置換と行列式の定義|符号・互換・転倒数からライプニッツの公式へ
置換は をそれ自身へ並べ替える写像です。 次の行列式を定義するには、この言葉が要る。
行列式は、各行から成分を 1 つずつ選んで掛け、符号をつけて足し上げたものです。どの行がどの列を選ぶかの割り当てが置換で、符号はその置換から決まる。
2 次の や 3 次のサラスの方法は、この足し上げを次数ごとに書き下したものにすぎません。置換の言葉を用意すると、次数によらない 1 本の式で書ける。

置換とは
から自分自身への全単射を 次の置換といいます。どの値もちょうど 1 回ずつ行き先に現れる、という条件がついた並べ替え。
次の置換をすべて集めた集合を と書く。要素の数は 個です。
書き方は上下 2 段に並べる形が基本になります。上の段に から を、下の段にその行き先を書く。
全単射という条件が効いています。ただの写像なら つの要素が同じ行き先へ重なれますが、置換ではそれを許さない。行列式で列が重ならないように選ぶ、という条件がここに対応する。
置換どうしは合成できる。 で送った先をさらに で送る、という操作がまた置換になります。この合成を積と呼び、 と書く。
例:3 次の置換を書き下す
、、 となる置換を書く。
上の段が行き元、下の段が行き先です。下の段には 、、 がちょうど 1 回ずつ現れる。
行き先だけを並べて と書く記法もあります。上の段は から順と決まっているので、省いても困らない。
巡回置換
さきほどの は と一巡します。こうした置換を巡回置換と呼び、 と書く。
括弧の中は行き先の順番です。最後の要素は先頭へ戻り、書かれていない要素は動かない。
どの置換も、共通の要素を持たない巡回置換の積に分かれます。この分け方は順番の違いを除いて一通り。
手順は単純です。 から出発して行き先をたどり、 へ戻ったらそこで 1 つの巡回が閉じる。まだ現れていない最小の数から、同じことを繰り返す。
を行き先の並びと見ると、 と の 2 つに分かれる。 と書けます。
互換
2 つの要素だけを入れ替え、残りを動かさない置換を互換といいます。長さ の巡回置換にあたる。
なら と が入れ替わり、 はその場に残る。
互換は置換のいちばん単純な部品です。並べ替えを 1 手ずつに分けたときの、その 1 手にあたる。
隣り合う 2 つだけを入れ替える互換を、隣接互換といいます。これだけを使ってもどの置換にも届く。カードを隣どうし交換しながら並べ替える手順が、そのまま隣接互換の列。
どの置換も互換の積になる
長さ の巡回置換は、 個の互換に分かれる。
どの置換も巡回置換の積に分かれるので、そこからさらに互換の積まで届きます。 がその例。
ただし分け方は一通りではありません。同じ置換を、別の互換の並びでも作れる。
偶奇は分け方によらない
分け方が違っても、使う互換の個数の偶奇は変わりません。これが符号を定義できる根拠になる。
理由は次の節の転倒数で説明できます。互換を 1 つ当てるたびに転倒数の偶奇が必ず裏返るので、行き先の並びが決まれば互換の個数の偶奇も決まる。
偶数個の互換で書ける置換を偶置換、奇数個で書けるものを奇置換といいます。恒等置換は 個なので偶置換。
同じ置換を 個の互換でも 個の互換でも書けます。 個でも書ける。増やせるのは 個単位だけで、 個にはどうしてもならない、というのがこの主張です。
偶置換と奇置換は同じ個数ずつあります。互換を 1 つ掛ける操作が両者を入れ替えるので、 ならちょうど半分ずつに分かれる。
置換の符号
偶置換に 、奇置換に を割り当てた値を符号といい、 と書く。
は を互換の積に分けたときの個数です。偶奇が決まっているので、 が変わっても値は動かない。
互換そのものの符号は になります。 個の互換で書けるので、奇置換の代表。
転倒数で符号を数える
なのに となる組を転倒といいます。その個数が転倒数で、 と書く。
上下 2 段に線を引くと、転倒は線の交差にあたります。交差の本数を数えるだけで符号が出る。
隣接互換を 1 つ当てると、転倒数はちょうど だけ増えるか減ります。入れ替えた 2 つの大小関係だけが変わり、ほかの組は順序を保つからです。偶奇は必ず裏返る。
隣り合わない互換でも同じ結論になります。隣接互換の奇数個の積として書けるので、やはり偶奇が裏返る。互換の個数の偶奇が分け方によらないのは、ここから従います。

例:転倒数から符号を出す
行き先を並べた で数える。
前が後ろより大きい組を拾うと 、、 の 3 つです。転倒数は 。
奇数なので となり、この置換は奇置換になります。
例:3 次の置換をすべて並べる
の要素は 個です。恒等置換、巡回置換 2 つ、互換 3 つに分かれる。
| 置換 | 互換の個数 | 符号 |
|---|---|---|
| e | 0 | +1 |
| (1 2 3) | 2 | +1 |
| (1 3 2) | 2 | +1 |
| (1 2) | 1 | -1 |
| (1 3) | 1 | -1 |
| (2 3) | 1 | -1 |
偶置換が 3 つ、奇置換が 3 つで同数になりました。この半々の分かれ方は、 ならどの でも成り立つ。
巡回の個数から符号が出る
共通の要素を持たない巡回置換に分けたとき、その個数を とします。動かない要素も長さ の巡回として数える。
長さ の巡回が 個の互換を要するので、全体で 個になります。巡回の個数を数えるだけで符号が出る。
なら 、 です。 で偶置換。
符号は積を保つ
2 つの置換をつないだものの符号は、それぞれの符号の積になる。
互換の個数が足し算になるので、 の指数も足し算になります。符号は から への準同型。
逆置換の符号はもとと同じです。 の符号が なので、両者が打ち消し合う形にはならない。
準同型であることは、行列式の積の公式にそのまま効いてきます。 の証明では、置換の合成と符号の積が対応する構造が使われる。
符号は と の 2 値しかとりません。置換の細かい中身を捨てて、偶奇という 1 ビットだけをとり出した量。この粗さが、かえって扱いやすさを生む。
行列式の定義
次正方行列 の行列式を、置換で書く。
ライプニッツの公式と呼ばれる形です。各行から成分を 1 つずつ、列が重ならないように選んで掛け、符号をつけて足し上げる。
どの行がどの列を選ぶかの割り当てが そのものになります。選び方の全パターンが と一対一に対応する。
符号がついている点が肝心です。これがないと、 つの列を入れ替えたときに値が変わらなくなり、面積や体積の向きを表せない。列を入れ替えると置換に互換が 1 つ加わり、符号が全項で裏返る。
対角成分だけの積を足すのでは足りません。それでは列の入れ替えに反応せず、正則かどうかの判定にも使えない。 個すべての選び方を、符号つきで足し上げる形になる。

例:2 次で確かめる
は恒等置換と互換 の 2 つだけ。
恒等置換の項は で符号が 、互換の項は で符号が です。
見なれた が、置換の符号つき和として出てきました。
例:3 次で確かめる
の 6 つに対応して、項も 6 つ並ぶ。
前半の 3 項が偶置換、後半の 3 項が奇置換にあたります。偶奇が 3 つずつという先ほどの数え上げと合っている。
符号を手で決める必要はありません。置換を書き出せば、符号は転倒数か巡回の個数から自動で決まる。
項の数は階乗で増える
の要素数が、そのまま項の数になる。

で 項、 では 項です。定義どおりに足し上げる計算は、小さい でしか実用にならない。
実際の計算では、基本変形で三角形の形に崩す手が使われます。この公式は値を出すためというより、性質を証明するための足場。
が多い行列なら話は別です。三角行列では、対角成分をたどる置換以外の項がどこかで を拾うので、残るのは対角成分の積 1 項だけになる。定義から直接読める。
行や列に が並んでいるときも、生き残る項が絞られる。定義式は、そうした構造を見抜くときに効いてきます。
転置しても値が変わらない
で書いた項と で書いた項は、掛ける成分の顔ぶれが同じになる。行と列の役割を入れ替えただけだからです。
符号も で変わりません。したがって和の全体が一致する。
行について成り立つ性質が、そのまま列についても成り立つ理由がここにあります。置換の言葉で書いたおかげで、証明が数行に収まる。
が 全体を走るとき、 もまた 全体を走ります。和をとる範囲が変わらないので、項を並べ替えただけになる。
置換を持ち出す値打ちは、こういうところに出ます。定義が次数によらない 1 本の式になっているので、証明も次数によらずに 1 度で済む。











