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行列を指数の肩に乗せる?行列の指数関数と連立微分方程式

連立微分方程式 の解は と書けます。スカラーの が だったのと、まったく同じ形。

肩に乗っているのは行列です。 を行列回だけ掛ける、という意味には読めません。ではどう定義するのか、そして計算はどうするのか[1]。

べき級数で定義する

指数関数のテイラー展開に、数の代わりに行列を入れます。積は行列の積、 は単位行列 です。

パラメータ を付けた形もよく使います。

なら 。第 1 項しか残りません。

どんな行列でも収束する

級数なので、まず収束を確かめます。行列のノルムを、積について を満たすものにとります[2]。

このとき なので、各項の大きさは次のように押さえられます。

右辺はただの実数の指数関数で、必ず有限。絶対収束するので、もとの級数も収束します。

条件は何もありません。正則でなくても、対角化できなくても、 は定まる[1]。

対角行列は成分ごとに計算する

なら、 も対角行列で、成分は です。級数を成分ごとに足すだけで済みます。

対角化できる行列は、この場合に持ち込めます。 なら なので、級数の と が外へ出ます。

例:2 次の行列で計算する

固有値は と 。固有ベクトルは と です。

をはさんで掛けます。

を入れると単位行列。 で微分して とすると、 が出て に戻ります。

掛け算の法則は崩れる

スカラーなら でした。行列では一般に成り立ちません[1]。

どちらも 2 乗すると零行列なので、級数は 2 項で切れます。、。

一方 は 2 乗すると になるので、級数が双曲線関数に分かれます。

まるで違う行列。ついでに を計算すると で、 とも違います。

可換なら成り立つ

のときは、スカラーと同じ式が復活します[3]。

証明は二項定理です。可換なら と展開でき、級数を掛け合わせた形と項が一致します。

可換でないと二項定理そのものが崩れる。 で、真ん中が にまとまりません。

この系として、 と はいつでも可換なので次が出ます。

はどんな に対しても正則。 が正則でなくても、指数をとると正則になります。

スカラーの指数関数

がいつでも成り立つ。掛ける順番も関係ない

行列の指数関数

のときだけ成り立つ。順番を変えると別の行列になる

微分方程式へ

級数を項ごとに微分します。 なので、 が 1 つ外へ出た形になります。

とおくと 。 で なので、初期値も合います[4]。

解が 1 つに決まることも言えます。 を別の解とし、 を微分すると 。

が定数なので となり、初期値が同じなら と一致します。

例:初期値から解を書く

上の で とします。 を掛けるだけ。

微分すると 。 を計算しても同じ値になります。

例:回転を作る行列

2 乗すると 、3 乗すると 、4 乗で に戻ります。級数を の項と の項に分けると、そのまま三角関数の展開になる。

オイラーの公式 の行列版です。 が虚数単位の役目をしています。

対角化できないとき

を対角化できないなら、ジョルダン標準形に持ち込みます[5]。細胞は の形で、 は右上に が並ぶ行列。

と は可換なので、指数法則が使えます。 はべき零なので、級数は有限項で切れます。

2 次の細胞なら なので、2 項で終わります。

が外に出てきました。解に の形が現れるのは、この が原因です。

対角化できる行列の解は、 を並べただけの形になります。細胞が 2 次以上だと、そこに の多項式 が掛かります。

細胞の大きさが なら まで出る。重解のときに現れる の正体。

行列式とトレース

の行列式は、トレースから出ます[3]。

対角化できる場合は簡単です。 は固有値の積、 の固有値は なので、積は 。指数の中身が固有値の和、つまりトレースになります。

右辺は になりません。 がいつも正則だという事実が、ここからも読めます。

数値で計算するときの注意

定義どおり級数を足す方法は、実は精度が出ません。 が大きいと、途中の項が答えより桁違いに大きくなり、引き算で桁が落ちます[6]。

実際に使われるのは、 を で割って小さくし、パデ近似で を作り、 回 2 乗して戻す手順です。

を で割る

小さくなった行列にパデ近似を当てる

回 2 乗して に戻す

を 乗すれば に戻る、という指数法則がこの手順を支えています。同じ行列どうしなので可換で、法則が使えます。

を満たす行列 について、 はどれになりますか。

__RESULT__

級数 で、 以降の項がすべて消えます。残るのは の 2 項だけ。べき零行列では級数が有限で切れるので、 を手で書き下せます。

指数法則がいつ使えるかも確かめます。

が保証されるのはどんなときですか。

  • と がどちらも正則なとき
  • のとき
  • つねに成り立つ
__RESULT__

可換なときに限ります。証明で二項定理を使うためで、 だと の展開が になりません。正則かどうかは関係しません。

よくある誤り

を、成分ごとに を計算したものと思う。対角行列でない限り一致しません。
をいつでも使う。可換のときだけです。
が正則でないと が作れないと思う。級数はどんな行列でも収束します。
が正則でない場合があると思う。逆行列は で、つねに存在します。
対角化できない行列で を使う。 が作れないので、ジョルダン標準形に持ち込みます。
と覚える。指数の中身はトレースです。

級数で定義し、可換かどうかで法則の使える範囲が決まる。対角化できれば対角成分ごと、できなければ細胞ごと。この 3 段で はたいてい書き下せます。

出典

Bruce Ikenaga. *The Exponential of a Matrix*. Millersville University.
Pete Karageorgis. *Linear systems*. MA2327 Lecture Notes, Trinity College Dublin.
Matrix exponential. Wikipedia.
Joseph Mahaffy. *Linear Systems of ODEs: Fundamental Solution*. Math 537, San Diego State University.
David Dummit. *Applications of the Jordan Canonical Form*. Math 4571, Northeastern University.
Cleve Moler, Charles Van Loan. *Nineteen Dubious Ways to Compute the Exponential of a Matrix, Twenty-Five Years Later*. SIAM Review 45 (2003), 3-49.
$\dot{x} = Ax$ の解が $x(t) = e^{tA}x_0$ になる、その $e^{tA}$ の中身です。テイラー展開に行列を入れるだけで、$\|A^k\| \leq \|A\|^k$ から級数はどんな行列でも収束する。対角化できれば $Pe^{D}P^{-1}$、できなければジョルダン細胞ごとに $e^{\lambda t}(I + tN)$ と書けます。$e^{A+B} = e^{A}e^{B}$ が崩れる 2 次の反例、$(e^{A})^{-1} = e^{-A}$ がいつでも成り立つ理由、$\det(e^{A}) = e^{\operatorname{tr} A}$、定義どおり足すと精度が落ちる話まで。