線形写像の表現行列
線形写像は抽象的な概念だが、基底を選ぶことで行列として具体的に表現できる。この対応関係を理解することで、線形写像の性質を行列の計算に帰着させることが可能になる。
基底を選ぶと行列が決まる
を 次元、 を 次元の線形空間とし、 を線形写像とする。 の基底 と の基底 を固定すると、各基底ベクトル の像 は の基底で一意に表せる。
こうして得られる 行列
を、基底 、 に関する の表現行列と呼ぶ。 の第 列は の座標ベクトルにほかならない。
座標ベクトルとの関係
の基底 に関する座標ベクトルを 、 の基底 に関する座標ベクトルを とすると、
が成り立つ。つまり、座標の世界では線形写像の作用が行列の積として実現される。この対応こそが表現行列の核心であり、抽象的な写像の議論を具体的な行列計算に翻訳するための橋渡しとなっている。
具体例
を と定義する。 の標準基底 と の標準基底 に関する表現行列を求めてみよう。
、、 となる。これらが表現行列の各列を構成する。
が得られる。実際に となり、 の定義と一致する。
基底の取り方で行列は変わる
同じ線形写像であっても、基底の選び方を変えれば表現行列も変わる。 の基底を から に、 の基底を から に変えたとき、元の表現行列 と新しい表現行列 の間には
という関係が成り立つ。ここで は の基底の変換行列( を で表した座標を列に並べた行列)、 は の基底の変換行列である。
特に かつ同じ基底の変更を行う場合(すなわち線形変換の表現行列を考える場合)は、
となり、これは と が相似であることを意味する。相似な行列は固有値やトレース、行列式など多くの不変量を共有しており、基底によらない線形写像の本質的な性質を反映している。
線形写像の合成と行列の積
と がともに線形写像であるとき、合成 もまた線形写像になる。表現行列に関しては、 の表現行列を 、 の表現行列を とすると、 の表現行列は積 で与えられる。
線形写像 に表現行列 を対応させる
線形写像 に表現行列 を対応させる
合成 の表現行列は になる
行列の積が「列ごとに計算する」操作として定義される理由は、まさにこの合成写像との対応から来ている。行列の積の定義が一見不自然に感じられることがあるが、線形写像の合成を座標で書き下すと自然にあの形が導かれるのである。
同型写像としての対応
( から への線形写像全体)と ( 行列全体)の間には、基底を固定するごとに全単射が定まる。しかもこの対応は和とスカラー倍を保つので、線形空間としての同型を与える。
この同型のもとで、写像の合成は行列の積に、可逆な写像は正則行列に、核の次元は行列のランクの情報に、それぞれ翻訳される。表現行列は単に計算の道具というだけでなく、線形写像の理論と行列の理論をつなぐ根幹をなす概念である。