上限</text>
<text x="230" y="172" font-size="11" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">rank A が 4、rank B が 3、間の次元が 5 のときの例です</text>
</svg>等号が成り立つとき
証明を振り返ると、緩めたのは 1 か所だけです。核との重なりを核そのもので置き換えた不等式でした。
したがって等号が成り立つのは、その置き換えが正確なとき、つまり核が丸ごと の像に含まれるときです。
重なりを にする条件と取り違えないでください。そちらは上からの評価が等号になる場合で、 を与えます。
例:シルヴェスターの不等式を数値で見る
で試します。 を第 3 成分を捨てる 行列とします。
ランクは で、核は第 3 軸です。 には第 1 軸と第 2 軸を張る 行列を取ります。
こちらもランクは です。積は 次の単位行列になるので です。
下からの評価は で、実際の値 はそれより大きくなっています。 の核である第 3 軸が の像に入っていないので、等号にはなりません。
例:等号になる組
同じ に対して、 の側だけ取り替えます。
ランクは のままですが、像は第 1 軸と第 3 軸が張る平面に変わりました。積を計算します。
ランクは に落ちました。下からの評価も なので、こちらは等号です。
の核である第 3 軸が の像に丸ごと入っている、という前節の条件がそのまま効いています。
不等式が何も言わない場合
下からの評価は、いつでも役に立つわけではありません。 が負になると、 以上という当たり前の事実しか出てきません。
間に挟まる次元 が大きいほど、この現象が起きやすくなります。広い空間を経由すると、どこで潰れるか予想がつかなくなる、と読めます。
が上限です。積を取るとランクは増えないという、直観に沿った向きの評価になります
が下限です。両方のランクが に近いほど効き、遠いと に埋もれて何も言いません
逆に、 と がどちらも に近ければ強い評価になります。次の節がその極端な場合です。
ランクが行数に届く行列を掛けても変わらない
が 行列で、ランクが行数の に届いているとします。このとき積のランクは のものと一致します。
下からの評価に を入れると です。上からの評価は を与えます。
両側から挟まれて等号が確定しました。正則行列を掛けてもランクが変わらないことは、 の場合にあたります。
逆行列を持ち出さずに済むところが、この導き方の便利な点です。正方行列でなくても結論が出ます。
和のランクは足し算を超えない
こんどは和を見ます。 と を同じ型の行列とすると、次が成り立ちます。
理由は像の包含関係です。 なので、 の像は の像と の像を足した空間に含まれます。
部分空間の和の次元は、それぞれの次元の和を超えません。包含している以上、左辺の次元も同じ上限で押さえられます。
例:和のランク
次の行列で両極端を見ます。まず等号になる組です。
どちらもランクは で、和は単位行列なのでランクは です。 で等号が成り立ちました。
こんどは の符号を変えて、 を打ち消す形にします。
ランクは まで落ちました。上限の からはずいぶん離れています。
差の形でも押さえられる
和には下からの評価もあります。
出し方は上の不等式の使い回しです。 と書けば、上からの評価から が出ます。
のランクが と同じであることを使いました。移項すれば です。
と の役を入れ替えれば逆向きの評価も出るので、絶対値の形にまとまります。先ほどの打ち消し合う例では、両辺とも で等号でした。
フロベニウスの不等式
3 つの行列が並ぶときには、もう一段強い評価があります。、、 がすべて定義できるとします。
証明の出発点は、制限したときの等式を差の形に書き直すことです。 として に当てます。
同じ式を について書けば、 です。
2 式の差を取ると、示すべき不等式は次の 1 行に落ちます。
は に含まれるので、核と切り取った部分にも同じ包含が伝わります。包含すれば次元は増えません。
例:フロベニウスの不等式を確かめる
次の行列 3 つで見ます。 には成分を入れ替える行列を取ります。
は右上だけが の行列、 は左下だけが の行列で、どちらもランクは です。
を計算すると、 が第 2 行を捨て、 の中身が第 2 行にしかないので零行列になります。
左辺は 、右辺は です。等号が成り立ちました。
が正則で情報を落とさないのに、両側から挟まれて が消える。そういう組み合わせがあることを、この不等式は許しています。
シルヴェスターはフロベニウスの特別な場合
真ん中の を 次の単位行列に置き換えてみます。 で、、、 です。
移項すればシルヴェスターの階数不等式そのものです。2 つの不等式は別物ではなく、片方がもう片方を含んでいました。
部分空間の和の次元
次元定理は、写像を作りさえすれば部分空間どうしの関係にも使えます。 と を の部分空間とします。
の元と の元の組全体を考えます。成分ごとに和とスカラー倍を入れると、次元が のベクトル空間になります。
この空間から への写像を、組 に和 を対応させることで作ります。像は です。
核は を満たす組なので、 を の元として と書けるものの全体です。次元は になります。
次元定理を当てれば、見なれた公式が出ます。
重なった分を二重に数えているので引く、という読み方ができます。直和になるのは が だけのときで、その場合は次元がそのまま足し算になります。
例:3 次元の中で平面どうしが交わる
の中で、第 3 成分が の平面を 、第 1 成分が の平面を とします。
どちらも 次元です。両方に属するのは第 1 成分も第 3 成分も のベクトルなので、 は第 2 軸で 次元です。
公式に入れると です。実際 は 全体になります。
にならないのは、第 2 軸を両方が持っているからです。引き算はその重複を落とす操作にあたります。
理解の確認
を 行列、 を 行列とし、、 とします。 について言えるのはどれでしょうか。
- にただ 1 つ決まる
- 以上 以下の範囲に入る
- 以上 以下としか言えない
不等式の一覧
ここまでに出た評価を並べます。
| 対象 | 下からの評価 | 上からの評価 |
|---|---|---|
| 積 AB | rank A + rank B - n | min(rank A, rank B) |
| 和 A + B | |rank A - rank B| | rank A + rank B |
積の は の列数、つまり間に挟まる空間の次元です。行数や結果の型は関係しません。
3 つ並んだ積についてはフロベニウスの不等式が使えます。表に収まらない形をしていますが、真ん中を単位行列にすれば積の行に戻ります。
他の話題とのつながり
次元定理そのものの主張と証明は、核と像の記事にあります。核の基底を全体の基底へ延長する、という筋道でした。
ランクの求め方や、行で数えても列で数えても一致することは、ランクの記事で扱っています。この記事の不等式は、その値どうしの関係を述べたものです。
部分空間の和の次元は、直和の記事でも使われます。共通部分が だけという条件が、次元の足し算と対応していました。
線形写像を短完全列という形で並べると、次元定理は交代和が になるという主張の特別な場合として読めます。ホモロジー代数へつながる見方です。














上からの評価は min(4,3)=3、下からの評価はシルヴェスターの階数不等式で 4+3−5=2 です。したがって値は 2 か 3 のどちらかになります。1 つに決まらないのは、A の核と B の像がどれだけ重なっているかで結果が変わるためです。