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線形代数ってそもそもなに?ベクトルと行列をざっくりつかむ

線形代数が調べるのは「まっすぐな写像」だけです。曲がったものは扱いません。

まっすぐとは、次の 2 つを満たすこと。足してから送っても、送ってから足しても同じ。定数倍も同じように通り抜ける。

条件が厳しいぶん、分かることが多い。この 2 行から出てくるものを積み上げていく分野です[3]

ベクトルは矢印だけではない

高校では、ベクトルを「向きと大きさを持つ量」と習います。線形代数では定義が変わり、もっと広くなります。

足し算とスカラー倍ができて、次の 8 つが成り立つ集合。それがベクトル空間です[1]

足し算の交換法則と結合法則が成り立つ。
零ベクトルがある。
どの元にも逆元 がある。
が成り立つ。
が成り立つ。
が成り立つ。

新しい規則は 1 つもありません。数の計算でやっていたことを、そのまま持ってきただけ[1]

違うのは、何と何を掛けてよいかです。ベクトルどうしは掛けられず、ベクトルに数を足すこともできません。

例:ベクトル空間になるもの

の列ベクトルは、もちろんベクトル空間です。それ以外にもたくさんあります。

次以下の多項式の全体は、足してもスカラー倍しても 次以下のまま。ベクトル空間になります。次元は で、基底は

行列の全体も同じです。次元は 。行列という見かけを外すと、 と変わりません。

区間 上の連続関数の全体もベクトル空間になります。こちらは有限個の基底では書けず、無限次元です。

線形写像

ベクトル空間からベクトル空間への写像で、冒頭の 2 つを満たすものを線形写像と呼びます[3]

の回転は線形です。 本の矢印を先に足してから回しても、別々に回してから足しても同じ結果になります。

平行移動は線形ではありません。 とすると ですが、 で一致しない。

微分は線形です。。積分も同じ。だから微分方程式に線形代数が効きます。

基底の行き先だけで全部決まる

線形写像は、基底をどこへ送るかを決めれば、それ以上決めることがありません。ここが線形の強さです。

の基底を とし、 と書きます。 を当てると、条件がそのまま使えます。

右辺に出てくるのは だけ。 個の行き先を決めれば、残りの無限個の点での値が自動で決まります。

2 つの線形写像 が基底で一致すれば、どこでも一致する。上の式で右辺が同じになるためです。

行列は座標での姿

を行き先側の基底で書き、その座標を第 列に立てて並べる。これが表現行列です[3]

個の行き先を表にしただけのもの。だから行列は写像そのものではなく、基底を選んだあとの姿になります。

座標に直すと、写像の適用が行列の積になります。

基底を選び直せば、同じ写像でも別の行列が出ます。どの基底を選ぶと簡単になるか、という問いが分野のあちこちに出てきます。

掛け算があの形をしている理由

行列の積の定義を、最初は覚えにくいと感じます。行と列を掛けて足す、という規則には理由があります。

写像を 2 回続けるとどうなるかを、座標で書くだけです。 へ移り、それが へ移る。

この が積の定義になります。写像の合成が先にあり、それに合わせて積を定めた、という順番[3]

積の順番を入れ替えられないのも、ここから分かります。回してから伸ばすのと、伸ばしてから回すのは、結果が違うためです。

連立方程式は 1 本の式になる

本の連立一次方程式は、行列を使えば 1 行で書けます。

は係数を並べた 行列。方程式を解くことは、 へ移るような を探すことになります。

解の個数は、 個か 個か無限個のどれかです。「ちょうど 個」は起こりません。

理由は線形性から出ます。 が両方とも解なら、差 を満たす。

すると もすべて解になります。 なら、 の数だけ解が並ぶ。

解が 2 つある

差が を満たす

その方向へずらした点が全部解になる

行列式は面積の変化率

次の行列式 は、単位正方形が移った先の面積を表します。符号は向きが裏返ったかどうか。

なら、正方形が の長方形になり、面積は と一致します。

せん断は面積を変えません。傾けても底辺と高さが同じなので、 のままです。

になるのは、正方形がつぶれて線分や点になるとき。このとき は逆行列を持ちません。

次なら体積、一般の 次なら 次元の体積の変化率になります[3]

行列式が でない

つぶれない。逆行列があり、 の解がただ 1 つに決まる

行列式が

つぶれる。逆行列がなく、解は 個か無限個のどちらかになる

固有ベクトルは向きの変わらない方向

写像を当てても向きが変わらず、伸び縮みするだけの方向があります。そういう方向が固有ベクトルです。

が固有値で、何倍に伸びるかを表します。 が負なら、向きが逆になって伸びる。

次の で試します。

を送ると 倍、 を送ると でそのまま。伸び方が方向ごとに違います。

固有ベクトルを基底にとると、行列が対角行列になります。方向ごとの伸び縮みだけになるので、 乗のような計算も簡単に済みます。

内積を入れると長さと角度が出る

ここまでの話に、長さも角度も出てきませんでした。ベクトル空間の公理には入っていないためです。

あとから内積を入れると、長さが で決まります。角度も内積から決まる。

内積を変えれば、何が直角かも変わります。長さと角度は、空間にもとから備わったものではありません。

直交する基底をとると計算が軽くなるので、そこを目指す手順がいくつも用意されています。

なぜ線形だけで足りるのか

世の中の現象は、たいてい線形ではありません。それでも線形代数が効くのは、微分が線形近似だからです。

変数なら について線形な項で、もとの関数を近似しています。

多変数でも同じで、微分にあたるものはヤコビ行列という線形写像です。曲がった関数を、点ごとにまっすぐな写像で置き換えている。

だから微分が使える場面では、必ず線形代数が下敷きになります。曲がったものを扱う分野ほど、線形代数を土台に据えることになる。

線形代数は、曲がったものを扱えないから弱い のではありません。

曲がったものを点ごとにまっすぐな写像へ置き換える、という道具立てが微分。その置き換え先を扱うのが線形代数になる。

この先に出てくるもの

分野の地図をざっと並べておきます。どれも、ここまでの言葉で書けるものです[2]

連立方程式を解く手順と、解の個数を決める階数。
基底と次元、部分空間、核と像。
行列式と、その計算法。
固有値と固有ベクトル、対角化、ジョルダン標準形。
内積、正規直交基底、直交行列、対称行列の対角化。
特異値分解や擬似逆行列といった、正方でない行列への拡張。

順番は教科書によって変わりますが、土台はどれも同じです。ベクトル空間と線形写像、その 2 つだけ。

は線形写像ですか。

  • 線形写像である
  • 線形写像ではない
  • の範囲による
__RESULT__

ですが、 で一致しません。定数項があると、原点が原点に移らないので線形になりません。グラフが直線でも、線形写像とは限らないわけです。

決まり方も確かめます。

から への線形写像を 1 つ定めるには、何を決めれば足りますか。

  • 基底 3 本の行き先
  • すべての点の行き先
  • 原点の行き先だけ
__RESULT__

に線形性を当てると になります。 の 3 つを決めれば、残りは自動で決まる。この 3 つを列に並べたものが表現行列です。

まっすぐな写像だけを扱う。その代わり、基底の行き先という有限個の情報で写像を完全に押さえられる。線形代数の見通しのよさは、この交換から来ています。

参考

Sergei Treil. *Linear Algebra Done Wrong*, Chapter 1. Brown University.
Linear algebra. Encyclopedia of Mathematics.
Andreas Gathmann. *Lineare Abbildungen als Matrizen*. Grundlagen der Mathematik, RPTU Kaiserslautern.
扱うのは $f(x+y) = f(x) + f(y)$ と $f(cx) = cf(x)$ を満たす写像だけです。条件が厳しいぶん、基底の行き先という有限個の情報で写像が完全に決まる。その表を作ったものが行列で、写像を 2 回続ける計算がそのまま積の定義になります。ベクトルは矢印に限らず、多項式も行列も連続関数も同じ言葉で扱える。連立方程式の解が $0$ 個か $1$ 個か無限個にしかならない理由、行列式が面積の変化率になること、固有ベクトルが向きの変わらない方向であること、長さと角度が内積を入れてはじめて決まること。曲がった関数を点ごとにまっすぐな写像へ置き換えるのが微分なので、微分が使える場面では必ずこの土台が効きます。